優しい日々の守り方

 駅の隅っこ、人通りの少ないところでスマホを開く。
 時刻は13時30分。遥ちゃんは40分には着くみたいから、合流してすぐに向かえばちょうど5分前くらいにテレビ局へ着けそうだ。

(髪型とか、崩れてないよね……?)

 人目を惹いてしまわないように気をつけながら、手鏡で自分の姿を確認する。こうやって打ち合わせに参加することも両手で数えきれないくらいになってきたけれど、やっぱり何度経験しても緊張してしまう。

「お待たせ、みのり。……髪、気になるの?」
「あっ! 遥ちゃん! うーん、走ったりしたわけじゃないんだけど、変になってないか気になっちゃって」
「そっか。うん、私が見た限りは大丈夫だと思うな。そんなに気にしなくていいと思う」
「本当? よかったぁ!」

 それじゃあ行こっか。遥ちゃんの言葉に頷いて歩き出す。

 今日は14時からテレビ番組の打ち合わせ。1時間を予定していてその後15時半からWebメディアの取材。17時には学校に戻って配信ライブに向けての練習をする。
 ドームライブのための足掛かりとして配信ライブを決めたのもあって、最近は特に取材を受けることが多くなった。それでも授業やいつもの生配信を疎かにはできないから、最近のわたしたちは配信準備や打ち合わせの担当を分担するようにしている。今日はわたしと遥ちゃんが打ち合わせに参加する日。
 幸い今日はテスト期間でお昼には解散だったけれど……来週からはまた通常授業、午後の授業に出づらい毎日になる。今のうちに復習もちゃんとしておかないと。

 ……本当に、息をつく時間もない。
 花里みのり、17歳。
 これが「アイドル」を選んだわたしの、新しい日常だった。

 後悔はしていない。
 絶対に後悔しないように、考えて考えて選んだんだから。
 あの日皆がくれた遥ちゃんとお揃いのペンは、今日も筆箱の中に入れてある。「行けるよ」って返せることはほとんど無いけど、それでも毎週グループDMには遊びのお誘いがそれぞれから飛んでくる。時間を見るためにスマホを見る度、こはねちゃんと志歩ちゃんと撮った、フェニランの写真がわたしの頬を綻ばせる。

 後悔はしていない。
 わたしと遥ちゃんが定時制に移ったことで、受けられるお仕事の量は倍以上になった。MORE MORE JUMP!のチャンネル登録者数だってここ半年で倍近くまで増えている。年明けには目標だった武闘館ライブも大成功。次の配信ライブでもっともっとたくさんの人にわたしたちのことを知ってもらえれば……いよいよ、夢見ていたドームライブが、手の届く場所にまで迫ってくる。

 後悔は。

『今日の現文難しすぎなかった!? あんな記述問題ばっかりで点取れるわけないよ〜!!』
『いやいや、あれ全部板書の内容まんまだったじゃん。さてはノート取ってないな?』

『そうだ! せっかくテスト終わったんだからどっか寄って帰ろ?』
『さんせーい! だったら私久々にカラオケ行きたいなー!』

『ねえねえ、夏休みどこ行く? 折角だしちょっと遠いところに遊び行きたいなーって』
『いいじゃん。北海道とか沖縄とかは無理だろうけど、大阪とかならギリギリ私たちでもなんとかなるんじゃない?』

「……みのり?」
「あっ、ごめんね。ちょっと照り返しがすごくて目がチカチカしちゃって!」

 ……後悔は、していない。その言葉に嘘はない。
 覚悟だって十分だった。あの時想像していた未来に比べれば、今はずっと、わたしは幸せ。
 それでも時々、ほんの少しだけ息が苦しくなる。心の穴を埋めていてくれたものが、さらさらと砂になってこぼれ落ちてしまいそうな、そんな感覚に襲われる。

 これだけは、どうにだってならないことだ。

「ほら行こ、遥ちゃん!」

 遥ちゃんが口を開く前に、その手を引いて1歩踏み出す。
 わたしの 現在 いま に、たらればはいらない。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ……今日のみのりは、ほんの少しだけ元気がなさそうだった。
 打ち合わせには全く影響のない些細なものだったけれど、それでもやっぱり不安になってしまう。

 理由には心当たりがある。

『……みのり?』
『あっ、ごめんね。ちょっと照り返しがすごくて目がチカチカしちゃって!』

 あの時のみのりの目は、とても寂しそうな目をしていた。

 その時聞こえてきた高校生たちの会話もよく覚えている。……私だってほんのちょっと、羨ましいと思ってしまったから。
 私にとっては元の生活に戻っただけだけど、それでも普通の在り方を知らないのと知っているのとでは、見える景色も随分と変わってくる。
 私たちは、特別な存在だ。私たちがそれを望んだのだ。人と違う生き方を選んででも、皆に希望を届け続けることを選んだのだ。
 そうして選んだ特別が、私たちの「普通」を塗り替えて、やがて日常となっていく。

