君がくれた翼

 息が、できない。

 海の底で溺れる感覚。耳鳴りが激しくて、目がちかちかしてよく見えない。
 セカイで何度も着慣れたはずの衣装が、ずしりと重くのしかかって。
 何より、遠くで響く聞き慣れたはずの誰かの声が、聞き取れない。

 ……息が、できない。

 あなたには無理だよ。そんな声が耳をつんざく。
 どうせまた足を引っ張るんでしょ?そんな言葉が頭を殴る。
 そんなことない。わたしは、わたしは――。
 その想いが、強がりが、乾いた喉につっかえて出てこない。

 ……息が、できない……。

 遠い誰かの声が聞こえない。
 確かに近くにいるはずの、誰かの姿が霞んで見えない。
「できっこないよ、わたしになんて」
 まだ希望を知らない幼い私が、後ろでそう呟いた。
 そんなことないよ。だって、わたしは――。
 伝えたい言葉が、詰まる息で、出てこない。

 息ができない。
 何も聞こえない。何も見えない。
 海の底でもがくこともできないわたしは。
 ……やっぱり、何にもできないのかな、なんて……。


「みのり!!」

 その声で、世界が切り替わった。
 機材と大道具の間を搔い潜るようにスタッフさんたちが動き回る、薄暗い舞台袖。
 ステージの向こうから聞こえるのは、客席で聞き慣れた、始まりを待つ喧噪。

「みのりちゃん、大丈夫?」
「まあ、無理もないわ。わたしも最初のステージはそんな感じだったもの」

 雫ちゃんと、愛莉ちゃんの声。
 ちゃんと聞こえる。ちゃんと見える。……息だって、もうちゃんとできる。

「ごめんね、もう大丈夫! ちょっと、お客さんのいるステージは初めてだから緊張してたみたい」
「配信とは熱気が全然違うもんね」
「このざわつきは、人がいるからこそって感じよね」
「でも大丈夫よ、みのりちゃん。ステージの向こうにいるのは、皆私たちを応援してくれる人たちだから」

 うん、今なら分かる。だって、今までわたしはずっとそこにいたから。
 ライブが始まる瞬間をドキドキしながら待つ、あの時間。それが、今はわたしたちに向けられてる。……皆がわたしたちを待ってる。その事実が、わたしに力をくれる。
 ……それに。

「それに、みのりには私たちがついてるよ」

 遥ちゃんが、わたしの手を握ってくれる。遥ちゃんが、わたしに笑ってくれる。
 いつもならドキドキしちゃうのに……今は、それだけでとっても安心できるから、不思議。やっぱり遥ちゃんはわたしのアイドルなんだって心から実感する。

「うん。ありがとう遥ちゃん!」

 目を瞑って、深く深呼吸。
 大丈夫。わたしは踊れる。わたしは歌える!


「ほんとうに、だいじょうぶ?」
 幼い私の声がする。
 喉は動く、声は出る。今度こそ、わたしの手を取れる。
「もちろん、大丈夫だよ!」
 そう、だって――。


 あなたがいてくれるなら。
 わたしは、何にだってなれるから!

- Afterword -
2021/05/05 「みのはる100ラリー」41本目

この頃の私は、とにかく数を打つスタイルでした。
例えばこの作品が投稿された2021年5月には、
作品数にして約20作品、合計文字数にして30,000字前後の作品を書いています。
どこにそんなエネルギーがあったんだ……?

これだけ短いスパンで作品を打っていると、
どうしても似たような題材の作品もいくつか出てきてしまいます。
みのりちゃんの初ステージ系もその1つですね。
似た作品たちを束ねて濃い作品を1つ生み出せなかったのかと今なら思いますが……。
これも若気の至りというやつなのでしょうか。