【問題編】

「最近、みのりの様子がおかしい気がするの」
 親友は、深刻そうにそう言った。

「へぇー」
「……ちょっと。反応が雑すぎない?」
「いやまあ……また惚気が始まったのかって……」
「惚気じゃない……あと、普段も惚気てない!」

 遥は不貞腐れてるけど、ぶっちゃけ私はほぼ毎週、この喫茶店で彼女の惚気話を聞かされている。
 やれみのりが可愛いだの、やれみのりは優しいだの。あれを惚気と認識していないなら、一度「惚気」という言葉の意味を辞書で調べ直した方がいい。

 ……とはいえ、今回はちょっと事情が違うみたい。
 まあ幼馴染のよしみだし、話くらいは聞いてやろう。コーヒーを口につけ、そして姿勢を少し正す。

「で、どうおかしいの?」
「……それが、私にもよく分からなくて」
「分からないって……それだと相談の乗りようがなくない?」
「そうだけど、自分でもうまく違和感を言葉にできてなくて……」

 そこから暫く考えこんで、ゆっくりと遥が言葉を紡ぐ。

「最近みのりがどんどん力をつけてるっていうか……ダンスも歌も、今までよりずっと早いペースで上手くなってて」
「いいことじゃん」
「そうなんだけど……今までとあまりにもペースが違うっていうか……」
「……なんか無理してるとか、そういうこと?」
「うん。でも前と違って焦ってるとか、空回りしてるって感じもしないの。それが余計に分からなくて……」
「……じゃあ考えすぎじゃない?単純にライブの成功とかで気合が入ってるだけな気がするけど」
「私も、大したことないんだろうなって思いたい。……けど……」

「最近のみのり、時々すごく怖い眼をしてる」
 どこか泣きそうな顔で、遥はそう続けた。

「怖い眼、ねぇ」
「あんなみのり、今まで一度も見たことなくて……なんか悪い人と関わったりしてるんじゃないかって思うと心配で……」

 ……やっぱり考えすぎだとは思う。
 遥はみのりが絡むと途端に心配性になる節がある。大事に思ってるからこそ、些細なことを意識してしまったりすることはあるだろう。

「……やっぱり考えすぎかな。他の皆にも相談したけど、愛莉には呆れられたし、雫は『きっと大丈夫よ』って笑ってるだけだったし……」

 ただ、みのりと「怖い眼」ってワードがうまく結びつかないのも確かだった。
 みのりが? 怖い眼? 遥繋がりで何度か話したことはあるけど、冗談でも誰かを威圧したり怖がらせたりできるような子ではない。
 寝不足? 演技の練習? どっちにしろ遥がここまで心配がる程のことになるとは思えない。

 まあつまり、今の私には特にこれを無下にする理由もない。

「……はいはい、それじゃあ悩める幼馴染のために、一肌脱いであげますかね」
「え……?」
「みのりに直接話聞いてきてあげる。私なら難しいこと考えずに聞けるし、みのりも何かと話しやすいでしょ」
「それは……いや、そうだね。ありがとう、お願い杏」
「いいよ、私もちょっと事情気になるし。その代わり今度お昼奢りね」
「はいはい、いいカフェ探しときます」

 なんて軽口を叩きながらLINEを検索。
 みのりのアカウントは……あった。遥より遥っぽいアイコンだから逆にすぐに分かる。


「『みのり、今度の週末デートにでもいかない?』っと」
「デっ……!!? ……あっ、いや、なんでもない……」
「……遥、みのりが絡むと本当に面白くなるよね」
「う、うるさい……杏だって、そんなこと言ってたら小豆沢さんに怒られるよ」
「いや、流石に大丈夫でしょ……大丈夫、だよね……?」
「知らない。気にせずみのりとデートにでもどこにでも行ってくるといいよ。小豆沢さんを置いて」
「ちょっ……これ一応遥のためにやってるんだからね!?」

 そうこうしているとスマホに通知。
 みのりから返信が来たみたい。

『デート!? ごめんなさい、気持ちは嬉しいけどわたしには遥ちゃんが……!!』

「……似てるなぁ」
 自分のことではないのに、少し顔がニヤついてしまう。こんなに似た反応になるかなぁ、普通。


 ……でも、やり取りしてる感じ特に変わったところなんかは感じない。
 ……やっぱり、考えすぎなのかな?


