可愛い私を、君に。

「……よし、これで完璧!」

 遠くからそんな桃井先輩の声が聞こえて、スマホから顔を上げる。リビングに持ってきた姿見の前には、1時間前からは大きく様変わりしたみのりの姿があった。

「……どうかな、杏ちゃん?」
「すっごく似合ってる! さすが桃井先輩と日野森先輩!」

 シックなロング丈のワンピースに、白のニットカーディガンが上手く全体を纏め上げる。緩くパーマをかけた長い髪はハーフアップで整えられていて、油断していると一瞬誰だか分からなくなってしまうような……有り体に言うと「大人のかわいさ」みたいなものが前面に押し出されたコーデ。これは、みのりが2人を頼りたくなるのも分かる気がする。

『久しぶりのお出かけだし、愛莉ちゃんと雫ちゃんの力を借りたくて……!!』

 大学生になって初めての冬、4人で久しぶりに会う話になった直後。みのりから飛んできたのはそんなLINEだった。むしろ私がいた方が邪魔なのでは?とも思ったけど、みのり曰く最初に感想をくれる人が必要だったらしい。
 特に断る理由はなかった。私も先輩たちがどんなコーデを組むのか興味があったし……それに先に見ちゃえば、一番を逃して拗ねる遥も見れるし、ね?
 そんなわけで付き添いを引き受けたわけだけど、想像以上にみのりが可愛くなってしまって本当にびっくり。これならきっと遥も大満足に違いない。

「よし、それじゃあ行こっか、みの」
「はーいストップ!」

 なぜか割り込んでくる桃井先輩。……どういうわけか、私の右手をがっしりと掴んでいる。

「えっと……これは……?」
「まだ杏ちゃんの分が終わってないでしょ?」
「ええ、せっかく来てくれたのに、何もしないのは勿体無いわ?」
「い、いやいや、私にはああいうのは似合わないかな〜と……」

 私だってファッションには少しばかり自信がある。こはねの服を選んであげたことだって何度もあるし、人よりもセンスはあるはず。……ただやっぱりストリート系が落ち着くというか、私に「かわいい」という言葉は似合わないというか……とにかく、私には桃井先輩や日野森先輩のコーデは相性が悪いと思う。うん、きっとそうだ。

「それに、待ち合わせは11時だからそろそろ行かないと遅れちゃいます! ね、みのり?」

 遥とこはねはしっかり者だから、絶対に時間厳守で来るだろう。みのりだって遥に叱られるのはできれば避けたいはずだ。
 ……そう、避けたいはず。なのに、みのりの様子がなんかおかしい。

「み、みのり……?」
「ごめんね、杏ちゃん。本当は今日、11時集合じゃないんだ」

 杏ちゃんにだけ、嘘の時間を教えてたの。ごめんね?
 小悪魔と見間違うような、みのりの笑顔。……あれ? もしかして私……嵌められた!?

「本当の集合時間は14時だから、まだまだ余裕だよ、杏ちゃん!」
「あら、良かったわね! そういうことならとびっきり可愛くしてあげるわ!!」
「せっかくだし、お昼ごはんも食べていくといいわ?」
「は、謀ったなー!!みのりー!!」

 どれだけ泣き叫んでも、私を助けてくれる相棒は今この場にいない。
 空しい断末魔とともに、私はドレッサールームへと引き摺り込まれていった。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「ごめんねこはね。早めに来て付き合ってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫だよ。私も久しぶりに遥ちゃんと話せて嬉しいな」

 待ち合わせには少し早い、午後1時。「久しぶりのお出かけだから少し心の準備がしたい」という遥ちゃんからの可愛いお誘いで、私は一足先に駅前のカフェに来ていた。
 お誘いもそうだけど、今日の遥ちゃんは見た目も可愛い。ライトブラウンのチェックワンピースに、大きなリボンベルト。肩まで伸びた髪は二つ結びにされていて……一言で言うとお人形さんみたい。

「こはね、どうしたの?」
「あっ、ううん。今日の遥ちゃん、とっても可愛いなって思って……」
「ああ、これ? 今日は『大人のかわいさ』らしいから、私は幼くリードされた方がいいかなって」
「へ?」

