劣等生の終末理論

「もし明日世界が滅ぶとしたら、先生はどうしますか」

 西日差し込む教室で、不意にそんなしょうもない疑問が口をついて出た。
 向かいに座る先生が、突然の質問に目を丸くする。

「……ごめんなさい、忘れてください」
「ううん、大丈夫だよ? そろそろ2時間になるし、一度休憩にして考えてみようか」

 小さく伸びをしながら、先生がそう言って笑う。……本当に先生は何も気にしていないんだろう。勉強を見てほしいと自分から言ってきた生徒が関係ない話を振っても、“優等生”の私がこんな幼稚でありがちな質問を投げかけても。
 だから花里先生は生徒みんなから愛されているんだと思う。時々派手に失敗するし運も悪いけど、その目は誰よりも真っ直ぐに私たちを見て受け入れてくれる。……意識的でも無意識的でも、みんなそれを知っているのだ。
 ……私は。私は、あまり好きじゃない。その優しさと慈悲深さの中には、私と先生の、決して埋まることのない10年間が混じっているような気がするから。

「桐谷さんは、どうするの?」
「私は、いつも通り登校すると思います。……他にやることもないので」

 嘘をついた。
 やることならきっといっぱいある。お世話になった人に会いに行ったり、お腹に入るだけスイーツを食べてみたり、最後のライブをやったり、一人で海を見に行ったり。
 それでも私はきっと、いつも通りこの教室に来るだろう。
 そうすれば、

「じゃあ、桐谷さんのために私も学校に来ないとね」

 そうすれば最後の瞬間も、絶対に先生に会えるから。

 きっと先生は誰に対しても同じことを言うだろう。誰も言わなかったとしても、きっと最後の日も学校に来るのだろう。

「……先生、他にやることはないんですか?」
「うっ……それはまあ、見れてないライブDVDとかをギリギリまで見たい気持ちもあるけど……でも、生徒のみんなは放っておけないかな」
「……そうですか」
「桐谷さんこそ、家族や友達と過ごしたりしなくていいの? きっと世界が滅びるんだったら誰も学校になんて来ないよ?」

 ……それでいいんですよ。なんて言葉は口にはしなかった。
 きっと最後の日に学校に来る人間なんて、誰よりも真面目で生徒想いの先生と、誰よりも優等生で我儘な私くらい。

 もしも世界が滅びるのなら、どんな人よりも、どんな景色よりも、先生と2人きりの世界が欲しい。それ以外は何もいらないから、全部かなぐり捨てて、先生にちゃんと叱ってほしい。家族も友達も大事にしなきゃいけないんだよって、まっすぐな目で怒ってほしい。……先生が最後に向き合う生徒が、私1人であればいい。
 そうすればこの10年の壁に、傷痕くらいは残せそうな気がして。
 そうすればこんな幼い私でも、先生の「特別」に、なれる気がして。

「よし、それじゃあそろそろ再開しよっか」
「はい。お願いします、花里先生」

 ……きっと最期くらいしか、私は「悪い子」にはなれないから。
 だからどうかその時は、薄情者が私だけでありますように。

- Afterword -
2022/01/03 投稿作品

教師生徒パロです。
当時TLで流行っていたのが楽しそうだったので乗っかったのですが、
作品の雰囲気は他の方とは随分違った記憶があります。

年の差という概念は結構好きです。
厳密に言うと、永遠に埋まらない差を埋めようとする誰かが好きです。
大人になれば案外大したことないように思える年齢の違いも、
幼い頃にはどうしようもない絶対のルールに思えて…………。
だからそんな中で藻掻く子たちのことを、すごく綺麗だなと思うのです。