おさんぽマイスター

 ……少し、早く着きすぎた。
 人通りの増え始めた駅前で、そんなことをぼんやり考える。時刻は10時25分。35分という残り時間は、ぼんやりと立って過ごすには長すぎるだろう。
 遥が——同じように余裕を持って集まりがちな彼女がいればもう少しやりやすかったけれど、残念ながら今日のメンバーは2人きり。「愛莉たちがデートなら、私も真似しようかな」なんて言ってみのりを口説いていたし、仮に今から呼んだって絶対来やしない。

「はぁ……誰かさんみたいに、散歩でもしようかしら」

 幸い、今日は夏のわりに気温も低くて過ごしやすい。
 一つ大きく伸びをして、私は通りの方へ歩き出した。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 野良猫が集会を開いている公園。
 シックな雰囲気が心地いい雑貨屋。
 昔ながらのうどん屋さん……は、お昼が入らなくなるし今日は我慢。

 実はどれも初めて見る光景じゃない。よく来るというのもあって、この辺りの地理には随分と詳しくなった。
 きっと宮女の中では2番目に詳しいに違いない。勿論「自力で行ける」という条件が加わるなら文句なしで優勝だ。1位の彼女は、私がいないと二度と同じ場所に辿り着けない。

 コーヒースタンドでカフェラテを買って、近くのベンチに腰掛ける。火傷に気をつけながらそっと一口飲んでみれば、ほんのちょっとの苦味とそれを包み込むミルクのやさしさが、小さなため息になって溢れ出た。

「まあ、手間かかっただけのことはあったわね」

 とっても美味しいコーヒーのお店があったんだよ。
 そう言ったのは彼女だったのに、肝心の店名も場所も何一つ覚えてない時は頭を抱えた。別にそのまま忘れてしまってもよかったのだけれど……潤んだあのアクアマリンの瞳があまりに悲しそうで、根負けした私は無いに等しい情報からなんとかあのお店を見つけ出したのだ。

 思い出すだけで頭痛がするけど、まだまだ温かいカフェラテをもう一度口にしたら、そんな気持ちもすっかり解れていく。
 彼女のおすすめにハズレはない。
 なんだかんだあの子の視線を振り切れないのは、惚れた弱みもあれど……少なからずそういうところを信頼してるところもあるのだと思う。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 空になったカップをゴミ箱に捨てて、スマホを開く。10時57分、待ち合わせの時間まであと3分。
 思ったよりのんびりしてしまったけど、まあ想定の範囲内。走れば11時までに駅前に着けるけど、そうしようとは思わなかった。

 LINEを開いた瞬間、待ち合わせ相手からの通知音。開いてみれば案の定、すっかり見慣れた定型文と、どこかの街並みの写真が送られてきている。
 予想してたことではあった。むしろLINEをちゃんと使えるようになったこと、言いつけ通り周りの写真を撮って送るようになったことを褒めてあげるべきだろう。

 唯一予想外だったことは、送られてきた街並みが、私の全く知らない新天地だったことくらいか。

「はぁぁぁぁ…………」

 今日一番大きいため息が出た。
 やっぱり人間、一番を目指してナンボらしい。現に2番手の私は今こうして頭を抱えている。彼女の手綱を握るには、まだまだ散歩の研鑽が足りないということか。
 ……なんて、今考えててもしょうがない。とにかく私は通話を繋いで、これまたすっかり言い慣れてしまった定型文を叫ぶのだった。

「雫ー!! アンタ今どこにいるのよー!!」

- Afterword -
2022/06/04 投稿作品

なんか不意に降りてきたしずあいです。
不意に降りてきた割には結構好きな作品です。こういう穏やかな日常っぽいお話大好き。

以前はこういったワンシーンだけ切り取った短いお話も多く書いていたのですが、
最近はプロットからある程度しっかり練ってしまうのもあって、
なかなかいわゆるやおい(山なし、オチなし、意味なし)みたいな作品を書けなくなってしまいました。
別にどちらがいいという話でもないのですが……またどこかで、趣味だけで書いた掌編なんかも書きたいものですね。