ひろがるオレンジ

 世界はずっと、灰色だった。

 こんなわたしじゃきらきらした存在にはなれなくて、そんな心を映すように淀んだ雲が空を埋める。見つけられた素敵な色たちも、落として割れて、泥まみれで、風に飛ばされ、霞んで消えて。そうしてみんな灰色になって、私の前にぽとりと落ちた。
 きっとこの先もずっとこんな感じなんだろうな。そうやって諦めて、逃げようとして。

「——♪」
 そこで、桐谷遥 あなた に出会ったの。

 ねぇ知ってる、遥ちゃん?
 この世界にはたっくさんの青色があるんだよ!
 コンビニの看板も、スポーツドリンクのラベルも、筆箱のペンの色も、かわいいペンギンのキャラクターの色も、もちろん空と海の色も!
 遥ちゃんがいなきゃ灰色のままだった。あの日聞こえた声が、聴こえた歌が、わたしの景色に色をつけてくれたんだよ。

 青色に引っ張られるように、他の色も顔を出したの。
 街を彩る看板のビビッド、額に結ぶハチマキの赤、筆箱に増えた水色と紫、モフモフかわいいサモちゃんは真っ白!
 雨上がりにかかる虹の色も、夜空にかかる満月の色も、全部遥ちゃんが運んでくれた。

 ……そして、大切な色がもう一つ。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

『そういえば、みのりはどうしてオレンジの衣装を選んだの? てっきり遥と同じ青を選ぶかと思ってたんだけど』
『たしかに……4人で活動を始める前、遥ちゃんのために3人でライブをした時からオレンジだったわよね。みのりちゃん、オレンジ色が好きなの?』
『うーん……理由はたくさんあるけど、一番は…………』

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 遥ちゃんから希望をもらって、学校に行ってみんなに謝って。そこからみんなでいっぱい練習した後の、夕暮れ時の帰り道。昨日までずっと下を向いてた顔を、思い切って上げてみたんだ。

 空一面の夕焼け空が、初めてみた視界いっぱいのオレンジが……とても、とっても綺麗だった。

 初めて自分で見つけた色だった。初めて、自分で見つけた希望だった。
 そしてその時思ったの。遥ちゃんの青色は、遥ちゃんの希望の色だったんだって。わたしの世界に青色が溢れたのは、遥ちゃんがその希望を届けてくれたからなんだって。
 だからわたしの心の中には、いつも青色の隣にオレンジがあった。わたしの想いの色、わたしの希望の色! いつか遥ちゃんみたいなアイドルになれたなら、遥ちゃんがそうしてくれたみたいに、わたしの希望をみんなに届けたい! そう思って、今までずっとがんばってきたの!!

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

『明日はきっといい日になるって、信じてほしいの!!』

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ——ねえ、遥ちゃん。
 わたしの橙色 きぼう は、ちゃんと遥ちゃんの青色 きぼう を取り戻せたかな?

◆ ◇ ◆ ◇ ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「遥ちゃん、今日もありがとう!」
「どういたしまして、みのり。サビのステップもすごく上手くなってきたね」

 お休みが続く時の自主練も、だんだんわたしたちの日常になってきた。「疲れを残さないようにいつもより早く切り上げる」っていうルールもすっかり定着して、今では何も言わなくても、2人で片付けのタイミングが合うようになってきてる。

「あれ? 遥ちゃん、そのキーホルダーどうしたの?」
「可愛いでしょ? 星乃さんと天馬さんが、ペンギン水族館のお土産でくれたんだ。みのりの分もあるよ」
「ほんと!?」

 ……わたしが遥ちゃんの手をとったあの日から、わたしがアイドルになったあの日から、世界 セカイ にはもっともっとたくさんの色が増えた。
 愛莉ちゃんのピンク、雫ちゃんの緑。こはねちゃんたちの歌声は初めて見るような鮮やかなビビッドで、志歩ちゃんたちの演奏は泣いちゃうくらい綺麗な星空の色だった。
 遥ちゃんの隣でたくさんの色を見てきて……それでもわたしが一番惹かれてしまうのは、きらきらと揺蕩う青い瞳。

「すごい、まだこんなに空が明るい!」
「すっかり夏って感じだね。この時間が一番好きだし、ちょっと嬉しいな」

 それは、初めて聞いたかも。お揃いなのは嬉しいけど、でもどうして?
 そんなわたしの疑問を見透かしたみたいに、遥ちゃんは小さく笑った。

「マジックアワーって言うんだって」
「ほえ?」
「夕暮れと夜の間のこと。ほら、ちょうどあんな空が見れる時間だよ」

 遥ちゃんが指差したのは……夕暮れのオレンジと夜の青が混ざり合う、黄金色の空。

「綺麗……!」
「あの空を見ると思い出すんだ。みのりたちが私のためにライブをしてくれた時のこと。……ほら。夕暮れが、青い夜空の手をとってるみたいに見えるでしょ?」

 ほんとだ……でもそれなら、あの色はわたしと遥ちゃんの色? な、なんだか急に恥ずかしくなってきちゃった……!!
 あわてて空から目を逸らそうとして、刹那、こちらを見つめる遥ちゃんと目があった。

「みのりがいてくれたから、きっと明日に続くこの時間が……みのりみたいなあの夕暮れ空が大好きになれたんだ。ありがとう、みのり」

 ——そっか。
 わたしの希望 いろ は、わたしが思ってたよりずっと、ちゃんと遥ちゃんに届いてたんだね。
 わたしはちゃんと、遥ちゃんの希望 いろ を取り戻せたんだね。

「で、でも遥ちゃんの色と混ざり合うのは畏れ多いといいますか……!!」
「そんなことないよ? ……そうだ、それじゃあ私たちもこうしてみよっか」

 そう言って指を絡めて手を繋いでくる遥ちゃん。こ、これっていわゆる……「恋人繋ぎ」……!!

「きゅ、きゅう……」
「み、みのり!?」

 くらくらと星が瞬き視界がぶれる。遥ちゃんに抱き抱えられる直前、ちらりと黄金色の空が輝いた。遥ちゃんの色でも、わたしの色でもない、2人の色。

 この世界にはまだきっと、たくさんこんな色が溢れてる。
 次はどんな色が見つけられるのかな。
 そんなことを思いながら、遥ちゃんでいっぱいになったわたしは意識を手放した。

- Afterword -
2022/05/29 投稿作品

投稿数が減ってきたタイミングで、リハビリも兼ねて書いた記憶があります。
投稿数が減ったとは言っても、月1ペースではあるので今に比べればよっぽど多いのですが……。

リハビリのためとは言っても、題材としてはずっと昔から書きたいと思っているものでした。
他の3人と違って、みのりちゃんはオレンジ色の要素を元から持っているわけではありません。
髪色はオレンジというより茶髪で、瞳の色も灰色や銀色の類。
それなのに彼女が、遥ちゃんの青ではなく、オレンジを自分の色に選んだのはなぜだろう。
そういうことを結構初期からずっと考えていました。
実際のところは大した理由でもないかもしれませんが……。
自分なりに、ちゃんと題材を膨らませることはできたんじゃないかと思ってはいます。