やさしい誘拐
頭がうまく働かない。
ちょっと無理をしすぎたかもしれない。最近はコラボの打診も増えてきたし、事務作業も練習も手が抜けない日々が続いていた。これでも体調管理には気を付けてたつもりだけど……流石に疲れが溜まってきてるのかも。
でも、どうしても今は休めるような状況じゃない。明後日の配信の打ち合わせもしないといけないし、返信してないメールもいっぱい残ってる。今後の活動にも関わってくるだろうし、今はなんとか踏ん張らないと……。
「遥ちゃん!」
突然、後ろから聞き慣れた声がする。
振り返ると、いつになく真剣な顔のみのりがいた。
「みのり、どうしたの――」
「遥ちゃん! 逃げよう!!」
「え?」
状況を理解できないままみのりに腕を引っ張られる。
みのりが何をしたいのか、全然分からない。
「ちょっと待ってみのり! 逃げるって何? どこに行くの? そもそも今日も練習だし、私コラボ先の人とも連絡とらないと……」
「遥ちゃんって、お仕事の連絡もスマホでしてるんだよね?」
「え? うん……」
「ちょっと見せてほしいな」
「う、うん……いいけど……」
手渡した仕事用のスマホをまじまじと見つめるみのり。
「そりゃあ!!!」
直後、私の仕事用スマホは全力でみのりにブン投げられた。
「え、ええええええええっ!?」
そのままスマホは、なぜか1年生のフロアにいる愛莉の手元に収まっていく。
「うわーはるかのすまほをひろったわーこれはかわりにわたしがしごとしなきゃいけないわねー」
「棒読みで何を言ってるの!?」
「よし、逃げよう遥ちゃん!!」
「だから何から!?」
何一つ状況が理解できないまま。
私はみのりに引きずられて学校を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みのり、流石にそろそろ説明してよ」
正門を出た辺りで、みのりに声をかける。
さっきの一連のやりとりに台本があったことには気付いてる。
そうじゃなきゃ愛莉はあんなにすんなり納得しないし、あんなに棒読みもしない。
なにより……真っ赤になったみのりの耳が、彼女が無理をしていることをよく物語っていた。
観念したのか、こっちを振り返り口を開くみのり。
あの真剣な目だけは、そのままだった。
「咲希ちゃんから、フェニックスワンダーランドのペアチケットを貰ったの」
「……もしかして、今からフェニランに行こうとしてたの?」
「うん。……最近の遥ちゃん、すごく無理してるように見えたから」
「だから『逃げる』って言ってたの……? みのり、気持ちは嬉しいけど、今は大切な時期だし皆に迷惑かけるわけには」
「遥ちゃん!」
少し頬を膨らませながら、私に迫ってくるみのり。
今日のみのり、なんだか圧が強い……!
「遥ちゃんはわたしに、『ファンを不安にさせちゃいけない』って言ったよね?」
「う、うん、言ったね……」
「わたしは遥ちゃんのことがすっごーく心配なんだけど、遥ちゃんにとってわたしはファンじゃないの?」
「そ、そんなことは……」
「ファンがすごーく心配して不安に思ってるのに、遥ちゃんはまだ無理をしちゃうの?」
「う、うぅ……」
「だから、今日はもう『逃げ』ちゃおう、遥ちゃん?」
「は、はい……」
私の返事を聞いて、やっとみのりの顔に笑顔が戻った。
その笑顔に絆されながらも、やっぱり、心の奥に罪悪感が残る。
「大丈夫だよ、遥ちゃん」
私の心を見透かすように、みのりがまた口を開いた。
「遥ちゃんが動けないときでもちゃんと回せるように、愛莉ちゃんも今動いてるやり取りや仕事は全部把握するようにしてるんだって。だから今日のお仕事は愛莉ちゃんに全部任せても大丈夫! それに打ち合わせも雫ちゃんが代わりにやってくれるって言ってたから……だから安心して、遥ちゃん」
不意に、学校での愛莉の言動を思い出す。あれは、最初からここまで全部やるつもりでの行動だったんだ。
……確かに、全部一人で抱え込もうとしちゃってたところはあったかもしれない。特にフリーで動き始めてからは、そうならないように気を付けてたはずなのに……。
……完敗かな、これは。
「……ありがとう。それじゃあお言葉に甘えて、今日は仕事から逃げちゃおうかな。……みのり、私のこと、連れてってくれる?」
「もちろん! それじゃあ行こう、遥ちゃん!」
それではいざ、やさしい逃避行へ。
いつもより少し頼もしい彼女の手を、今度は私の方から握った。
2021/04/13 「みのはる100ラリー」7本目
タイトルには元ネタがあるのですが、ここで語ると長くなってしまう上に、
プロセカとも全く関係ないのでここでは省略しようと思います。
気になった方は、今度会った時にでもこっそり聞いてください。
この回のお題は「逃避行」でした。
本気で何かから逃げるようなシリアスめの逃避行にする手もあったのですが、
それは何となく気に入らないなと思ってしまいました。
直前の回でシリアスめの作品を既に書いてしまっているのが一つ。
そして2人がアイドルのある世界から逃げたがるとは思えなかったのがもう一つの理由です。
MORE MORE JUMP!は絶対にアイドルから逃げるようなことはしない。
基本気になるものはなんでも手を出してしまう私の中にある、
数少ない矜持、譲りたくないものの一つです。
(これで普通に逃げてる作品がどこかにあったら面白すぎますね)