宙色のひつじ

『次は、うお座ηエータ 。うお座ηエータ 。お出口は左側です』

 汽笛の音に掻き消されながら、もう聞き慣れちゃった声でアナウンスが響く。さっきまでフルートの手入れをしていたお兄さんが、綺麗なおひつじ座の油絵をくれたお姉さんが、わたしたちに似た、旅する女の子の話をしてくれたおじさんが、少し慌ただしく荷物をまとめはじめる。

「才能が買えるんだって」

 次第に近づいてくる深海を鼠色の眼で見つめながら、みのりがそう呟く。手には、画家の女性から貰った油絵が握られていた。

「才能を、買う?」
「うん。いらない才能を売って、ほしい才能を買うの。だからうお座のηエータ には、才能を間違えちゃった人がたくさん集まるんだって」

 暗闇を吸った灰色が、羊の身体に落とされる。
 みのりは誰かのことで悩む時、こんな目をする。とても優しくて悲しい、誰かのための眼。

「……もったいないって、思った?」

 向かいの席を立って、遥ちゃんがわたしの隣に座る。落ち着いていて、わたしを包み込んでくれる声。わたしが知ってる、いちばん優しい遥ちゃんの声。

「……うん。だって、こんなに上手なのに」
「『よく通る歌声がほしい』って、あの人言ってたね」
「あのお姉さんにとっては大好きな歌が歌えることが幸せで、きっとわたしが止めることじゃないんだけど」
「……」
「……わかってる……けど」


 列車のドアが閉まる。
 一際大きな汽笛が鳴る。
 最後に私たちに振り返った画家は、とても晴れやかな顔をしていた。

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「難しいよね。幸せとか、希望とか」

 駅を離れて、少しずつ明るくなっていく景色を眺めながら……瞳の海が、ゆらゆら揺れた。
 何かを、思い出している眼だった。

「……うん。少し、怖くなっちゃった」
 呼応するように、灰色がゆらゆら揺れる。

「わたしの思う幸せは、誰かの思う幸せじゃなくて」
「うん」
「きっと、それって希望とかも一緒で。『希望を届けたい』って思ってたけど……ちゃんと考えようとしたら、すごく、難しくて」
「……ゆっくり考えていけばいいんだよ。私も、今はそう思う」

 目を細めて、遥ちゃんが笑う。
 人が少なくなった列車の中で、ガラスみたいな透明な音が、溶け込むように反響した。

「そう、なのかな」
「そうだよ。みのりが答えを見つけるまで、私も付き合うから」
「……えへへ。遥ちゃんが一緒なら、とっても心強いかも」

 隣の私に身体を預けて。安心したよう声で、そう呟く。

「……ごめんね遥ちゃん。嫌なこと、思い出させちゃって」
「ううん、もう大丈夫だよ。みのりのおかげで、ちゃんと向き合えたから」

『次は、とも座πパイ 。とも座πパイ 。この先車内が大きく揺れる場合がございます――』

 汽笛の音にかき消されながら、再び聞き慣れたアナウンスが響く。

「おひつじ座、どんなところなのかな」
「どうだろう……真面目な星だって聞いたことはあるけど」
「そうなんだ……じゃあ、あんまり観光とかには向いてないかな?」
「行けそうだったら、一度寄り道してみようか。百聞は一見にしかずっていうしね」

 少し暖かくなってきた列車の中。
 少女たちは、踊る羊に手を翳した。

- Afterword -
2021/06/04 「みのはる100ラリー」75本目

『銀河鉄道のペンギン』という曲を聴きながら書いた作品です。
Yunomiさんの作品の中で2番目に好きな楽曲です。1番は『大江戸コントローラー』。
どちらも素敵な曲なので、ぜひ一度聴いてみてくださいね。

閑話休題。

銀河鉄道という非日常で幻想的な舞台を描くため、「一人称の描写を入れない」というアプローチを試みています。
一人称視点のようで、実際には視点が交互に切り替わっており、
それぞれの描写は原則としてもう一人の視点からのみ描かれるようになっています。
つかみどころをなくし不思議な雰囲気を演出できれば……という意図で当時は書いていたのですが、
改めて読み返すと、正直情報不足と伝わりにくさが先行してしまいあまり効果としてはよろしくないなという感じがします。
いろいろとギミックに頼ろうとしてしまいがちなのは、当時の私の悪い癖ですね。
昔よりは素直に描写を積み重ねるようになった今の私なら、もっと意図した通りの物語が紡げるでしょうか。
雰囲気は今でも好きな作品なので、いつかリベンジしたいです。