いけないまほう

 10月30日、ハロウィン前日。咲希のハロウィンパーティを目前にして、みのりは緊張していた。
「私、あんまりこういうパーティに呼ばれたことがなくて……仮装とかもあまり自信がないから、一度みのりにチェックしてほしいんだけど……」
 そう遥に相談されたのが2週間前のこと。明らかに人選を間違えているとは思ったものの、遥の頼みとあらばみのりに断る選択肢は存在しなかった。
 そうしてそこから楽しみと少しの緊張で眠れぬ日々を過ごし続けて2週間。みのりは今、遥の部屋で一人正座している。
 みのりが仮装に選んだ題材は魔女だった。丈の長いワンピースに、袖口の広いフード付きのローブ、そして頭には大きめのとんがり帽子。黒ずくめの衣装が、三つ編みの髪をより映えさせる。額のあたりにはアクセントのように、かぼちゃのヘアピンが顔を覗かせていた。
(ど、ドアの向こうでは遥ちゃんが着替えてるんだよね……)
 ネタバレになっちゃうから別々に着替えよう、という遥からの提案はみのりにとってもありがたい話ではあった。決して遥のことを邪な目で見ているわけではないものの、ただでさえ緊張と眠気で脳内が大変なことになっているのに、その上着替えまで一緒となると心臓が幾つあっても足りないだろう。
 ……それでも、見えないことは見えないことで困りもので、一人取り残された魔女っ子みのりは扉の向こうに想いを馳せる自分を止められずにいたのだが。
(遥ちゃん、何の仮装にしたんだろう……? シンプルにゾンビとかかな。キョンシーも人気ってネットで見たことがあるし……。遥ちゃんのことだからメイクとかもちゃんとするんだろうけど、血色の悪い遥ちゃんもきっと素敵なんだろうな……。それか、それとも狼女って言ってけもみみとグローブを付けてきたり……? うぅ、そんなの可愛いすぎて倒れちゃうよ……!!)
 そんな巡り続ける妄想で知恵熱を出しそうになった頃、遂に部屋のドアが開けられた。慌ててみのりは立ち上がり、ドアの向こうへ視線を向ける。
「お、お待たせ……」
 蒼髪の吸血鬼が、そこに立っていた。
 燕尾服のようなすらっとした衣装に、全身を覆えそうな長いマント、そして首元のチョーカー。全身の黒が白い肌を際立たせ、マントの裏地とスカーフの紅が、この世のものとは思えない程に彼女を彩っていた。瞳はいつもより紫がかって見える。おそらく赤いカラーコンタクトを使っているのだろう。
「かっ、かっこいい……!」
「みのり、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいっていうか……」
「あっ、ご、ごめんね! ついみとれちゃって!! これなら絶対一歌ちゃんたちもびっくりするよ!」
「ありがとう。みのりにそう言ってもらえると自信がつくな」
 恥ずかしそうに頬を赤らめながら、目を細めて遥が笑う。佇まいとはアンバランスなその表情に思わず胸がキュンとして、少しむず痒いそれを誤魔化すように、みのりは話題を変えることにした。
「そういえば、遥ちゃんはお菓子、用意した?」
「あっ、うん。ちょうど今朝クッキーを焼いたよ。みのりは?」
「わたしはまだなんだ。今日の夜、かぼちゃプリンを作ろうと思ってるんだけど」
「かぼちゃプリン? すごいね、結構難しいんじゃない?」
「ううん、材料も普通のプリンとほとんど変わらないし、やってみるとそんなに難しくないよ!」
「そうなんだ……楽しみだな。あ、でもまだ作ってないなら忘れないようにしないとね。天馬さん、『忘れた子にはいっぱいイタズラする』って張り切ってたから」
「ひえぇ……絶対に忘れないようにしないと……!」
 基本的に参加メンバーは誰もが優しい子で、普段であればめったにイタズラなんてしない。だからこそ未知数で怖いとみのりは思った。咲希やえむはノリノリでとんでもないことをしてくるかもしれないし、こはねや志歩もなんだかんだノリがいいから何をしてくるか分からない。一歌に至ってはそういう時どうするのか皆目見当もつかなかった。最悪全員にもみくちゃにされるくらいなら、確実にお菓子を持って行ったほうがよっぽど安心だろう。
 ……あぁ、でも。
「遥ちゃんになら、イタズラされちゃうのもいいかも……」
 そう、ぼそりと呟いてから、自身の言動の危なさに気付くみのり。
「あっ、えっとこれは! これは他の皆に比べたらまだ遥ちゃんは安心って意味で、決して遥ちゃんにイタズラされたいなんてそんなよからぬことを考えていたわけでは!」
 そんなみのりの弁明は——飛び付いてきた遥に遮られる。
「——え?」
「駄目だよみのり。吸血鬼の前で、そんなこと軽々しく言ったら。みのりみたいな可愛い子は、簡単に食べられちゃうんだから」
 みのりを押し倒した遥が、目を細めて笑う。先程の恥じらう顔ではない、いたずらっ子の眼だった。
「え、えっ?」
「みのり、本当に可愛いね。その衣装も三つ編みも、かぼちゃのヘアピンもすごく似合ってるよ。……可愛すぎて、イタズラしたくなっちゃうくらい」
 遥が言葉を重ねる程、みのりはその紫色の瞳から目が離せなくなる。普段の遥とは違う魔性の眼。その瞳が、狂ってしまいそうな程綺麗で——。
「ま、待って、遥ちゃん」
「だめ。もう待てない。ちゃんと我慢してたのに……みのりがそんなこと言うから、私に悪い魔法をかけるからいけないんだよ」
「まだ、ハロウィンは明日だよ……!」
「うん、そうだね。ハロウィンでもないのにイタズラなんて良くないよね。だから……終わったらちゃんと、私のことを叱ってほしいな」
 そうして遥が大きく口を開く。さっきまでは気付かなかった2つの牙が、彼女が捕食者であることを証明していて、そして。
「いただきます」
 ——がぶり。

