咎人の告解

 遥ちゃんは、めったに動揺しない。

 わたしがどれだけ緊張しても、パニックになっても、遥ちゃんは落ち着いた表情でわたしを助けてくれる。
 だからわたしは、遥ちゃんの慌てる顔を見たことがない。

 遥ちゃんって慌てることあるのかな?
 遥ちゃんのことは世界で一番大好きだけど、だからこそもっともっといろんな遥ちゃんを見たくなる。

 ……だからわたしは、ちょっとだけ遥ちゃんにいじわるしてみることにした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「みのり、また今度の週末水族館にでも行かない?」
「……」
「……みのり?」
「……ごめん。今度の週末は、こはねちゃんと一歌ちゃんと遊びに行きたいな、って……」

 ……嘘。
 本当はこはねちゃんたちと遊ぶ予定なんてない。いつもすぐに行きたいって言うわたしが躊躇ったら遥ちゃんはどんな反応をするのかなっていう、そんなちょっとのいたずら。
 遥ちゃんはどんな顔をするのかな。びっくりするのかな、焦るのかな? ……それとも遥ちゃんのことだから、やっぱり「そういう日もあるよね」って感じで、気にしない、のかな——

「……そっ、か」

 ……あれ……?

「は、遥ちゃん……?」
「そう、だよね。たまには……そういうことも、あるよね」

 遥ちゃん……どうしてそんなに、泣いちゃいそうな顔をしてるの?
 こんな遥ちゃん予想してなかった。自分がとんでもないことをしてしまったかもしれないって今頃になって気付き始めて、頭の中がパニックになる。

「遥ちゃん」
「私、ちょっとだけ調子に乗ってたみたい」
「そんな、こと」
「……ごめん。ちょっと、お風呂で頭冷やしてくるね」

 わたしの声は届かないまま、遥ちゃんは着替えを持って逃げるように部屋を出る。

 ……どうしよう。
 わたし、遥ちゃんにひどいことしちゃった……。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 それから、2時間が経った。
 わたしと遥ちゃんは、ほとんど言葉を交わしてない。何かを言おうとしても、遥ちゃんに距離を取られてしまう。

 遥ちゃんとのおしゃべりがなくなって初めて、昨日までの生活がどれだけ遥ちゃんでいっぱいだったか気付いた。

『私、ちょっとだけ調子に乗ってたみたい』

 調子に乗ってたのはわたしの方だ。
 いつの間にか遥ちゃんが隣にいる生活が当たり前になって、それに慣れ切っちゃってたんだ。だから子どもみたいなわがままで遥ちゃんを傷つけちゃった。……全部、わたしのせいだ。

 もしこのまま遥ちゃんが遠くに行っちゃったらどうしよう。遥ちゃんに誤解されたまま、会えなくなっちゃったらどうしよう。
 ……いやだ。そんなの嫌だ。考えるだけで胸が苦しくなって、息ができなくなる。今にも、泣いちゃいそうになる。

 ちゃんと、謝らなきゃ。
 謝って遥ちゃんが許してくれるかは分からないけど……ちゃんと、想いを伝えなきゃ……!


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ほんっとうにごめんなさい!!」

 遥ちゃんが何か言うより先に。遥ちゃんがどこかへ行くよりも先に。膝をついて三つ指を立て、地面にめり込むくらい頭を下げる。
 日本の伝統、「土下座」の姿勢。

「み、みのり……?」
「こはねちゃんたちと遊びに行きたいって言ったの、あれは嘘なんです……!」
「へ?」
「本当はそんな予定もないし全くそんなこと思ってなかったんです……ただちょっと遥ちゃんにいじわるしたくなっちゃっただけなんです……!!」
「み、みのり」
「本当は毎日遥ちゃんと一緒にお出かけしたいんです……もっともっと遥ちゃんと一緒にいたいんです……嘘をついて遥ちゃんに嫌な思いをさせちゃったことは謝るから……だから、だから……嫌いにならないでぇ……!!」

 心がいっぱいいっぱいになって、ぽろぽろと涙が零れてくる。
 本当に嫌だったのは遥ちゃんの方なのに、いじわるしたのはわたしの方なのに。遥ちゃんに嫌われたくないっていうわがままが、わたしの首を絞めつける。


 でも、遥ちゃんは、静かにわたしの前にしゃがみ込んで、

「ごめん、みのり」
「ど、どうして、遥ちゃんが謝るの……?」
「本当は、最初から分かってたんだ。みのりが嘘をついてるってこと」

 ……え?

「え、え……?」
「本当は全部分かってたの。きっとみのりは私にいじわるしたいんだなってことも。だから、ちょっと魔が差して、私もいじわるしちゃった」
「でも、じゃああの顔は」
「うん、全部嘘。ちょっとした演技だよ。だから悪いのは私も同じ。……大丈夫。私は、そんな簡単にみのりを嫌いになったりしないよ」

 そうして顔を上げたわたしを、遥ちゃんが抱きしめる。
 痛いくらい、強く、強く。

「……でも、もうこんないじわるはやめてね? 嘘だって分かってても、ちょっとだけ不安になっちゃうから」

 ……ああ、良かった。
 安心して、でも相変わらずわたしの心は罪悪感でいっぱいで。頭と心が、ぐちゃぐちゃになった。

「ほら、泣かないのみのり」
「だって……だって……!!」
「うーん……。分かった、みのりがそんなに悪いと思ってるなら、週末埋め合わせをしてよ。小豆沢さんや星乃さんとじゃなくて、私と2人で、一緒にお出かけしてほしいな」

 泣きじゃくるわたしに目を合わせて、遥ちゃんが笑う。
 ほんのちょっと子どもっぽい笑顔。
 でもそれは、なんだかとっても安心できる笑顔だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 隣で、みのりが静かに寝息を立てている。いつもよりだいぶ早いけど、さっきまであんなに泣きじゃくってたんだから無理もない。

「……ねえ、みのり」

 本当は私、嘘をついたんだ。『ちょっとした演技』だなんて嘘っぱち。本当は心の底から泣きそうで、今にも倒れちゃいそうだった。
 私は、疑っちゃったんだ。私とみのりの繋がりを。みのりが私に向けてくれる想いを。みのりが急に遠くに行っちゃった気がして、それがどうしようもなく怖くて。みのりのこと、まっすぐ見れなくなった。

 みのりが泣きながら謝ってくれた時、本当はすごく安心したの。泣きそうで、叫びそうで、崩れ落ちそうだった。
 でも、言えなかった。みのりのことを疑ったなんて、口が裂けても言えなかった。だから、全部分かってたことにしたの。

 みのりを傷つけたのは私なのに。
 私は、その罪から逃げたんだ。

 だから本当に悪いのは私の方なんだよ。みのりを信じ切れなかった私が。みのりと違って、自分のしたことと向き合えなかった私が。

 だから。
 でも。

 こんな私を、どうか、赦して。

- Afterword -
2021/08/15 「みのはる100ラリー」89本目

テーマは「恋愛裁判」だったのですが、あんまり関係ないです。忘れてください。
ちょっと不器用な2人の、ちょっとした恋の駆け引きの話です。

改めて読み返した時、もはや一切の説明もなく2人を同棲させてて動揺しました。
一応特殊設定だからね。普通はそういうのって本文中で説明が必要なんだよ。
この辺りは同カプで作品を書きすぎた弊害ですね。無意識に変な前提の作られ方をしています。
……こういったことに客観的に気付けるようになるなら、
暫く創作をお休みしていた意味もいくらかあったのかもしれませんね。