知りたい。

【1】
 秋は、停滞の季節だ。
 夏の隙間から零れ落ちては、木々を彩り、豊穣をもたらし、そうして不意に冬に呑み込まれる。
 煽り立てるわけでも、置いていくわけでもなく。秋だけは、ただ、そこに在る。巡る季節を慈しむように。やがて訪れる不毛の季節を、ほんの少し、悲しむように。

 だからこそわたしも、ほんの少しだけ立ち止まりたかったのかもしれない。音を潜めて迫り来る終わりに、ほんの少しでも抗いたかったのかもしれない。

『進路希望 3年D組 日野森雫』

 それをはじめて自覚したのは……10月の暮れ、吐息に白が混じり始めた秋の終わり。
 見慣れた筆跡の進路希望表を拾った時だった。

【2】
 五反田服飾大、大和女子大、秋葉学園短大。
 どれも聞き馴染みのない学校だった。雫の口からも、一度もそんな言葉を聞いた覚えはない。

 あの紙を拾った次の日、昼休みの教室。なんとなく気になって仕方がなくて、わたしはスマホの検索窓に大学の名前を打ち込んでいた。
 華やかなキャンパスの写真、偏差値や口コミ。正直あまり興味のない情報の羅列に、共通して現れる目を惹く言葉。

「……服飾学科…………」

 服飾について専門的に学び、より優れた服飾を追求する学科。繋がる職業はバイヤーやスタイリスト、そして、ファッションデザイナー。
 くらり、とわずかな眩暈。あまり寝れなかったせいだろうか。
 ……初めてのワンマンに向けて衣装をデザインしたあの日から、確かにファッションや衣装デザインに興味を持っている様子はあった。新衣装の話が挙がる度に雫の案は洗練されていったし、瑞希に助言を受けにいくことも増えたと絵名から聞いたこともある。最初は1人じゃ満足に使えなかった型紙ツールも、いつの間にか、機械が苦手な彼女とは思えない程使いこなせるようになっていて。

 本当にのめり込んでるな、なんて思ってはいたけれど。
 ここまで本気だなんて、知らなかった。

 ほんの少しだけ、息が詰まる。
 わたしは、わたしは何になりたいんだろう。別に進路希望が埋まっていないわけではない。やれる限りアイドルをやって、そして子どもに関わる仕事に就けたらなんてぼんやり考えて、そして…………。

 ……雫は、いつまでアイドルを続けるんだろう。
 仕事が決まるまで? 大学を卒業するまで? 「服飾学科は課題が厳しい」って聞いたことがある。卒業制作とかもあるなら、もっと早くからそっちに付きっきりになるかもしれない。

 笑っちゃうくらい、何も知らなかった。
 雫が進みたい道のことも、残された時間が思っていたよりずっと短かったってことも。

 もう一度、僅かな眩暈がくらり。少し気分を切り替えたくて、わたしは一人席を立った。
 暖房で生暖かい教室を出ると、ひりひりと指先が痛むような冷気が、ぼんやりとした意識を覚醒させる。
 冬の訪れは近い。豊穣の秋の、終わりは近い。
 わたしは結局、どうしたいんだろう。


【3】
「あっ。愛莉ちゃん、もう来てたんだ! 雫ちゃんは委員会?」
「そうね、少し遅れるって言ってたわ」

 雲のように曖昧と浮かぶ思考を、何とか掴もうと試みる。
 別に不思議な話でもなければ、考えていなかった話でもないだろう。いくつになってもアイドルでいられるほど、人生というのは単純じゃない。それがいつになるかは人によれど、マイクを置いてステージを降りる瞬間は、いずれどんなアイドルにでも訪れることだ。……わたしも一度、そうしたように。だから「その瞬間」までにできるだけのことをしようと、最後に笑顔でステージを去れるようにあろうと思っていたはずで、その先のことだって、それなりに意識していたはずなのだ。

