病熱と副作用

 愛莉ちゃんが、練習中に倒れた。
 
 倒れたといっても、救急車で運ばれるほどのものではなくて……疲れが溜まって熱が出た程度の不調で、しばらく安静にしていれば落ち着くみたい。
「フリーでやっていくって決めたばっかりだったし……自分で提案した手前、ちょっと無理しすぎちゃったのかもね」
 私もちゃんと気付いてあげられれば……。申し訳なさそうに呟く遥ちゃんを見て、心が痛む。
 
 放課後で養護の先生がいなかったこともあり、今は保健室のベッドだけを借り、愛莉ちゃんを休ませている。
 自力で帰れるか、最低限親と連絡が取れる程度に回復するまでは自由に使って構わない――そんな担任の先生の言葉に甘えて、私たちはしばらくは保健室を借りることにした。
 
 
 みのりちゃんと遥ちゃんは、屋上に荷物を取りに行ってくれている。
 二人きりの保健室には、グラウンドから届く運動部の掛け声と、愛莉ちゃんの息遣いだけが反響していた。
 ……息苦しそうな愛莉ちゃんを前に私はただ、慌てふためく心を抑えて、傍にいてあげることしかできていない。
 
 
「ごめんね、雫……迷惑かけちゃって……」
「ううん、気にしないで? それより私の方こそ、愛莉ちゃんの調子が悪いのに気付けなくて……」
「なんで雫がそんな顔してんのよ……今日はわたしが勝手に無理して動けなくなっただけ。……アンタが気にすることじゃないわ」
 弱々しい視線を向けながら、それでも愛莉ちゃんは私に微笑みかける。その優しさが息苦しくて……私は逃げるように、目を伏せた。
 
 
「……ねぇ、雫」
「……なあに? 愛莉ちゃん」
「ちょっとだけ、手握っててくれない……? 身体はきつくて堪らないのに、なんだか不安で眠れなくって……」
「……ええ。それくらいなら、いくらでも」
 
 それだけで愛莉ちゃんの力になれるのなら……そう思いながら愛莉ちゃんの両手を、私の両手で包み込む。
 
 ……愛莉ちゃんの手は、とても小さかった。
 道に迷った時、いつも私のことを引っ張っていってくれる手。不安な時、いつも私の背中を押してくれる手。
 何度も私を助けてくれたはずのその両手が。あんなに大きく、頼もしかったその両手が。今はとても、とても小さく感じた。
 
 ……ううん。きっと、これが本当の愛莉ちゃんなんだと思う。
 小さい身体で、小さい両手で、それでもいつもがんばって戦ってる。
 だから愛莉ちゃんの背中は頼もしくて――手を握ってくれる愛莉ちゃんの手は、とても大きく感じるんだ。
 
 
 もう一度、愛莉ちゃんに視線を向けた。
 浅く息を吐きながら眠る愛莉ちゃんは、時折熱にうなされるように、苦しそうな声を漏らす。
 
 愛莉ちゃんの無理にも気付けない私は。
 愛莉ちゃんに助けられてばかりの私は。
 
 目の前で苦しむ彼女の両の手を、ただ言われた通りに握っていることしかできない。
 
 
 それがとても悲しくて、それがとても悔しくて……それでも、溢れそうになる涙は必死に堪えた。
 私より愛莉ちゃんの方が苦しいのだから、私が泣いて、起きた愛莉ちゃんに心配をかけるわけにはいかない。
 それは何もできない私の、ほんのちょっとの意地みたいなもの。
 
 
「ごめんね、愛莉ちゃん」
 今はこんなことしかできないけれど。今は助けてもらってばかりだけど。
 いつか愛莉ちゃんが私にしてくれるみたいに、私も愛莉ちゃんの力になってみせるから。
 
 零れそうになる言葉と想いを飲み込みながら……私はか細い彼女の両手を、もう一度強く握った。

- Afterword -
2021/01/15 投稿作品

初めて書いたしずあいです。
今とはまた少し2人に対する印象が違っていて、
これはこの時期にしか書けない作品だなって感じがしています。

プロセカでのメインCPはみのはるになるのですが、
この2人の間にしか存在しない温度感も、とても好きだったりします。
少し大人っぽいというか、落ち着いているというか。
だからこそ存在してしまうささやかな停滞と怯えが、
時々とても綺麗に見えてしまうのです。