可愛い嘘と、弱みの話

(狭い……)

 ほんの少しぬるい湯船に浸かりながら、そんなことを思った。
 決して我が家のお風呂が元から狭いわけではない。むしろお風呂の快適さは家を選ぶ時の優先事項の一つだった。足を伸ばすとまではいかなくても毎日のバスタイムを快適に過ごせる家を選んだつもりだし、実際普段はなんの不自由もなく、仕事続きの毎日に癒しと休息の時間を与えてくれている。

 ……そんな空間がとても窮屈なのは、きっと目の前の彼女のせい。

「…………?」

 わたしの視線に気づいたのか、雫が小さく首を傾げる。
 ……アンタから誘ったんだから、何か一言くらい喋りなさいよ……なんて思ったけど、なんだか実際に声に出すのは恥ずかしくて、そっと視線を逸らす。
 狭くなってしまった湯船じゃ、水面の下に逃げることもできない。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

『ねえ愛莉ちゃん、今日は一緒にお風呂に入らない?』

 同棲を始めて2年。雫がそんなことを言い出すのは初めてで、最初はほんのちょっとだけ驚いた。

『……大人2人は狭くない?』
『広いし、きっと大丈夫だよ。せっかくだから一度やってみたくて!』

 両手を合わせ、雫がにっこり笑う。
 ……MORE MORE JUMP!の解散後本格的にモデルとして活躍するようになった雫は、いつの間にか少しだけ嘘が上手くなった。
 可愛い冗談でみのりを慌てふためかせる様は、昔じゃ考えられなかった光景。それが悪いことだとは思わない。嘘と建前は使いようだし、芸能界を渡り歩くには必要なスキルだ。
 何より、わたしは彼女が人を傷つける嘘をつかないと知っている。

 それに、言ってしまえば少し上手くなったくらいだ。
 わたしの目までは、ごまかせない。

『まあ、いいわよ。明日も休みだしね』

 ぱぁっ、と雫の表情が明るくなる。これでごまかせたと思ってるんだから、わたしも舐められたものだ。
 ……まあでもせっかくだから、もう少しくらいは泳がせてあげようかしら? なんて思いながら、わたしは今日の入浴剤を選ぶことにした。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……で、なんで急に『一緒にお風呂に入りたい』なんて言い出したわけ?」
 雫の体がびくりと跳ねる。狭いこの空間じゃ雫に逃げ場はない。お湯の中にも隠れられないことは、さっきわたしが体験済み。

「言わなかったかしら……? せっかくだし一度……」
「本当にそうなら『せっかくだから』なんて言わないでしょ?」

 ——普段の雫は、時々突拍子もないことを言ってわたしを困らせる。わたしの顔が真っ赤になるようなとんでもないことを言って、わたしが却下しようとすると捨てられた子犬みたいな目でこっちを見つめてくるのだ。
 だからこそ、今回の言い回しが妙に気になった。これが本当に思いつきならもっと理屈抜きで飛び込んでくるのが雫だとわたしは思う。……だからこそ、どこか冷静なこの距離感に、わたしは「嘘」の匂いを感じた。

「まあ、大方後輩の話を聞いて羨ましくなったってところかしらね」
「ど、どうして分かったの!?」
「適当に言ってみただけよ」
「あ、愛莉ちゃん……!」

 とはいえ、これで彼女の可愛い嘘は暴かれた。
 雫は負けを認めるようにくすりと笑って、事の顛末を話し出した。

「今日現場が一緒だったアイドルの子、事務所の女子寮に住んでるんだって」
「女子寮のある事務所……かなり大きいところね」
「うん。それで寮のお風呂は大浴場だから、いつも皆で入るらしいの」
「確かにそれは楽しそうかも」

 それで、ちょっと羨ましくなってこんなこと言ってきたってことか。……本当に、可愛いというか、なんというか。

「ちょっと狭いけど……やっぱり、愛莉ちゃんと一緒だと楽しいな」

 ……前言撤回。雫は、ずるい。
 アンタ、後輩の子にも同じようなこと言ってないでしょうね? 別に嫉妬とかじゃないけど……断じて、嫉妬とかじゃないけど!

「愛莉ちゃん、大丈夫? 顔が赤いけど……」
「な、長く浸かりすぎたからのぼせてきたのよ! ほら、そろそろ上がるわよ。髪乾かしてあげるから」

 一緒に暮らして2年経っても、出会ってから5年以上経っても、わたしは彼女に振り回されてばっかりだ。
 でも、それが嫌だとは思わない。……どちらかというとそれはきっと、「惚れた弱み」ってものなのだろうけど。

(まあでも……週一回くらいは、一緒に入ってあげましょうか)

- Afterword -
2021/09/22 投稿作品

同棲しているしずあいの話です。
狭い湯船に2人で浸かってるの、可愛いですよね。こういうのもっと増えてほしいです。
温泉や大浴場ばかりがお風呂じゃないぞ!!!!

プロセカにおけるメインの推しCPはみのはるなので、しずあいはたまに書く程度なのですが、
頻度が少ない分、書くのは「どうしてもしずあいじゃないと駄目なんだ!!」って話ばかりになります。
軽い気持ちで見たいような軽いネタは全てみのはるに吸われるからですね。
だからこの作品も、この2人のやり取りがどうしても見たくて書いた作品になります。
みのはるにはない温度感が描けて大満足です。