*******

「すごい!みのりちゃんのクッキー、はるかちゃんのとお揃いなんだ!」
 ハロウィンパーティ当日。遥のものとは色が対になったクッキーを眺めながら、黒猫衣装の咲希が目を丸くする。
「うん!本当はかぼちゃプリンを作ろうと思ってたんだけど、ちょっと忙しくて時間が取れなくて……」
「だから、せっかくなら一緒に作ろうって私が提案したんだ」
「そうなんだ。こういうのもすごくおしゃれでいいね」
 近くで会話していた遥と一歌も入ってきて、4人で2人のクッキーを囲む。一歌の姿は衣装こそ魔女に近いモチーフだったが、それ以上に高めに結んだツインテールが目に留まった。おそらく昔ミクが纏った衣装を意識しているのだろう。
「今のところ皆ちゃんと持ってきてるね、咲希」
「うん! あーあ、誰か忘れてきてくれたらいっぱいイタズラできるのになー!」
「うぅ、ちゃんと用意できてよかったぁ……!」
「そうだね、みのり。どんなイタズラなのかちょっとだけ気になるけど……やっぱり怖いし、できれば遠慮しておきたいな」
 そうして暫くの後に参加者が揃い、乾杯と共にハロウィンパーティが幕を開ける。
 ——みのりの首筋。ローブに隠れた絆創膏に気付く者は、まだいなかった。

- Afterword -
2021/11/03 「第2回akmh覆面小説企画」参加作品

akmh覆面小説企画に投稿させていただいた作品です。
まさかの三人称。カモフラージュのための挑戦なのですが、2024年5月26日時点、おそらく唯一の作品です。
第2回はこういった覆面企画としての努力が見え隠れする作品が多めになっています。

こういう、原作ではなかなかできないやり取りやイベントを起こせるのが二次創作の魅力……。
と思いきや、なんと「遥ちゃんにならイタズラされちゃうのもいいかも」という台詞はほぼ原作通りという。
プロジェクトセカイ、つくづく恐ろしい作品です。