「雫が遅れるなら、先にストレッチ始めようか」
「はーい!」

 なのに、どうしてこんなに動揺しているのか。
 雫は自分のやりたいことを見つけて、自分の意志でそのための道筋を切り拓こうとしている。元々は友達に応募されてアイドルになった雫が自分で進む先を見つけたのなら。そのきっかけに、アイドルとしてのわたしたちがいるのなら。これほど嬉しくて、誇らしいことなんてない。
 分かりきっていた終わりが、考えられる限り最も円満で素敵な形で遠くに見えてきている。ただそれに気づくのが少し遅れただけで、気を引き締めることはあっても、こうして惑うことなどないはずなのに。

「遅くなってごめんなさい、弓道部のミーティングがあって……。すぐに準備するわね」
「大丈夫。ちょうどダンス練に入るところだったから、雫の準備ができたら再開しようか」
「あれ、ミーティング? 委員会じゃなくって?」
「美化委員の仕事は今週はなかったはずだけど……私、みんなに何か言ってたかしら……?」

 …………あるいは。

 雫はわたしがいなきゃ駄目だなんて。

 まさかそんな、自惚れたことを考えていたのではあるまいか。

「愛莉!」

 遥のよく通る声で我に返った刹那、ステップの足がもつれて思わず尻餅をつく。

「痛ったぁ……!!」
「「愛莉ちゃん!!」」
「ごめんなさい、大丈夫よ。足を捻ったりとかはしてないから」

 駆け寄る皆にひらひらと手を振ってアピールするが、3人の顔は険しい。
 顔を見合わせて頷いては、最初に遥が口を開いた。

「やっぱり、今日の練習は早めに切り上げよう」
「えっ? いや、でも」
「自分で気付いてないの? 今日の愛莉、全然集中できてないよ」
「そうだよ、愛莉ちゃん! 声をかけても空返事ばっかりだし……なんだか顔色もよくないから、今日はちゃんと休んだ方がいいと思う!!」

 後輩2人の圧がすごい。
 ……正直自覚はなかったけれど、確かに考え事ばっかりで、あまり授業や練習の記憶が残ってない。どうやら思っていた以上に、頭にかかったこの靄は、わたしの心と身体を蝕んでいるみたいだ。

「……雫から見ても、そう思う? 今日のわたしは調子が悪いって」
「……ええ。ずっとふらふらしているし、それに……時々、とっても苦しそうな顔をしているように見えるから……」

 3対1、というかこれは満場一致だろう。
 ずっと一緒に活動してきた3人から……特に雫からそう言われるのであれば、そういうことなのだろう。

「分かった。じゃあ、今日はお言葉に甘えて休ませてもらうことにするわ。……ごめんなさい、次の練習までには調子戻しておくから」
「気にしないで。ここのところ私たちもかなり根を詰めていたし、一旦息抜きもしないとね」

 明日は元々練習が休みで、そこから土日を挟むから、次の練習は週明け月曜日。……本当に、ただでさえ貴重な時間なのに、何をしてるんだろう。
 ……きっと、疲れてるだけだ。思えば昨日もあまり寝付けなかったし、その前も企画を考えたり宿題をしたりで少し睡眠時間が削れていた気がする。疲れが溜まると思考もマイナスに寄りやすいし、今日は気になっていた和菓子でも買って、気分転換して早く寝ることにしよう。そうすればきっと、

「愛莉ちゃん……?」

 この曖昧なわたしにも、整理がつくだろうか。

「……駄目ね、わたし。またぼんやりしてたみたい」
「愛莉ちゃん、本当に大丈夫……?」
「大丈夫よ、本当にね。……ねぇ、雫。変なことを聞くけど……雫は、アイドルを辞めたいって思う?」

 抑えきれず、その疑問だけが零れ落ちた。雫の口から僅かに漏れ出た動揺の声に少しだけ罪悪感が湧くが、出てしまったこと言葉はもう取り消せない。
 ……わたしはどんな答えを望んでいるんだろう。そんなことないよって否定してほしいのだろうか、そうだよって諦めさせてほしいのだろうか。それとも答えなんてなんでもよくて、ただ、一つの「正解」が欲しかっただけなのか。
 けれど雫が投げかけたのは、それらのどれにも当てはまらなくて。