 後悔は、していない。
 私たちは、自分でそれを望んだんだから。

「お疲れ様、みのり。今日は前よりも上手く受け答えできてたね」
「本当!? えへへ……ありがとう、遥ちゃん!」

 取材を受けた喫茶店を出て、みのりと2人、駅に向けて歩き出す。
 みのりはもうほとんど本調子に戻っていた。元々周りから見てもほとんど分からないような違いだったけれど、取材で自分の思いを整理したことでまた一つ踏ん切りがついたのかもしれない。

(……みのりは、本当に強いな)

 悩むことはあるけれど、止まることはない。最後には絶対に自分の信じる答えを見つけて、そして前に進み続けられる子。そんなみのりだから私たちは救われて、たくさんの人たちが背中を押された。
 きっとみのりはもっともっとすごいアイドルになるだろう。多くの人に希望を届け、多くの人に愛される、そんな特別な存在になる。そうして塗りつぶされた「特別な日常」を、きっとみのりは挫けずに進み続けることができる。

「えっと、この後は学校に戻って練習だったよね? 電車の中で振り付け復習しなきゃ!」
「……ふふっ。うん、そうだったかもね」
「? 遥ちゃん?」

 ——だけど。
 ——なればこそ。

「あら、思ったより早かったわね」
「無事に終わったみたいでよかったわ〜」

 駅前に着いた私たちを出迎えてくれたのは、今日別行動だったはずの愛莉と雫。この後の本来の予定を考えると、この場にいるはずのない2人。
 すぐにでも笑い出しそうになっちゃうのをどうにか抑えながら、横にいるみのりに目を向ける。この場で唯一状況を把握していないみのりは、目を丸くして2人を交互に見たのち、慌ててスケジュール帳を開きだした。

「……なんでいるの!?」
「あら、わたしたちは可愛い後輩の様子を見に来ることも許されないのかしら?」
「だ、だってこの後学校で合流して練習って話だったよね!?」
「それなんだけど……遥ちゃんと3人で相談して、今日はお休みにすることにしたの」
「え、えぇっ〜!?」

 うん、予想通りの反応。サプライズは大成功みたいだ。

「ライブはまだ先だし、最近は根を詰めすぎてるところもあったから……テストも最終日だし、ちょっと息抜きしてもいいんじゃないかなって思って」
「そ、それじゃあ今日は」
「ええ、オフってことにして4人で遊びに行きましょ。最近そういう機会もなかったしね」
「そ、そっか……! えへへ、それなら不肖花里みのり、全力でオフを楽しみたいと思います!」

 煌めく瞳が、一際その輝きを増す。私が大好きで、だけど最近はなかなか見ることのなかった眼。
 別に特別なものではないけれど、それでもみのりの笑顔を見ていると、どうにも顔が綻んでしまう。

「そうだ。特に何をするかまでは決めてないんだけど、みのりは何かしたいことある?」
「えーっと……皆がよければ、カラオケに行きたいなぁ……なんて……」
「あら、いいんじゃないかしら? 久々にみのりの全力コールも聞いてみたいし」
「ふふっ、それじゃあ決まりね。早速行きましょう?」
「し、雫ちゃん! カラオケはそっちには無いよー!!」

 そうしてドタバタと動き出す皆の後をゆっくりと追う。
 打ち合わせに行く前のみのりの姿を見て、裏でこっそり今日を休みにできないか相談したけど……喜んでもらえてよかった。急なお願いを聞いてくれた愛莉と雫には感謝しないといけない。
 ……もちろん2人が乗ってくれた理由には、私と同じ気持ちを抱いてたこともあると思うけど。

 後悔はしていない。私たちは自分でこの生き方を望んだのだから。
 そこにたらればはない。それを見つめた上で、私たちはこの道を選んだのだから。
 だけどそんな選択の中でふと「普通の高校生活」に夢を見ることはいけないことだろうか? もしもの話を考えながら、あり得なかった日常に想いを馳せることは悪いことだろうか?
 私はそうは思わない。当然私たちにとってはアイドルとしての活動が一番だけれど、そんな中で僅かに光る友達の時間を、「特別な時間」だって持て囃すなんて、あまりにも、悲しい話だと思う。

 毎日皆でお弁当だとか、皆で旅行だとか、そういうのは難しいだろうけれど。
 それでも、何気ない日常を我儘だと諦めてしまうのは、寂しすぎるから。

「遥ちゃーん! 大丈夫ー!?」
「あっ、ごめんね! すぐに追いつく!」

 だから私は。
 この「特別」まみれの世界の中で。
 せめて貴女の「普通」でありたい。
 少しでも、貴女の「日常」を守りたい。

 小さく息を吸い込んで、いつの間にか随分と先へ進んでいた皆の元へ、私は駆け出した。

- Afterword -
2023/07/10 「みのはる真ん中バースデー2023」参加作品

みのはるメインの作品などをハッシュタグ付きで投稿し記念日をお祝いする企画、
「みのはる真ん中バースデー2023」へ投稿させていただいた作品です。

彼女たちがした決断は掛け値なしに尊くて素敵なものだけれど、
それでも時折、「アイドルとしての日々」に塗り潰されてしまった「女子高生としての日常」に、
想いを馳せてしまうことがあります。
きっと全てを拾い上げることは難しいけれど、願わくば彼女たちが1つでも多くの日常を、
日常のまま触れることができる未来でありますように。
そんな願いを込めて書いた作品です。