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【解答編】

「ごめんねみのり、いきなり呼び出しちゃって」
「ううん、大丈夫! ……でも、急にどうしたの?」
「いやー、遥が会うたびにみのりの話ばっかりするもんだからさ、私もたまには直接話したくなっちゃって!」
「は、遥ちゃん……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも……」

 遥から相談を受けて数日後。予定通り、私はみのりと一緒にお昼を食べに来ている。
 冬弥に紹介されてちょっと気になってたカフェ。雰囲気も落ち着いてるし、ここを選んだのは正解だったかもしれない。

「この前のライブ、私もアーカイブ見たよ。すっごく良かった!」
「本当? ありがとう! えへへ、わたしもあのライブは時々見返してるんだー!」

 そんな話題から会話を広げていく。
 雰囲気は前会った時と変わらない。遥の話と同じ、明るくて元気で、人を惹きつける、そんな子。

 ……ん、いやでも……。


「みのり、最近自信ついてきた?」
「えっ?」
「なんか、迷いみたいなのがなくなってる感じがしたから」
「そう、かな……? でも、皆の足を引っ張らないようにとか、そんなことはあまり考えないようになったかも」
「おー、いいじゃん! 一歩前進だね!」
「ありがとう! ……あっでも、最近違う悩みみたいなのが出てきて……」
「ん?」

 思わぬ形で核心に迫ってきた気がする。

「なになに? 相談ごとなら乗るよー?」
「でも、自分でもうまくまとまってなくて……」
「大丈夫! 話してるうちに見えてくることもあるでしょ?」

 遥も似たようなこと言ってたな、なんて思いながら少し姿勢を正す。
 ありがとう、と微笑んで、彼女は言葉を選び始めた。


「最近、遥ちゃんを見てると、時々よく分からない気持ちになって」
「それは、『ドキドキする』とか、そういうのとは違うの?」
「うん。今でも遥ちゃんが近くにいるとドキドキしちゃうけど……その時の感じとはちょっと違って……」
「なるほど」
「特に、遥ちゃんの歌とか、ダンスとかを隣で見てる時になって」
「……」
「遥ちゃんはすごくかっこよくてかわいくて、やっぱり見ててドキドキしちゃうんだけど」
「それと一緒に、居ても立っても居られなくなる?」
「そう! すごい、なんで分かったの……!?」

 なるほど、繋がった。

「足を引っ張らないようにしなきゃとか、そういうことは思わないんだけど、なんだかすごくがんばらなきゃ、がんばりたい!って思うの。ドキドキだとか憧れるとか、そういうわけじゃなくて、こう——」

 なら、その「眼」の正体は。


「——胸の奥が、どうしようもなく熱くなるみたいな」
 ——ここにはいない遥を見つめるみのりの瞳に、紅く灯る焔を視た。
 初めて見るほど真剣で——怖いくらい、見惚れてしまいそうな眼だった。


 私は、その眼をよく知っている。

 それは、彰人がふとした瞬間に見せる眼だ。
 それは昔、遥が何度も私に向けてきた眼だ。


 「負けたくない」、って。
 そう強く思う人間は皆、同じ眼をする。


「……ふふふ」
「あっ……! ごめんね、やっぱりわたし変なこと言ってるよね……!」
「ううん、全然! そっかそっか、みのりも遂にそう思うようになったんだー!」
「へ? え?」

 それは、「憧れ」だけじゃ辿り着けない感情だと思う。
 それは彼女と並び立つために、絶対に必要な感情だとも。

「みのり。その胸の熱さ、忘れちゃ駄目だよ」
「え? ……う、うん! わかりました!」
「それを忘れなかったら、みのりは絶対に遥を超えるアイドルになれるからね」
「はい、わか……えええええええっ!? は、はは、遥ちゃんを!?」


 ……それにしても。

(『怖い眼』だなんて怯えちゃって)
 随分と情けないこと言うじゃん。アイドルが楽しすぎてそういうのも全部忘れちゃったの? 別に初めて見る眼でもないはずなのに。あと何より、


(私も、同じ眼をしてたはずなんだけど)


 忘れやがって、バカはるか。
 そう思い始めると途端に腹が立ってきた。何? そりゃあ言っちゃえば子どもの喧嘩だけどさ、それにしたって鈍りすぎじゃん? 結局遥にとってはその程度だったったこと? あぁ、もう、なんかすっごくイライラする!!

「あ、杏ちゃんどうしたの……?今すっごーく眼が怖……」
「みのり!!」
「ぴゃい!?」
「今からカラオケ行かない!? 私奢るから!!」
「ふぇ……からおけ……? う、うん、大丈夫! 杏ちゃんの歌、聴いてみたい!」
「よし決まり! じゃあ行こっか!」

 ……そうだ、次のイベントには遥を呼ぼう。
 全部忘れてみのりにばっかりお熱なのも、なんとなくちょっとムカつくし!