「……愛莉ちゃんは、辞めたいの?」

 わたし、は。
 そんなわけないじゃない、って、その一言が喉につっかえて出てこなかった。
 わたしは、アイドルを辞めたがってる? まさか、そんなことあるわけない。あるわけないのに、そんな手放したくない思いすら揺れて、同じように不安を湛えて揺蕩う彼女の瞳を見つめ返すことしか、できなくて。

「……ねぇ、愛莉ちゃん。途中まで一緒に帰らない?」
「ありがとう、雫。……でもごめんなさい。今日は、一人で休みたいかも」

 こんな時でもこんなことくらいは通じ合ってしまうのが、却って歯痒さを感じさせる。何も知らないのに、何も分からないのに、わたしを気遣ってくれる雫の言葉だけ、分かったって。

【4】
 ……半ば無理くり買い込んだ和菓子は、いまいち味が分からなかった。
 気分転換に観てみたアイドルや猫の動画も、ぼんやりとしか頭に入ってこなかった。
 布団に入っても、ぐるぐると回るのは雫のことで。

『……愛莉ちゃんは、辞めたいの?』

 思えば結局、雫の答えはなんだったんだろう。
 何かの意思は決まってたのか、本当に考えてすらいなかったのか、それとも、わたしに答えを委ねてくれたのか。
 ……委ねてくれてたのなら、嫌だな。わたしが雫の足枷になってしまっているみたいで。でも、元はといえば雫の進路のことを知らなかったことからこの曖昧な悩みが始まってる訳で……。

「……あぁもう、自分に腹が立ってくるわねなんか!!」

 正門前でそう悪態をついたのは、金曜日の放課後。練習を早く切り上げたあの日の、その次の日の話。
 二度も夜を越してこのざまなのだから、流石に自分自身に文句の一つも言いたくなる。これだけうじうじと悩んでおいて、結局わたしは何が嫌なのか、なんて大前提すらも分かっちゃいないのだ。
 気分転換を考えても、それらが何も意味をなさなかった昨日までのことを考えて気が重くなる。休息などでどうにかなる悩みではないけど、正直これ以上真剣に考える元気も……。

「愛莉ちゃん、大丈夫?」

 不意に横から聞こえてきたのは、聞き慣れた一人の後輩の声。
 振り向くと、目を丸くしながらわたしを見つめるみのりの姿があった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……よかったの、みのり? 遥と待ち合わせしてたんでしょ?」
「えっ!? なっ、なんでわかったの!?」
「なんとなく分かるわよ。2年もアンタたちのこと見てたら、流石にね」
「そっかぁ……。うん、でも大丈夫だよ。たぶん遥ちゃんも、同じようにすると思うから!」

 学校の最寄りから数駅行ったところにある、シックな雰囲気の喫茶店。夕方なのもあってか人はまばらで、場の静寂がほんの少しだけわたしの思考をクリアにする。それともあるいは、周りの目を気にしなくていいようにとわたしに気を遣ってくれたのだろうか。

「……それで、何かあったの?」

 さっきと違って、今度はわたしをまっすぐと見つめてくる。そんなみのりの姿が、今はとても心強かった。……みのりになら、いいか。なんて思いながら……わたしを縛る言葉を、はきだす。

「……いつまでアイドルできるんだろう、みたいなこと考えちゃってね」

 始まりから、一つ一つ辿っていく。
 雫の進路希望を偶然見かけたこと。
 雫がファッションデザイナーを目指していること。
 わたしには明確な夢がないこと。
 雫の夢を、知らなかったこと。

「そこから将来のこととかアイドルのこととか、いろいろ考えちゃって、でもだんだん自分でも何がしたいかこんがらがってきて……」
「……わかる、わかるよ……」
「あら、結構話が早……」

