Chocolatier

「花里さんは、バレンタインどうするの?」

 友達からそんなことを聞かれた、1週間前の月曜日。パッと思い浮かんだのは当日の配信の話だけど、きっと聞かれてるのはそういうことじゃない。

「わたしはクッキーとか焼いてみようかなぁ。皆でも分けやすいし!」
「えーっ、それだけ? 私達も花の女子高生なんだから、もっといろんなことしようよ!」
「こいつが言ってることは分かんないけど……でもみのりちゃんには本命とかいないの? この人だけは特別!みたいな」
「本命……」

 思い浮かんだのは、屋上に咲く海の色。
 心臓がとくんと跳ねる音がした。



 簡単なものじゃ伝わらないと思った。
 型に流して固めるだけで、満足できる気はしなかった。
 いつも観るアイドルの動画の代わりに、レシピサイトを読み漁る。1週間で習得できそうで、ちゃんと想いを乗せられそうなレシピは……。

『ふんわり仕上がる! チョコレートバターケーキの作り方』

 ……これなら、なんとか……!



 バターと砂糖、卵に薄力粉、ココアパウダーにベーキングパウダー。ラム酒はお母さんに買ってきてもらって、最後に忘れちゃいけないチョコレート。

 お菓子作りはあまりしたことがないけど、時々自分でお弁当も作ってるし、きっと上手くできるはず。
 バレンタインまではあと6日。大丈夫、きっと間に合う!

「よーし、頑張るぞー!」

〆卍♪@#

 完全に生焼けのままになっている。
 粉っぽくてぱさぱさすぎる。
 加熱が長すぎて少し燃えた。

 あまりにも、あまりにも上手くいかない。
 6日あったはずの猶予は、まともに完成させることすらできないまま残り3日に。
 家族に食べさせるわけにもいかないし、失敗作はわたしのお昼ご飯になった。失敗と敗れた想いが、じわじわとわたしの身体を埋め尽くしていく。

「無理に背伸びして作る必要もないんじゃない?」
「うん。簡単なものでも、想いを込めれば遥ちゃんも喜んでくれるんじゃないかな」

 残飯処理を手伝ってくれながら、志歩ちゃんとこはねちゃんがそう諭す。
 確かにそれも選択肢かもしれない。できることを精一杯やった方が良い結果になるかもしれない。きっとそうしてできたチョコレートでも、遥ちゃんは喜んでくれると思う。
 ……でも。

「……ううん、もうちょっと頑張るよ」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
「私たちも応援するよ!」

 頑張れば明日は良い日になるって、貴女が教えてくれたから。
 わたしは一番良い明日で、貴女に想いを伝えたい。

◉&●○■

 まだちょっと生焼けになっている。
 メレンゲの泡立てがまだ足りない。
 オーブンから嫌な臭いがしてる気がする。

 それでも少しずつ形になってきた。少なくとも食べた後にお腹が痛くなることは減ってきてる。
 でも、まだ足りない。もっと頑張らないと届かない。お腹が痛くならないのは、あくまでスタート地点でしかない。

●■●▲■

 少しラム酒が多い気がする。
 ほんのちょっと甘すぎる気がする。
 新しいオーブンの使い方が分からない。

 わたしのご飯は3食ケーキになった。いっぱい考えていっぱい挑戦しないといけないから、むしろ砂糖がいっぱいで都合がいい。
 出来は良くなったけど、でも足りない。溜まっていく失敗が軽くなるかわりに、積もっていく悔しさが重くなっていく。もっともっと頑張らないと、これっぽっちも伝わらない。

■■■▼■

 遥ちゃんに渡すにはまだ固い。
 遥ちゃんにあげるにはまだ少し甘い。
 遥ちゃんに届けるには、もっともっともっと。

 それでも。

 遥ちゃんに、届かない。

×

 ——アニマルチョコレート。犬や猫、ペンギンとかをかたどった、可愛いチョコレートの詰め合わせ。3500円。
 少し高かったけど、遥ちゃんのことを思えば全然平気。もう夜の8時だし、今日は帰ってお風呂に入って早めに寝よう。
 そうして明日はいつもより早く学校に行って。遥ちゃんにチョコを。……既製品の、チョコレートを…………。

