しらないあのこ
「あれ? 花里さん、夏服で来たの?」
「うん、昨日冬服が汚れちゃって……」
雨が窓を叩く、肌寒い5月の廊下。明らかに気温に合ってない服装で震えるクラスメイトに出会った。普段から絶妙に運がない花里さんだけど、今日も今日で可哀想なことになっている。……ふるふると震えながら両手を擦って暖を取る彼女を見ていると、なんだか放っておけなくなってきた。
「花里さん。私ホットココア買ってきたんだけど、飲む?」
「えっ!? いいの!?」
「うん。あんまりココアの気分じゃなかったなって思ってたところだったから。花里さんが飲んでくれた方がきっとココアも喜ぶよ」
「あ、ありがとう〜!! じゃあ、いただきます!」
一口飲んで、ほっと一息つく花里さん。本当においしそうに飲むなぁ。眺めてるだけで幸せな気持ちになってくる。
「でも花里さん、まだ2限だよ? その調子で帰りまで保つ……?」
「うん、どうしよう……こんなに寒いなら上着とか持ってきとけばよかった……」
「私が何か貸してあげられればいいんだけど、今日は何も持ってきてなくて……ごめんね、花里さん」
「ううん、だいじょうぶ! 気にしないで!」
花里さんはこう言うけど、心なしか顔色が悪い彼女を見ているのは心が痛い。なんとか力になれればいいんだけど……
(……あれ?)
花里さんの左腕、袖で少し隠れてる部分に赤い痣のようなものがあった気がする。
「あれ、花里さん?」
「何、どうしたの?」
首を傾げる花里さん。……その首筋にも、赤い痣。虫刺されにしてはなんか変だし……花里さんは気にしてないみたいだけど、知らないうちに怪我しちゃってるのかも。一応教えてあげた方がいいよね?
「花里さん、その痣……」
「みのり」
私の言葉を遮ったのは、C組の桐谷さん。……元トップアイドルで、今は花里さんと一緒にアイドルをやってる正真正銘の有名人。花里さんがよく話をしてくれるから人となりは知ってるけど……それでもやっぱり、テレビで何度も見た人が目の前にいると緊張してしまう。
「き、桐谷さん」
「話してる途中にごめんね。星乃さんが話がしたいって言ってたから呼びに来たんだけど……みのり、その恰好じゃ寒いでしょ? 上着貸してあげるよ」
「えっ!? は、遥ちゃんの上着!? そんな、恐れ多いです……!!」
「はいはい、風邪ひいちゃうから素直に着ようね」
みのりちゃんにパーカーを着せてあげる桐谷さん。……あの赤い痣も、隠れて見えなくなった。
「あっ……」
「それじゃあごめん。ちょっとみのり、借りていくね」
「えっと、また後でね!」
「う、うん……」
……結局、あの痣はなんだったんだろう? ちゃんと教えてあげた方がいいんだろうけど、タイミング逃しちゃいそうだし……。
「あ、あの、花里さん……」
声をかけようとして、でも、振り返ったのは桐谷さんの方だった。
唇に指を当てて、目を細めて何かを訴えてくる。
……私の知らない、見たことない目で、笑っていた。
「えっ……?」
「あれ、どうしたの?」
「……ううん、なんでもない……またね、花里さん」
かけようとした言葉は肺の底に沈んでいって、代わりに知らない感情が心臓を揺さぶる。あの桐谷さんの微笑みが、脳裏に焼き付いて私を支配する。
『昨日冬服が汚れちゃって……』
花里さん。
それは、何をして、汚れたの?
そんな小さな疑問も霧散して……私はただ呆然と、教室に消えていく2人を見つめることしかできなかった。
2021/06/06 「みのはる100ラリー」79本目
マーキングが嫌いなオタクなどいませんよね。そういう話です。
私にしては珍しいモブちゃん視点でお送りしております。
モブ視点は一人称のまま客観的にキャラクターを描けるので便利なのですが、
視点主であるモブの存在がノイズになると良くないので使いどころに悩んでしまいます。
ずっと温めているモブ視点のお話もいくつかあるのですが……。
こういった短めの話ならデメリットも回避しやすいので、
掌編に関してはもっと気軽に使ってもいいのかなぁとも感じていますが。