「好きな人のことを全然知らないって、すごく苦しいよね!!」

「……へ?」
「わたしも杏ちゃんみたいに昔の遥ちゃんのことは知らないし、アイドルの遥ちゃんしか観れてなかったからプライベートの遥ちゃんのことは今でもまだまだ知らないことだらけだし、一応それは仕方ないなって思うし、今から世界一遥ちゃんに詳しくなればいいよって遥ちゃん自身も言ってくれるけど、それでも知らない遥ちゃんの話が出る度にちょっとだけ息が苦しくなって……!!」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいみのり! わたしはそういう話をしてるんじゃなくて……」

 ……いや、でも。
 もしかしたら、そういう話、なのだろうか。

 雫の進路希望を見た時、最初に出てきた感想は「知らなかった」だった。雫が手を伸ばそうとしているものも、雫が見据えている未来も、わたしは何も知らなくて。

「それに、好きな人が遠くに行っちゃうかもしれないって気持ちも、すごくわかるよ。わたしも、遥ちゃんが杏ちゃんたちと楽しそうに話してるのを見ると、心の奥がきゅってなるの。もっともっと頑張らなきゃ、もっともっと遥ちゃんに近づけるようにならなきゃって、なんだか居ても立っても居られなくなって……」

 曖昧だった思考に、理由が与えられていく。
 ぼんやりとした自分の未来が怖いのも、アイドルとしての終わりばかりを考えてしまうのも、雫にあんな質問をしたのも、それにわたし自身が答えられなかったのも、全部、全部。

「……わたしは、雫と一緒にいたかったんだ」

 今だけじゃなくて、これからの未来も、ずっと。

「……そもそも、雫ちゃんが目指してるのって、本当にファッションデザイナーなのかな?」
「え? 服飾学科なんだから、ファッションデザイナーでしょ?」
「今調べてみたけど、服飾学科からの就職先って、バイヤーとかスタイリストとかもあるみたいだよ。……それに、ただ一直線にファッションデザイナーを目指すなら、他にもいい学校があるみたい」

 みのりが見せた画面には、知恵袋に投稿された一つの質問が載っていた。
 ファッションデザイナーを目指す場合の進路に関する質問。確かに雫の第一志望である五反田服飾大は、まっすぐファッションデザイナーを目指すのであれば相対的に不向きとも書かれている。

「……本当だ」
「愛莉ちゃんと雫ちゃんって、どうしてこんなにわかるの!?ってくらい何も言わなくても分かってて、すごいなぁ、憧れちゃうなぁ、なんていつも思うけど……でも、そんな愛莉ちゃんでもわからないことなら、ちゃんと雫ちゃんに直接聞いてみた方がいいんじゃないかな? ……知ってれば知ってるほど、その人のことを知らないのは、苦しいよ」

 ……苦しい、か。
 思えば、知らない苦しさも、想いを伝える大切さも……初めて喧嘩別れしたあの時、ちゃんと理解したはずだったのに。

「……でも、わがままじゃないかしら? 自分の理想とか想いとかを、言葉裏で押し付けてるみたいで」
「わたしはそうは思わないけど……それに、雫ちゃんなら愛莉ちゃんがわがままを言っても、むしろ喜んでくれるんじゃないかな?」
「むしろそれが嫌だって言ってんのよ。なんだか全部わたしの思い通りみたいじゃない」

 4人での日々が、雫との日々があまりに楽しいものだから、忘れてしまっていたらしい。
 この僅かな眩暈も、広がる苦味も痛みも、胸に湛えた灯火も、全部。

「……でも、そうね。ありがと、みのり。分からないことと聞きたいこと、もう一度整理してみるわ。雫にちゃんと話せるように」
「うん、わたしも応援してるね! ……あっ、愛莉ちゃんもう帰るかな? じゃあわたしも……」
「ああ、みのりはいいわよ。デートあるんでしょ?遥」
「うん、そうだね」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 後ろから急に現れた遥を見て飛び跳ねるみのり。
 本当は序盤の方から後ろの席にいたんだけど……みのりは気づいていなかったらしい。まあ、話に集中していたし無理もないけど。

「遥もありがと、話聞いてくれて」
「私はただ後ろにいただけだよ。……でも、愛莉のことは私も応援してる。それを待つ側の気持ちも、少しは理解してるつもりだしね」
「……そう。ふふっ、ありがと」

