あまくて、いたい。

 食器棚の引き出しを開ける。銀色のカトラリーに、わたしの顔が歪んで映る。
 フォークがフォークで死んだりしたら、なんだかおかしくて笑っちゃうかも……なんて思ったけど、さすがにちょっと難しそう。食事用のナイフも、先が丸いからあまり使えなさそうだった。
 ……やっぱり、包丁かな。引き出しを閉めて、流しの下から小さいものを取り出す。

 怖くないって言ったら嘘になる。でも、これで終わるならそれがきっと一番幸せ。……大丈夫。胸に一刺しで、それだけできっと死ねるはず。
手が震える。当たり前のことだと思う。でも、もう終わりにしなきゃ、じゃなきゃわたしは、いつか……。
 だから、わたしは包丁を構えて。


「駄目だよ、みのり」
 遥ちゃんが、その刃を奪い取った。


 ふわりとかおる、あまいにおい。
 だめ。いいにおい。止まって。おなかすいた。嫌だ。たべたい。ころしちゃだめ。ぜんぶ。たべたい。けーき。あまい、けーき――。



 喉を通る甘さで目が覚めた。
 倒れ込むようなわたしの身体は遥ちゃんを強く押さえつけてて、唾液まみれの遥ちゃんの唇は、あちこちに血が滲んでいる。

「……どうして、死なせてくれないの……?」
 遥ちゃんを悲しませるって、分かってても止められなかった。

「……明日は、何か変わるかもしれないから。フォークの治療法とか、特効薬とか、そういうのだって研究が進んでるんだよ。きっといつか、こんなこと考えないで2人で暮らせる日が来るはずだから……」
「……でも」
「だから、わたしはみのりに死んでほしくない。希望を捨ててほしくない」
「でも!!」

 わかってる。明日は今日よりいい日になるかもしれないって、希望を捨てなきゃいつか報われるって。それは遥ちゃんが最初にわたしに教えてくれたことだから。わたしがずっと信じてきたことだから。今でもそれは変わらない。変わらないけど――!

「最初はこんなことなかった! こんな、何も分からなくなって遥ちゃんに飛びかかることなんてなかったじゃん!!」
「……」
「わたしが今何考えてるかわかる!? 『まだ足りない』『もっと食べたい』って、こんな時でもそんなことばっかり考えちゃうんだよ!? 明日なんて待ってたら、その前にわたしの『希望』が遥ちゃんを殺しちゃう!!」
「みのり……」
「わたし嫌だよ……目が覚めたら遥ちゃんを食べてたなんて、そんなの嫌……! だから、もう、おわりにさせてよ…………!!」

 ……わたしの明日は、もう2人で待つには遠すぎるんだよ、遥ちゃん。

 ……それなのに、遥ちゃんはわたしを抱き寄せて、唇を奪って。
 注ぎ込まれるやさしい甘さで、少しずつ心が満たされていく。

「……それでも私は、明日もみのりと一緒にいたい。私にとっての頑張る希望はみのりだから。だから……私は、みのりと生きていたい」
「……でも……」
「大丈夫。だって今日も、みのりは我慢できたでしょ? 包丁があるんだから、私なんて簡単にバラバラにできたはずなのに、みのりはそれをしなかった。……だから大丈夫。きっと明日も私たち、2人で一緒にいられるよ」
「……」
「だから、死なないで。みのり」
「……うん」

 ありがとう。その言葉と一緒に、優しく頭を撫でられる。
 それだけで心が落ち着くから、不思議。


 ……本当は、分かってるの。
 遥ちゃんの身体が震えてることも。わたしたちの明日が不確かなものだって、遥ちゃんもよく分かってるってことも。それに……わたしが死ぬくらいなら、遥ちゃんが、死ぬつもりでいることも。
 ……だから、早く、終わらせたいのに。今日も遥ちゃんの優しさに甘えてしまう。

 だからせめて、この震えには気付かないふりをして。
 もっと甘えるように、遥ちゃんの身体を、強く強く抱きしめた。

- Afterword -
2021/05/11 「みのはる100ラリー」49本目

「ケーキバース」はいわゆる「バース系」と呼ばれる、
男女の性と独立して「第二の性」が存在している世界設定の一つです。
「フォーク」という属性を持つ人間は本能的に、
「ケーキ」という属性を持つ人間を美味しいと感じてしまい、
本能的に「ケーキを食べたい」という欲求を覚えます。
この本能への抵抗や付き合い方がケーキバースの焦点ですね。

かわいそうなのはあまり好きではないので、
今も昔もお題で貰いでもしなければ書かないタイプの概念ですが、
時々書くとまた違う発見があるなぁとは思います。