群青に溺れる

 気付いた時にはもう、遥ちゃんをまっすぐ見れなくなっていた。


 遥ちゃんのことは、初めて見た時から大好きだった。明日を頑張る希望をくれた人。わたしの一番憧れのアイドル!
 それは、隣に遥ちゃんがいるのが当たり前になった今でも変わらない。
 遥ちゃんはわたしの大切な友達で、大切な憧れの人。
 ……それで、いいはずだったのに。


「みのり、何してるの?」
「ひゃっ!? は、遥ちゃん……どうして屋上に!?」
「今日は練習休みだし、たまには前みたいにここで読書しようかなって。みのりは?」
「わたしは、えっと……うまくできないステップがあるから、ちょっと練習して帰ろうって思って!」
「そっか。……隣、座ってもいい?」
「あっ……うん、大丈夫!」

 ありがとう。そう言って遥ちゃんは腰を下ろす。ふわりと揺れる髪から、微かに花の匂い。床に敷いたハンカチは、初めて見る柄のものだった。

 遥ちゃん、どんなシャンプー使ってるのかな。ハンカチはどこで買ったのかな。どんな本を読んでるのかな。今日のお昼ご飯は何だったのかな。遥ちゃんは今何を考えて、何を想っているのかな。……そんなことが、どんどん頭に浮かぶ。

 遥ちゃんのことを全部知りたい。ううん、できることなら――


 ■■■■■■■■■■■■■。


「っ……!!」
 これだ。この気持ちが、怖い。

 いつからか、遥ちゃんのことを考えると、こんな想いが顔を出すようになってきた。
 きっと、憧れの遥ちゃんが隣にいてくれて、舞い上がっちゃってるんだ。きっと一緒にいるうちに慣れて落ち着くはずだよね。
 最初はそう思ってたけど……時間が経てば経つほど強くなっていくこの想いが「憧れ」とは全く違うものだって気付いたときには、もうわたしは、遥ちゃんをまっすぐ見れなくなっていた。

 だってこれは、遥ちゃんに向けちゃいけない想いだから。
 アイドルの遥ちゃんを、汚してしまう想いだから。
 だから――

「みのり?」
「えっ……な、何? 遥ちゃん」
「ごめんね、少し顔色が悪かったから。……大丈夫?」
「あっ、うん! 心配させちゃってごめんね。わたし、そろそろ練習に戻るから!」

 遥ちゃんの眼。青く透き通った、綺麗な眼。
 それを振り払う。わたしがそれを汚さないように、振り払う。
 息苦しいけど、じっとしていると何かが溢れちゃう気がした。こんなわたしは、遥ちゃんにだけは見てほしくない。だから、ちゃんと隠さなきゃ。
 そうだ。ステップの練習、しないと。愛莉ちゃんから復習しておくように言われてたんだった。まずはとにかく体を動かして、そうしたら、そうすれば、


「みのり」
 不意に右手を掴まれた。
 振り返った途端、遥ちゃんの真剣な目に射抜かれる。

「遥、ちゃん……?」
「今日は練習やめておこう。やっぱり顔色悪いし、体も少しふらついてる」
「でも……」
「それに」

「みのり、今にも泣き出しちゃいそうな顔してるから……」

「……えっ?」
 そう言われた途端、ぽろぽろと涙が零れてきた。
「あっ……あれ……?」
 おかしいな、ちゃんと溢れないようにしてたはずなのに。隠せてたはずなのに。自分でも分からない何かが、涙になって、止まってくれない。

 訳もわからず泣くわたしを、遥ちゃんがそっと抱きしめてくれる。
 優しい、花の匂い。それだけで、わたしの中のどろどろとした何かが、静かに引いていく。

「みのりが話したくないなら、無理にとは言わないけど……一人で何かを抱え込みすぎるのは、良くないよ」
「遥ちゃん……」
「何かあったら力になるから。私も、みのりに助けてもらったしね」

 遥ちゃんは、優しい。
「私はみのりに救われたから」っていつも言うけど、きっとそうじゃなくても、遥ちゃんは、わたしに手を差し伸べてくれる。
 ううん、わたしだけじゃない。きっと苦しんでいる人が目の前にいたら、きっと遥ちゃんは隣で励ましてあげるんだと思う。
 遥ちゃんは優しいから。わたしは、遥ちゃんのそういうところに、惹かれたんだから。

 だけど。

 だから。

「……ありがとう、遥ちゃん。もう大丈夫!」
「そう? でも……」
「あっでも、遥ちゃんの言う通り、練習はもうやめとこうかな!」
「……そう。じゃあ、二人で一緒に帰ろうか」
「本当!? やったー!!」


 ごめんね、遥ちゃん。
 本当は、わたしに相談してほしかったんだよね。わたしの、力になりたかったんだよね。
 でも。

「あなたのことが好きです」
 なんて。
「あなたの全てを、わたしのものにしたい」
 だなんて。
 言えるはずがないから。
 だから――


「そういえば、ゲームセンターのUFOキャッチャーに、おっきなペンギンのぬいぐるみが入ったらしいよ!」
「それは……ちょっと気になるかも」
「遥ちゃんならそういうと思った! 帰りに二人で寄ってみようね!」


 ――だからわたしは今日も一人、海の底で溺れていく。

- Afterword -
2020/10/18 投稿作品

ご存じの方もおられるかと思いますが、人生で初めて書いた二次創作作品です。
文法的にも表現的にも今とは違うところが多くあり、
懐かしさを感じる部分も多くありますが、
あまり気恥ずかしさは感じないのは、今でもそれなりに気に入っている作品だからでしょうか。

ちょっと息が詰まりそうな両片思いが好きなのは、どうやら今も昔も変わらないみたいです。