 それで、みのりは私の何が知りたいのかな?なんて遥のいじわるな声を背にしながら、3人分の会計を済ませて、わたしは喫茶店を後にした。

【5】
 ——時は飛んで、月曜日。
 あの喫茶店での出来事から数えて、最初の練習日。

 屋上には誰もいなかった。どうやらわたしが一番乗りらしい。まあ、みのりは委員会で、遥も日直の仕事があるらしいから、最初に来るのはわたしか雫しかあり得なかったわけだけれど。
 それでも雫がいないのはなんとなくありがたかった。扉を開けて一発本番よりは、できれば心の準備をして向き合いたかったから。

 大きく息を吸い込もうとして、肺を刺す冷気に思わずむせる。
 調べてみたら、気温は一桁。どうやら今日は11月下旬の寒さになっているらしい。……空を眺めれば日はすっかり傾いていて、東の方は既に夜で埋め尽くされている。かじかんできた手をさすって温めながら、冬の始まりを……秋の終わりを、ぼんやりと考える。

「愛莉ちゃん」
「……雫」

 遅れてやってきた雫が、わたしの横に座る。ちょっと近いと普段は思うかもしれないけど……今はあまり気にならない。きっとわたしも、この距離がいいと思うから。

「……愛莉ちゃんは、アイドル、やめちゃうの……?」

 最初に投げかけたのは、雫の方だった。

「やめるわけないでしょ。少なくとも、アンタがやめるまではね」
「そっか。……よかった。私も、愛莉ちゃんがやめるまではアイドルでいたいな」
「それじゃあどっちもやめられないじゃない」

 そうかも、なんて言って、2人で笑い合う。
 そんな未来も、あり得るならば素敵かもしれない。2人、おばあちゃんになるまでステージに立ったりなんかして。

「ねぇ、雫。五反田服飾大って、どんなとこなの?」
「……服飾の勉強ができるところだよ。服飾学とか、あとは演劇学とかも学べるの」
「演劇学? 服飾学科で?」

 でも、そんなことには決してならないだろう。
 いつか声もしわがれて、踊りはおろか歩くこともままならなくなる時が……そうでなくとも、違う未来に進むため、自ら魔法を捨てる時が、きっと訪れる。

「私、コスチュームデザイナーになりたいの」
「……コスチュームデザイナー? ファッションデザイナーとは違うの?」
「うん。アイドルや役者さんの衣装をデザインして作るお仕事なんだよ」

 豊穣の秋は、いつまでも続かない。いつの日か不意に寒さに呑まれて、長い長い冬が訪れる。

「……そういうのもひっくるめて、ファッションデザイナーの仕事だと思ってたわ」
「本当ははっきりした違いはないんじゃないかな。……でも、もっと衣装のことを勉強して、MORE MORE JUMP!のみんなや、他のたくさんのアイドルの子たちが、もっと輝ける衣装を作れたらな……って思って」
「素敵な夢じゃない。雫らしくていいんじゃないかしら」

 ——それでも。

「……正直ね、雫がアイドルとは違う夢を見つけて、遠くにいっちゃうんじゃないかって思ってたの」
「愛莉ちゃん……?」
「それが、すごく怖かった。わたしはまだアイドル以外にやりたいこともはっきりしてない、未来のことなんて何も分からないのに、雫がふらりとどこかへいなくなっちゃったらって。そう考えたら何も手がつかなくなっちゃって」

 眩暈も靄も、零れた言葉も、結局はそんな思いから生まれたものだった。
 4人で切り拓いていくセカイが、2人隣同士で見渡す世界が、あまりにも綺麗なものだったから。

「ずっと一緒にいられたらいいのにって、思っちゃった。アイドルである間も。その先も」
「……私もだよ。愛莉ちゃん。……私はきっと、愛莉ちゃんがいないと生きていかないから」
「……さらっと恥ずかしいこと言うんじゃないわよ」