 ……遥ちゃんに合わせる顔がない。
 日曜日の夜まで粘っても、理想には届かなかった。あと1回2回の挑戦でなんとかなるとも思えなかった。
 悔しくて悔しくて、ぽろぽろ涙が零れ落ちる。諦めるのがこんなに悔しいだなんて思ってなかった。頑張ればその先に明日があるって教えてもらったのに、わたしはその言葉にすら報いることができなかった。わたしの中に残ったのは、腐っていく失敗作と、捨てることにした想いの欠片だけ。
 ……もうやめよう、考えるのは。伝わらない想いのことじゃなくて、遥ちゃんの喜ぶ顔のことだけを考えよう。とにかく早くお家に帰って——。

「——こはねちゃん?」

 帰り道の本屋さんで、真剣な目をしたこはねちゃんを見つけた。

「どうしたの、こはねちゃん?」
「えっと、お菓子作りのコツを調べてるんだ。みのりちゃんを見てて、私も杏ちゃんのために頑張りたいなって思ったから」
「えっ、今から!? もう夜の8時だよ、間に合わないよ!!」
「うん、私も難しいかなって思ってるけど、でも……」

「諦めたくないの。少しでも、精一杯の想いを伝えたいから」

 精一杯の、想いを——。

「……わたしも」
「へ?」
「ありがとう、こはねちゃん! これお礼! 帰ったら食べて!!」
「えっ、お礼って!? それにこれ、ラッピングしてるし誰かに渡すつもりだったんじゃ……あっ、待って、みのりちゃん!?」



 伝えたいことは、いっぱいあった。
 それをどう言葉で表せばいいのか、わたしは今でもわからない。
 だから、その日に想いを込められればと思った。

 時計の針は10時を指す。まだ今日は終わってない。まだ明日は始まってない。それならまだ、歯を食いしばって頑張る意味はあるはず。
 バターと砂糖、卵に薄力粉、ココアパウダーにベーキングパウダー。ラム酒とチョコレートも用意して、最後に忘れちゃいけないこの想い。

 失敗作に埋もれてた、あの海の色を掘り起こす。
 酸いも甘いも、辛さも苦さも。全部、全部練り込んで。

 わたしは貴女に、精一杯を伝えたい。





❤︎

 ……2月14日。バレンタインデー。
 肌寒い屋上で遥ちゃんを待つ。手にはチョコレートバターケーキ。最後の最後にできた、わたしの今日。わたしの、精一杯。

 ドアが開いて、遥ちゃんが姿を表す。海色の瞳に視線を合わせて、勇気を出して、はじめのいっぽ。

「「あのね」」

 言葉は意図せず重なった。はっと気づいて視線を落とすと、右手に小さなオレンジ色の箱。
 ……そっか。考えることは一緒だったんだね。思わず2人笑っちゃって、今度は笑顔で、言葉を重ねた。

- Afterword -
2022/02/12 「第3回akmh覆面小説企画」参加作品

akmh覆面小説企画に投稿させていただいた作品です。
この時の私は気が立っていたので、「覆面とか擬態とか知らん。おまえらぜんいんぶっころしてやる」の気持ちで書いてた気がします。
殺意が高すぎる、あまりにも。

とはいえ覆面企画は普段やらない表現にも挑戦できるチャンスですので、
いつもだとくどく感じて敬遠してしまう、記号を用いたギミックも盛り込んでみました。
ちょっとした表現を記号に任せられる分、端的にみのりちゃんの在り方を描けたのではないかと。
覆面企画には何度か参加していますが、その中でも特にお気に入りの作品です。