紅の蜘蛛糸
喉が、渇いた。
少し無理をしすぎた。みのりに負担がかからないようになんとか誤魔化してたつもりだったけど、自分の身体を甘く見すぎていた。
「喉が、かわいた」
欲しい。あの子の血が欲しい。
あの子の甘い血が欲しい。優しい、みのりの血が欲しい。
一度崩れかけた理性はもう役に立たない。
迷惑ばかりのこの身体は、皮肉にも死ぬことさえままならない。
扉の開く音が聞こえる。
私は、彼女の元へと倒れ込んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みの……り……っ」
家に帰った瞬間、ふらつく遥ちゃんが胸元に飛び込んできた。
……きっと、わたしのためにずっと無理をしてたんだと思う。一人ではまともに立つこともできない身体から、「ごめん」と、許しを請う声だけが繰り返し聞こえてくる。
遥ちゃんは、吸血鬼だ。
分かりやすい牙も翼もないけど。
にんにくも十字架も平気だけど。
それでも、遥ちゃんは吸血鬼だ。
だから、遥ちゃんはヒトの血がないと生きられない。
ヒトの食事とかもおいしく食べられはするけど、それでお腹が満たされることはないみたい。
一応、血以外の体液——たとえば唾液とか、たとえば……“そういうもの”でも駄目ではないみたいで、普段はわたしとのキスとか、“そういうこと”で遥ちゃんは生き延びてる。
でも。
遥ちゃんはあくまで吸血鬼。淫魔じゃない。
血以外のものから得られるエネルギーは少なすぎて……そして遥ちゃんの無理と我慢にも、いつか限界が来る。
……例えば。
そう、例えば、今この瞬間とか。
「……こんなになっちゃうまで無理しちゃだめだよ、遥ちゃん」
「ごめん……でも……わたし……」
「わたしは大丈夫だよ。……遥ちゃんのためなら、なんでもできるから」
遥ちゃんの秘密を知ってる人は、片手で数えられるくらいしかいない。
愛莉ちゃんも、雫ちゃんも知らない遥ちゃん。
……だから、わたしが、遥ちゃんを支えなきゃ駄目なんだ。
――ごめんね、と。
消え入りそうな懺悔の後、首筋に鋭い痛みが走った。
頭がぼうっとしていく感覚。
わたしの体温と命が、遥ちゃんに奪われていく感覚。
わたしが、遥ちゃんに溶けていく感覚。
遥ちゃんの役に立ててるって実感する、少しだけ、嫌いじゃない感覚。
(あ、でも)
いつもより長い。量が、おおい。
これはちょっと、よくない、かも――
【暗転】
――意識が戻ったとき、わたしは遥ちゃんにもたれかかっていた。
頭に靄がかかってうまく動けない。首筋を流れる嫌な温かさが、かろうじてわたしがまだ生きていることを教えてくれた。
「みのり……! ごめん、私また止められなくて……!!」
ぽろぽろと涙を溢しながら、ぎゅっと遥ちゃんがわたしを抱きしめる。
口元にはまだわたしの血がついていて……遥ちゃんの蒼とわたしの紅のコントラストが、とても綺麗だった。
「だいじょうぶ……でも、次はもうちょっとやさしくしてね……?」
「みのり……ごめん、ごめんね……これ以上は駄目だって分かってるのに、いつも止まらなくて……私、こんなことしてたら、いつかみのりを殺しちゃう……!」
「……遥ちゃんは、しんぱいしょうだなぁ……」
大丈夫。わたしは死なないよ。
死んだら遥ちゃんが悲しむから。死んじゃったら、もう遥ちゃんと一緒にいられないから。
「だから、だいじょうぶ。遥ちゃんが隣にいてくれるなら、わたしは死なないよ。……だからもっとわたしを頼ってよ、遥ちゃん」
「……みのり……みのり……っ!」
――それにね、遥ちゃん。
わたし、皆の知らない遥ちゃんがたくさん見れて嬉しいんだ。
夜の、甘えたような遥ちゃんも。
わたしのために無理をする遥ちゃんも。
今にも死んじゃいそうな、飢えた獣みたいな遥ちゃんも。
……わたしのいない世界に、怯える弱い遥ちゃんも。
全部、ぜんぶわたしだけが知ってる。
この罪はぜんぶわたしのもの。
だからわたしは、絶対に死なない。
……絶対に、誰にも渡さないから。
2021/04/12 「みのはる100ラリー」5本目
「みのはる100ラリー」は基本的にランダムに指定されたお題で作品を書く企画なのですが、
例外的に、5の倍数の回はお題リストから自由にお題を選択できます。
つまり5本目のこの作品は、初めて私が自分で選べたお題になります。
選択したお題は「ヴァンパイア」でした。なんで??????
一応言い訳はあります。
この作品が投稿された頃は、DECO*27さんの『ヴァンパイア』が投稿された直後なのです!
(※『ヴァンパイア』が投稿されたのは2021年3月です。老人会の皆様は現実を直視してください)
この曲を聴いた私はいたく感動し、こういう可愛い話を書きたいとこのお題を選択したのです!!
そうして完成したのがこの作品になります。
なんであの曲聴いてここに行き着くんだよ。マジで100万回曲聴き直してきてくれ。