 でも、そう言ってくれると思ってた。
 ずっと一緒にいたんだもの。雫はきっと応えてくれるって信じてた。これだけ簡単なこと、言葉にしてしまえばこんなにも単純なやりとり。
 ……でも、まだ足りない。今まで通りじゃ、まだ足りないの。

「ねぇ、雫。わたし、雫のことがもっと知りたいの! 雫がどんな大学に行きたいのか、何になりたいのか、そんなことも知らなかったの! 何でもかんでも知ったつもりで、ずっと一緒にいられるってぼんやりと思ってた。……わたしは、雫をもっと知りたい。雫ともっと一緒にいたい。アイドルとしても、一人のわたしとしても」

 ——豊穣の秋は、いつまでも続かない。いつの日か不意に寒さに呑まれて、長い長い冬が訪れる。
 凍える冬から目を逸らして、秋の陽射しにしがみつく日々もそれはそれで幸せだろう。巡る季節の輪廻を止めて、腐り落ちていく秋と共に堕ちていくのも、冬に呑まれて枯れていくのも、それはそれで悪くないだろう。
 だけど、わたしはあなたといたい。あなたと一緒に、永い冬でも旅がしたい。

「雫。少しだけ、変なことを言ってもいい?」

 わたしは、あなたと一緒に春が見たい。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ————。

【6】
 翌年の、春。

 待ち焦がれた春も、訪れてみれば大してこれまでと変わらない。
 MORE MORE JUMP!は平常運転で活動が続くし、雫はあれから希望を変えずに第一志望に通ったし、わたしの人生設計は相変わらず曖昧なまま。これなら秋にしがみついていた方が冬のない分幸せだったかしら、なんて心のどこかで思わないこともないけれど。

 それでも変わったことが2つだけある。
 一つ。高校を卒業して、大学生になったこと。正確にはまだ4月の頭だから登校はしていないんだけれど、高校生としての春休みとは違って、やっぱり少しそわそわしてしまうものはある。
 ……そして、もう一つ。

「愛莉ちゃん、洋服の段ボールはどこに置けばいいかな?」
「うーん、寝室の近くにクローゼットがあったはずだから、そこに置いといてくれるかしら? 後で一緒にしまいましょ」

 高校を卒業したわたしは、雫とシェアハウスを始めた。高校を出ても一緒にいられるように。……遠い将来アイドルでなくなったときも、一緒にいられるように。

『高校を卒業したら、一緒に暮らさない?』

 なんだかプロポーズみたいな感じもして少しだけ恥ずかしかったけれど、潤んだ瞳を煌めかせて喜ぶ雫を見て、そんな気持ちも吹き飛んだ。

 思えば、あんな表情の雫も初めて見たかもしれない。やっぱりわたしには知らない雫の表情がたくさんあって……でもこれからはたくさん見れるって思えば……そんなに、悪い気はしないかも。

「そうだ、愛莉ちゃん。荷物の整理が落ち着いたら、一緒にお散歩にいかない?」
「いいわね。せっかくだし、お昼も外で食べましょうか」
「うん! ……ふふっ、楽しみだなぁ」

 そうして雫は少女のような笑顔を湛えて、鼻歌混じりで廊下の方に消えていった。
 ……ほら、また一つ。
 巡る季節の流れの中で、わたしは彼女を知っていく。

- Afterword -
2022/12/18 しずあいしず小説合同『四季彩』寄稿作品

超能力者に会いに行く話です。
嘘です。

私の2022年下半期は、この作品とみのはるアンソロのためだけに存在していたと言っても過言ではありません。
みのはるアンソロには全力を注ぎたい。けれど呼んでいただいた企画に対して手は絶対に抜けない。
悩んだ私が出した結論は「両方100%の全力でやる」でした。
代償としてその後約1年に渡り燃え尽き症候群になりましたが、この選択自体は後悔していません。

四季のうちいずれかをテーマに選択するルールでしたので、私は「秋」を選択しました。
いいですよね、秋。いつの間にかそこに居て、不意に冬に呑まれて消えるところが、特に。
全てがいい感じに嚙み合ったのもあり、しずあいの中でもかなりお気に入りの作品になっています。