「みのりはやっぱり、遥の歌とか歌うの?」
「うん! 遥ちゃんみたいに歌えるように、がんばります!」
「いいね! でも、そろそろ『みのりっぽい歌い方』も研究してみていいんじゃない?」
「わ、わたしっぽい歌い方? 考えたこともなかった……!」


 待ってろ桐谷。
 あんたにももう一度、同じ眼させてみせるから。

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【補足編】

「はー、歌った!」
「ありがとう杏ちゃん、発声のコツとかも教えてくれて……!」
「いいよ、これくらい全然! でもさっきも言ったけど、アイドルのステージだとまた勝手が違ってくるかもしれないから、そこは遥にも助言貰った方がいいかもね」
「はーい!」

 ……まあ、遥はあんまりいい顔しないだろうけど、それは考えないことにする。
 遥だって、自分の不満よりみのりの成長の方が大事でしょ?

「さて、さすがに暗くなり始めてるし、大通りまでは送るよ……って、あれ?」

 なんだか、向こうから聴き覚えのある声がする。
 とても聴き慣れた、よく通る声が。

「こはね……?」
「あ、そういえばこはねちゃん、時々この辺りで練習してるって言ってたかも!」
「へー、そうなんだ……それならちょっと様子見に行ってみよっか。みのりはまだ時間大丈夫?」
「うん、大丈夫!」

 こはねはあんまり個人練習の話まではしてくれない。恥ずかしいとか、一人じゃないと練習にならないとか、まあいろいろ理由はあるんだろうし私も特に聞き出そうとかは思わない。
 ……確かに、こういうことはみのりの方が話しやすいのかも。ちょっと寂しい気もするけど、まあそれはそれで仕方がないよね。

「あっ、こはねちゃんいたよ!」
「ん、ほんとだ」

 そんなことを考えているうちに、小さな公園まで辿り着く。

「こはねちゃん、やっぱり歌うの上手だね」
「うん、最近もっと上達してるし、本当にすごいよ、こはねは」

 そんな話をしながらこはねに声をかけようとして。


 私はそこでやっと、こはねのステージを客席から見たことがないことを思い出した。

 その眼に撃ち抜かれた、その後に。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「——ちゃん。杏ちゃん!」
 そう呼びかけるこはねの声で我に返った。

「杏ちゃん、大丈夫?」
「……う、うん、大丈夫! ちょっとこはねのパフォーマンスがすごくて見惚れちゃってて!!」
 心臓の音が煩い。動揺する心を押さえつけて、心配するみのりに見栄を張る。

 半分は本当だけど、半分は嘘をついた。
 私はその「眼」に見惚れちゃったんだ。泣いちゃいそうなほど綺麗な、私に向けられたその焔に。

(ヤバい。足、震えてるかも)

 何度も見ているはずだった。それでも今まで気づかなかったのだから、私だって遥のことをとやかくはいえない。

「えへへ、ちょっと恥ずかしいな……」
 顔を赤くするこはねの目に、さっきみたいな怖さはない。
 けれど……上がった息と、胸の熱さが、あれが夢でもなんでもないことを証明してくる。

(……ライバル、増えちゃったなぁ)

 目の前の相棒が守るべき存在ではないことは、とっくの昔に理解した。
 だったら私は、そんな眼を向けられて黙っているわけにはいかないんだ。
 ……ねぇ、遥もそう思うでしょ?


 だから静かに目を閉じて。
 その熱を一人感じて。


「ねぇこはね。私も一曲歌ってっていいかな」


 開いた瞳に、火を灯した。

- Afterword -
2021/04/09 「杏こはみのはるお祭り企画」参加作品

あこみはの作品を毎日リレー形式で投稿する企画にて投稿させていただいた作品です。
この企画そういえばこんな名前でしたね。調べてて思い出しました。
当時も嬉しい評価をたくさんいただきましたし、私個人としてもとても気に入っている作品の一つです。

私は結構同じ界隈の周りの人たちと違って、あまり小さいころからPCゲームやアニメ・ドラマなどには触れてなくて、
代わりにワンピースを始め少年漫画やバトル系のライトノベルに多く触れてきた人間なので、
甘々なやりとりと同じくらい、こういった熱量の高いぶつかり合いが好きだったりします。
恋心だけで彩られる程、世界って単調なものでもないでしょう?