わがままナイトトーク
……なんとなく、寂しい。
ふと机の上の時計を見る。遥ちゃんがくれたペンギンの時計。時刻は10時半を指していた。
まだ、寝るにはちょっと早い。明日が学校や配信の日ならそろそろ寝る準備を始めるんだけど、実際は明日も明後日も何も予定がない日だった。
素直に布団に入る気になれなかったのは、そんな休日前の夜に対する「もったいない」って気持ちがあったことも、否定はできないと思う。
……なんとなく、寂しい。
でもそう思ってしまうのはきっと、週末の夜のせいだけじゃない。それは例えばこの少しだだっ広い部屋のせいだったり、疲れて空いてしまったこの心の隙間のせいだったり……すぐに恋しくなってしまう、あの、蒼い瞳のせいだったり。
別に、遥ちゃんとずっと会えてないってわけじゃない。遥ちゃんとは同じ大学だし、むしろよく会ってる方だと思う。だけど遥ちゃんとは学部も違うし、最近は個人でのお仕事も少しずつ増えてきてるし、今日みたいに遥ちゃんと一度も会えない日だって出てくる。
……たかが一日会えないだけって、自分でも思う。でも、それだけわたしの中で遥ちゃんのいる毎日は当たり前で大好きなものになっちゃっていて、遥ちゃんと話せないと、遥ちゃんと会えないと、どうしようもなく気持ちが沈んでいってしまう。
今のわたしには、遥ちゃんが足りない。
遥ちゃんの声が聞きたい。遥ちゃんに会いたい。でも遥ちゃんだって忙しいのに、いきなりそんなこと言ったら迷惑だよね……。
だから我慢しなきゃいけないんだけど……我慢すればするほどたくさんの「したい」が胸につっかえて、どんどん目が冴えてきちゃう。
……LINEだけ。
LINEだけなら、忙しかったら無視してくれるだろうし、いい……よね?
そんな、自分に都合のいい言い訳を考えながら……わたしは、スマホを取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『遥ちゃん、起きてる?』
『うん、起きてるよ』
返信は、思ったよりもすぐに来た。
『ごめんね、寝るところだったよね?』
『大丈夫。今週末は予定がないし、ちょっと遅くまで起きてようと思ってたの』
『そうなんだ』
『急にどうしたの?』
『ちょっと遥ちゃんとお話したくなりまして……』
ちょっと恥ずかしかったけど、遥ちゃんに嘘をついてもすぐにばれちゃうから、本当のことを打ち明ける。
今更こんなことで遥ちゃんは怒らないと思うけど……それでも、迷惑をかけてないかどうしようもなく不安になってしまう。
遥ちゃんからの返信は来ない。時間にしたらたった5分くらいの、でもわたしにとっては一生にも近い時間の末……もう一つメッセージを送ろうとした、その時。
『せっかくだし、今から電話してもいい?』
「えっ……!?」
は、遥ちゃんから電話のお誘い!? 心臓が跳ね上がるわたしをよそに、返事を待たずに左手のスマホが着信を伝える。画面には当然、「遥ちゃん」の文字。
「もっ、もしもしっ!? え、えっとホンジウハオヒガラモヨク……!!」
『ふふっ、みのり緊張しすぎ。電話なんて今まで何度もしてきたでしょ?』
「で、でもっ、いつもはわたしからかけてるし、それに……」
『それに?』
「め、迷惑じゃないかなって……思って……」
なんだ、そんなこと? スピーカー越しの声は笑って、
『みのりとお話しできることが、迷惑だなんて思ったことはないよ?』
……これだ。この声が恋しくて仕方なかった。鈴を転がすような優しい声。聞くだけでドキドキしたり、逆に今みたいに安心できる、不思議で綺麗な声。
昨日も一昨日も聞いた声なのに、今日遥ちゃんの声を聞けたのが嬉しくて、さっきまでの不安が引いていく。……やっぱり、遥ちゃんは、すごい。
『みのり?』
「あっ、ごめん! 遥ちゃんの声が聞けたのが嬉しくて……!!」
『ふふっ。みのりは大げさだね』
いつもみたいに笑う遥ちゃんの声の後ろで、小さく電車の走る音が聞こえる。
「……あれ? 遥ちゃん、外にいるの?」
『うん。せっかくだしちょっと夜更かししちゃおうかなって思って、今コンビニに行ってるところ』
「そうなんだ! わたしもちょっとお出かけしようかなぁ」
『みのりは駄目。危ないから』
「そ、それなら遥ちゃんも危ないんじゃないかな!?」
そんなやりとりを始まりに、他愛のないお話が続く。
今日の講義のこと。お昼に行ってみたカフェのこと。帰りに偶然こはねちゃんと会ったこと。来週のモデルのお仕事のこと。
ほとんど毎日会ってるんだから、話す内容だって大したものじゃない。それでも遥ちゃんは楽しそうに聞いてくれて、わたしもそんな遥ちゃんの声で、どんどん心が満たされていく。
不意に、スピーカーから聞こえる環境音が変わる。風と電車の音に代わって、微かな音楽とアナウンス。遥ちゃん、コンビニに着いたみたい。
「遥ちゃん、何買うの?」
