Good dream, Polaris.
ぐるりと階段を登って、展望台へ。軽く息を整えるように一つ大きく深呼吸すれば、吐いた息が白い靄となって夕暮れの世界に溶けていった。
「リリア、大丈夫?」
「もちろん! ポールダンスのお陰で体力もついてきたし!」
「そっか、それなら安心だね」
スバルとそんな会話を交わしながらスマホをちらりと見れば、時刻は十七時ちょうど。日没まではあと十分くらいあるみたい。
視線を上げれば、目の前にはオレンジ色の海に浮かぶ数えきれないほどの島々。……ここは佐世保、石岳展望台。石岳頂上から360度を眺めることができるこの展望台からは、無数に浮かぶ九十九島
もしっかり眺めることができる。あんまり綺麗なものだから、プロアマ問わずたくさんの写真家が訪れて、昔のハリウッド映画にもここからの風景が使われたりしたんだとか。……って、ここまで全部スバルからの受け売りなんだけどね。
元々九十九島を観たいって言い出したのはスバルの方だった。一泊二日の長崎小旅行。時間も限られてるしリリアが行きたいとこに行こうって言ってくれたスバルが、その上で一つだけ行きたいと言った場所。
わたしは別に行っても行かなくてもどっちでもよかった。綺麗なものは綺麗だとは思う。アズミ先生のポールダンスは今でもはっきり思い出せる程心惹かれるものだったし、皆で見た星空とかステージから見た客席の景色とか、そういうのは見てていいなって確かに思った。でもわざわざそれを見に行こうって考えにはならないかも。その時間で美味しいもの食べたいなって思っちゃう。……わたしにとって観光とか自然の景色とかってそんな感じのもので、だから逆に、スバルの提案を拒むような理由も同じようになかった。
そういうわけでまあ、わたしとしては別に、スバルが満足ならそれだけで十分だったんだけど。
「どう? 牡蠣小屋早めに出た分の元は取れそう?」
「……まあね。正直、本当に綺麗でびっくりしちゃったかも」
ゆっくりと、太陽が水平線に沈んでいく。それを見送る島たちが、一瞬だけその輪郭をはっきりと映し出して、そうして静かに夜へと溶けていく。
そういえば、日本って島国だって何度か聞いたな、なんてことをぼんやり思った。わたしの街に海がないわけじゃないはずなんだけど、わたしが住んでる場所だって、いわゆる「島国」に入ってるはずなんだけど。目の前の景色がそんなわたしと同じ世界のものだってちょっとだけ信じられなくて……言ってしまえばただ日が沈んでいくだけのその景色を、ただただ、ずっと眺めていた。
「調べてる時にここからの夕焼けの写真を見つけたんだ。それで、どうしても直接見てみたくなって」
そんなスバルの穏やかな声が、わたしの意識を自然と展望台の上に引き戻す。ちょっとだけ前髪に隠れた夜明け色の瞳は、この夕暮れ時でも、やっぱり綺麗だった。
「皆と会って、ポールダンスを始めて、ちょっとだけ夕焼けとかが目に留まるようになっちゃって。……ほら、夕方がちゃんと晴れてたら、その後の星空も綺麗に見れるでしょ?」
「……そっか。そうかも」
照れくさそうに笑うスバルの話を聞きながら、今度は視線を上に。……本当だ。まだ明るいから満天の星空って感じじゃないけど……少しずつ煌めき始める一等星たちが、よく見える。
「ねえ、スバル」
「どうしたの?」
「今度はさ、皆で来ようよ」
「……そうだね。皆で、また観にこよっか」
うん、やっぱりそれがいいよね。皆がくれた景色なら……わたしたちばっかりは、ちょっとずるいから。
最後に一度顔を見合わせて、そしてわたしたちは、どちらからともなく展望台を後にした。
「でも、次も来るならまた中華街と牡蠣小屋は早めに出ないとね」
「ええっ!? やだやだ、その分早めに行こうよー!!」
「はいはい、ヒナノとミオがいいって言ったらね」
「あれ、アズミ先生はいいの?」
「先生は賛成するでしょ。……ビール飲めるし」
「あー……」
ふともう一度海の方に目を向けたら、草木の向こう、寝静まったように佇む島の姿か見えた。
太陽の沈んだ空はすぐに移り変わって、もうすぐ、星たちの時間がやってくる。
(……おやすみなさい。いい夢見てね)
そうして今度こそわたしたちは、夜に向かって歩き出した。
2025/08/19 投稿作品
福岡編に続き、旅行概念2つ目の蔵出しです。
既に完成している作品は他にまだ4つほどあるので、
それらも折を見て投稿したいと思います。
一度に連投するのもそれはそれで勿体ないので、
本当に様子を見ながらになってしまいますが……。
福岡出身なのでご近所さんの長崎のことは比較的知っており、
実際旅行に行ったことも何度かあるのですが、
石岳展望台には行ったことがありません。
別に行ったことのあるところを書いてもよかったものの、
それをせずわざわざ知らない場所を調べて書いたのは、
ひとえにそこが「一番夜が綺麗な場所」だと思ったからです。
彼女たちの物語と星空は、切っても切れないものですから。
短いながらも、そういったこだわりも密かに入っている作品です。