 こはねはいつも通りの格好だね。
 私の混乱をよそに、遥ちゃんの視線がこちらに向く。悩んだ末に、杏ちゃんに寄せてストリート系のファッションにしたんだけど……。

「駄目だったかな……?」
「ううん、いいと思う。その方が杏も安心するだろうし」
「え? それってどういう……?」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 少しゆとりのあるタートルネック。グレンチェックのロングスカート。それらを包む黒のガウンコート。
 長い髪をお団子にまとめれば、いつもと違う、ちょっと背伸びした……可愛い、私。

「お、落ち着かない……」
「大丈夫、とっても似合ってるわ!」

 ファンデーションを薄く塗りながら、日野森先輩が笑う。
 流石にメイクは自分でしようと思ってたけど、結局勢いに押し負けてしまった。そもそもこの家に来た時点で詰んでいたわけだし、もうどうしようもない。
 ……とはいえ、服選びの時に比べたら、今の時間はとても穏やかだった。てっきりメイクもバチバチに決められるのかと思っていたけど、そういうわけでもないらしい。

「杏ちゃんは何もしなくてもかわいいもの。メイクは自然な感じに留めて、ちゃんと活かしてあげなくちゃ勿体無いわ?」

 ……「かわいい」、か。
 あんまり言われたことがないし、私自身そんなに執着もない言葉かもしれない。こうしてかわいくされてしまった今でも、こはねには「かわいい」よりも「かっこいい」って言われたいって思ってしまう。
 ……でも……。

「日野森先輩。……私、かわいいですか?」
「ええ、とっても!」
「そっか」

 ……それなら、今日くらいとびきり可愛くなって。
 びっくりするこはねの顔も、見てみたいかな。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 13時50分。駅前の時計の下。遥ちゃんと2人、杏ちゃんたちを待つ。
 結局、遥ちゃんの言葉の意味はよく分からなかった。杏ちゃん、今日イベントとかあったっけ? 安心するって言っても、そもそも不安になることがないような……。

「あっ、2人とも来たみたいだよ」

 思考は遥ちゃんの言葉に遮られる。何の気もなしに駅の方へと視線を向けて。

「お、おまたせ、こはね……」

 いつもと違う服。お団子にまとまった長い髪。ほんのりとピンクに染まった頬に、夜空に似たネイル。
 私の知らない杏ちゃんが、そこにいた。

「うん、みのりも杏もよく似合ってるね」
「か、からかわないでよ……」

 恥ずかしいのかなんだかおとなしい杏ちゃん。いつも明るくてかっこいい彼女の新たな一面に、なんだかドキドキしてしまう。

「えっと……どうかなこはね。変じゃない?」

 目を逸らしながら、杏ちゃんが問いかける。もちろん素敵だよ。杏ちゃんはどんな服でも似合うね。私ドキドキしちゃった。言いたいことはたくさんあるのに、息が浅くなって、頭がくらくらして、上手く言葉にできない。

「……か……」
「か?」
「か、かわいい……よ……すごく…………」

 顔を真っ赤にしながら絞り出したのはそんなありきたりな感想で……でもそれを聞いた杏ちゃんの顔は、りんごみたいに真っ赤になった。

「ほら、こはね。ちゃんとリードしてあげないと」
「そうだよこはねちゃん! わたしも頑張るから!」

 気付けば手を繋いでる2人に言われるがまま、杏ちゃんの左手を取る。
 熱いくらいのこの体温には、まだまだ慣れられそうになかった。

- Afterword -
2022/02/18 「第3回akmh覆面小説企画」参加作品

akmh覆面小説企画に投稿させていただいた作品です。
この回は2作品投稿しており、一方はみのはるだったので、こちらは杏こは強めに仕上げています。
あんまり擬態とかは意識していませんでした。

杏ちゃんのようなかっこよさが先行する魅力的な子には、
一度くらいはとびきり可愛い恰好をしてほしいと思うのが人の性。
ファッションセンスはからっきしなので、必死に流行りのファッションを調べながら書きました。
というかこの作品3,000字超えてるんですね。筆乗りすぎでは??