夜明けの温度
大好きな人が存在しない世界。あの日、何も変わらないまま、希望に気付くことすらないまま大人になった世界。
どんくさいわたしは、目を逸らしながら今日を生きる。
駄目なわたしは、諦めながら今日を生きる。
今日も明日も変わらないなら、明日に期待せず生きた方がいい。
時々ずきりと胸に走る痛みにも、もう慣れ切ってしまった。
どうせどうにもならないから、ただ耐えるように1日を過ごす。
どうせどこにもいけないから、ただ流されるように家に帰る。
急上昇に上がっていたアイドルソングはあまりわたしには響かなかった。
走っていく未来なんて、わたしには縁のない話だし。
……もしも何かが違ったら。
わたしだって、明日のためにがんばろうって、思えたのかな。
考えたって仕方がない。現実なんて変わらない。
そう思ってるのに、今日だけは止められなかった。
物のほとんどない、殺風景な部屋、ベッドの上で。
伸ばした冷たい左腕で。
空っぽになった冷めた心で。
知らない遥ちゃんを、求めてた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
怖い夢だった。
遥ちゃんのいない夢。遥ちゃんに、会えなかった夢。
目が覚めた身体の震えが止まらなくて、喉がカラカラで、今でも心臓がバクバクなってる。
あまりにも現実みたいな夢から抜け出せなくて、あわててベッドのはしごを登る。
「……みのり? どうしたの?」
2段ベッドの上、逢いたかった人はそこにいた。
頬をつねる。痛みで意識がはっきりする。……夢じゃない。目の前の遥ちゃんは、幻じゃない。
「……はるか……ちゃん……っ」
安心したら、ぽろぽろと涙が溢れてきた。ちゃんと遥ちゃんがいてくれる安心と、これが当たり前じゃないって気づいちゃった怖さで頭がぐちゃぐちゃになって……子どもみたいに泣きじゃくることしかできない。
そんなわたしを見て、遥ちゃんは一瞬驚いて……。
「……みのり。今日は一緒に寝よっか」
そう言って、わたしを手招きしてきた。
「……いいの?」
「うん。ちょっと、今日はそういう気分なんだ」
「……そっか……ありがとう、遥ちゃん」
「どういたしまして」
はしごを登り切って、布団の中へ。2人用には作られてないベッドは少し狭くて、遥ちゃんの身体が直に私に触れる。いつもだったら緊張と恥ずかしさでいっぱいになるそれが、今はとっても心地よかった。
「……遥ちゃん、あたたかい」
「そうかな? ……でも、こうしたらきっと、もっとあったかいよ」
そうやって、やさしく抱き寄せられた。
身体を包む、遥ちゃんの感覚。少し高いその体温が、ちゃんと遥ちゃんも、わたしも今ここにいるんだって教えてくれる。
「……っ、ごめん……」
「ううん、大丈夫だよ。……どんな夢を見たのか、聞いてもいい?」
「……遥ちゃんが、いない夢。心がからっぽになって、何も分からなくって……」
「……そっか」
「ねえ、遥ちゃん」
「なぁに?」
「遥ちゃんは、いなくならない……?」
「もちろん。みのりを置いて、どこかに行ったりなんかしないよ」
遥ちゃんの言葉は穏やかで、でもすごく力強くて。あんなに怖くて不安だったのに、すごく安心してきて、力が抜けちゃう。
……眠い。安心したら今まで忘れてた眠気と疲れが一気に来ちゃったみたいで、今にもまぶたが閉じちゃいそうになる。……わたしの方から押しかけたのに、先に寝ちゃうなんて、よくないよね……?
「はるかちゃん……」
「大丈夫だよみのり。私ももう眠いから、このまま一緒に寝ちゃおう?」
……そっか。はるかちゃんといっしょなら、だいじょうぶかも。
あたたかさに包まれて、もっともっと安心して、ゆっくり意識がしずんでいく。
「……はるかちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。……おやすみ、みのり」
さいごに、そんなはるかちゃんの声がきこえた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目覚まし時計の音で目が覚める。
……少し暑い。狭いベッドで前を向くと、遥ちゃんと目が合った。
「おはよう、みのり」
いつもみたいに微笑んで、そして小さな手が頬に触れる。
ほんのちょっと熱いこの右手は、きっと、わたしたち2人分の体温。
「うん。おはよう、遥ちゃん!」
その温度に、確かな今を感じながら……わたしは、左手で遥ちゃんの手を握り返した。
2021/05/19 「みのはる100ラリー」59本目
みのはる推しなら誰もが考えるテーマだと思います。
遥ちゃんに出会えなかったみのりちゃんのお話です。
これに関してはいろいろな考えがあるかとは思うのですが、
あの出会いが無くてもどうにかなった、なんて考えられるほど、
私は楽観的にはなれないタイプです。
あのテレビ越しの出会いがあったからこそ、みのりちゃんの人生は動き出して、
今の在り方があるのではないかと。
だからこそ、今の彼女の輝きが、もっともっと眩しく感じるのです。