『お酒とつまめるお菓子と、あとパスタでも買おうかな』
「えっ!? こ、こんな夜中にそんなにいっぱい食べて大丈夫……!?」
『大丈夫、ではないけど……今日はちょっとわがままになりたい日だから、考えないことにしようかなって』
「な、なるほど……」
遥ちゃんにも、そんな日があるんだ。わがままっ子な遥ちゃん……想像してみたらちょっと可愛いかも。遥ちゃんがお会計を済ませてる間に、そんなことを考える。
きっとどんな遥ちゃんも可愛い。わがままな遥ちゃんも、明太パスタを美味しそうに頬張る遥ちゃんも、少しお酒で酔って頬が赤くなった遥ちゃんも。
ああ、本当に。
(会いたいなぁ……)
遥ちゃんと違って、わたしは毎日わがままだ。ちゃんと声だって聞けたのに、もっともっと遥ちゃんがほしくて、心の奥底がじんじんと痛む。昨日も一昨日も関係ない。今日も、明日も、明後日も、わたしは遥ちゃんに会いたい。遥ちゃんの笑顔が見たい。遥ちゃんに、触れていたい。
『みのり?』
そんな遥ちゃんの問いかけで我に返った。
わがままなわたしを押し込めて、ばれないように明るく振る舞う。
「あ、ごめんね。ちょっとぼーっとしてたみたい」
『……みのり、何か悩み事でもある?』
「えっ!? そ、そんなことないよ!?」
『みのり……嘘は、駄目だよ』
頑張って隠したつもりだったのに、ものの数秒でばれちゃった……。誤魔化しても嘘をついても、遥ちゃんにはすぐにばれちゃう。これ以上は無理かな……諦めたわたしは、素直にわがままな自分を解放してあげることにした。
「その……遥ちゃんの顔がみたいなぁって、思ってしまいまして……」
『えっ?』
「ごっ、ごめんね! 通話まで繋いでくれてるのにこんなわがままばっかり!! ちゃんと我慢するから!!」
『ううん、大丈夫だよ。……でも、そっか。ふふっ』
「は、遥ちゃん?」
『もしかしたらそのわがまま、すぐに叶っちゃうかも』
えっ、それって――わたしの問いかけを遮るように、部屋に響いたのはインターホン。誰だろう? こんな時間に荷物は頼んでないし、怪しい人か、それとも……まさか……。
スマホ片手に慌てて玄関まで駆け込んで、そしてそーっと、ドアを開ける。
「こんばんは。みのり」
……聞き慣れた声。見たかった笑顔。
コンビニ袋を片手に笑う、遥ちゃんがそこにいた。
「ど……どうして……!?」
「みのりと一緒だよ。どうしてもみのりの顔が見たくて、こっそり遊びに来ちゃった」
「ほ、本物の……遥ちゃん……?」
「本物だよ。みのりが大好きで、みのりのことが大好きな、正真正銘本物の桐谷遥だよ?」
ほんとうに、わがままが叶っちゃった。すごい、こんなに早く叶えちゃうなんて、やっぱり、遥ちゃんはすごい。
じんじんとした痛みはなくなって、代わりにどくどくと心臓の音が早くなる。思わず泣いちゃいそうになるのをなんとかこらえて、もう一度遥ちゃんに向き直った。
「と、とりあえず、どうぞおあがりください!」
「はい。おじゃまします」
寒くなかった? うん、大丈夫だよ。
そんな会話をしながら、2人でリビングへ。さっきまでだだっ広く感じてた部屋が、嬉しさと暖かさでどんどんぎゅうぎゅうになっていく。
「……さて、みのりのわがままは叶えてあげたから、今度は私の番だね」
「ふぇっ!?」
向かいに座った遥ちゃんの呟きに、思わず背筋が伸びる。遥ちゃんの番……つまり遥ちゃんのわがまま? わたしのこんなにおっきなわがままを叶えてもらったんだから……きっと、とんでもないことを要求されることに違いありません……!!
で、でも、でもでも!!
「ど、どんとこいです!! 煮るなり焼くなり好きにしてください!!」
「もう、みのりは大げさだな。そんなに大したことじゃないよ」
そう言ってわたしの前に差し出されたのは、甘くて度数の低いお酒の缶。
「今日は、なんだか寝たくないんだ。……一緒に、夜更かししてくれる?」
ちょっとだけ悪い、いたずらっ子の笑顔。思ってたよりずっと可愛いわがままに思わず拍子抜けしちゃったけど、もちろん、わたしの答えは決まっていた。
「はい、喜んで!」
2021/11/27 みのはる・はるみのWebオンリー「海辺に舞う花のゆめ」展示作品
主催させていただいたみのはる・はるみのWebオンリー内で展示した作品です。
展示と言ってもTwitterに掲載していたものなので、
実態としては他の投稿作品とほとんど立ち位置は変わりません。
同じCPをずっと推しているといろんな姿が見たくなってくるというか、
結構元の設定や雰囲気とは毛色の違うお話に手を出しがちにもなってしまいます。
なので遥ちゃんに関しても、寂しがりやだったりよわよわだったり、
そんな側面をちょくちょく書いてしまうのですが……。
それでもやっぱり遥ちゃんは、かっこいい姿が一番似合うなと思います。
それがみのりちゃんのための言動であれば、尚更。