春の便り
◇
「わたし、スバルのことが好きなのかも……」
18の冬。いつもより一層寒さが厳しい、そんな季節のありふれたはずの1日。不意に口をついて出たその言葉で、練習終わりのスタジオが、しんと静まり返った。
遅れて自分が言った言葉とその意味を理解して、後悔とパニックで頬が熱くなる。ここにいるのがヒナノとミオだけでよかった。スバルに聞かれでもしてたら大変なことになっちゃう。いや、今はそういうんじゃなくて、とにかく今の言葉をどうにかごまかさないと。
そういって咄嗟に何か適当なことを言おうとして、だけど最初に口を開いたのはわたしじゃなくてミオだった。
「え……今更気付いたんですか…………?」
……あれ……? 思ってた反応と違う。
慌ててミオの方を見るけど、ただただ目を丸くした彼女と目が合うだけだった。フォローでもからかいでもなくて、本気で不思議がっているリアクションだ。あれは。
「い、いや違うよミオ? わたしが言ってるのは友達としてとか仲間としてとかの好きじゃなくて、もっと『そういう』やつで……っていや、別に!! そもそも別に冗談で言ってみただけなんだけどね!?」
「わたしも『そういう』気持ちだって思って話してたんですけど……最近のリリアちゃん、スバルちゃんのことをぼーっと見つめてたり、スバルちゃんとの話に詰まることが多かったし……」
「……は、はは、ミオは冗談が上手だなぁ~!!」
ヒナノ!! 助けて!! ミオがここぞとばかりにわたしのことをからかってくるの!!
あんまり2人じゃないときに助けは求めたくないんだけど、今は緊急事態だから仕方ない。この状況をなんとかしてほしいの! って必死に目でメッセージを送る…………あれ、ヒナノ? なんでそんなに困った顔をしてるの? おーい??
「ごめんねリリア……本人が気づいていないことを、周りが言っちゃうのは違うのかなって思って……」
ミオと違って気付いてないんだろうなとは分かってたけど……。
そうやってヒナノは、ちょっと申し訳なさそうにしながら目を細める。
……えーっと、つまり。
わたしが事あるごとにスバルのことを考えちゃってるところはヒナノもミオも気づいてて。
それが『そういう』ものだってヒナノもミオも思い至ってて。
……要するに、本人にも関わらずわたしだけがずーっとそれに気付いてなかった、ってこと……?
……………………。
「は、恥ずかしすぎる~!!」
「ま、まあ、今までわたしもリリアもそういう話とは縁がなかったし、わからなくても仕方ないというか……」
「そうそう。それに、自覚がないのに目で追っちゃうリリアちゃんも可愛いですから〜!」
「フォローになってなーい!!」
さっきからどうしようもなく身体が熱い。こんなにのぼせそうなくらい恥ずかしいのは生まれて初めてだ。というか2人が気付いてるならスバル本人にもバレちゃってるんじゃ……いや、いやいや、スバルはこういうの疎そうだし、まだ大丈夫なはず。うん、きっとそうに違いない。
「そんなことより、リリアちゃんはスバルちゃんのどんなところに惹かれたんですか?」
そんなことを考えていたら、急に耳元からミオの声。いつの間にかわたしのすぐ隣に座ってたみたい。
「えっ、そっ、それは〜……」
「私もそれ、ちょっと気になるな」
「なっ!? ねぇちょっとヒナノ、今日なんかいじわるじゃない!?」
「まあまあ、いいじゃないですか〜。それで、どうなんですか?」
「どう、って…………」
……好きなとこなんて、無限にある。
整った顔立ち、夜明け色の瞳。少し背が高いところもかっこよくて、そのくせころころと変わる表情が可愛くて仕方がない。
時々すっごく厳しいけど、できないことは言ってこない。やれ運動だ、やれカロリーコントロールだって言ってくるけど、バーガーもパフェも、どうしてもってお願いすれば、今日だけだよって一緒に付き合ってくれる。そういうところが優しいなって思う。
ポールと向き合う時の真剣な表情も、演技の時のしなやかな動きも綺麗だなって思うし、どんな難しい技も気付いたら習得して完璧にできるようになってるのもすごいし……そして何より。
「『わたしとなら大丈夫』って、本気で信じてくれるところが、好き」
……もう一度、スタジオに沈黙が走る。さっきよりも長い静寂。今日はだいぶ冷え込むって話だったけど、これならもう暖房もいらないんじゃないかな。それくらい身体が熱い。
「……ミオ。怒るよ」
「わっ、わたしまだ何も言ってないです〜!! それにとっても素敵で良いなって思いますし〜!!」
本当に、この場にスバルがいなくてよかった。先生が飲みに連れ出してくれてなかったら、今頃わたしは二度とここに来れないくらい恥ずかしい思いをしていたことだろう。……いや、もう既に人生で一番恥ずかしいくらいの思いはしてるんだけど。
……スバルが聞いたら。もしも、スバルがわたしの想いを知ったら。
……わたしは。
「……これから、どうしよう……」
「どうしようって……恋をしたなら、その先は一つしかないんじゃないですか?」
簡単に言うなぁ。確かに、その通りなんだけどさ。
◇◇
3日後。次の練習日。
悩んでもお腹が空いても明日は来るんだから、当然次の練習だって来る。3日も休んだから流石に体は元気。心はちょっとまだふわついてる感じもあるけど、きっと大丈夫。うん、きっと大丈夫だ。練習で迷惑はかからないはず。
まずは体幹トレーニングと柔軟から。10分休憩を挟んで基礎練習。いつも通りの練習、ありふれた一日。なんだけど。
(……ぜんっぜんスバルの方を見れない……!!)
ポールを使って練習してるときはそっちに集中できるんだけど、ふと気を抜いた瞬間いろいろと思い出しちゃって駄目だ。何より今までと違って、無意識にスバルのことを考えちゃう自分に気づいちゃうからずっと調子が狂ったままになる。
ポールと向き合う時の真剣な表情、演技の時のしなやかな動き。この前自分で言い出したことなのに、改めて意識するとその一つ一つが余計にいいなぁ、絵になるなぁって思えてきて……ってダメダメ!! 平常心。自然体を心がけないと……!! あんまり挙動不審だと皆を心配させちゃうし、何より集中しないでポールを扱うのはケガの原因になるし本当に危ない。いや、でも、そういうこと考えると余計に意識しちゃって――!!
「はい、じゃあ今日はここまでにしておきましょう」
——そんな先生の声掛けで我に返る。
……練習には持ち込まないようにって思ってたのに、結局最後の方は何をやってたかあんまりはっきり覚えてない。おかしいな、こんなことになるはずじゃなかったのに……。
「リリア、大丈夫?」
「えっ!? あ、うん、大丈夫……ではないか……ちょっと疲れが溜まってるのかも」
無意識に出たため息をヒナノに聞かれていたらしくて、慌ててごまかす。こんなんじゃだめだなって、浮つく頭と沈む心を切り替えるように頬をぺちぺちと叩いた。
『恋をしたなら、その先は一つしかないんじゃないですか?』
……ミオの言う通りだ。器用な人なら見て見ぬふりをしたり考えないようにしたりできるのかもしれないけど、わたしは一度気付いちゃったらもうどうしようもないみたいだから。だから、わたしにはきっともう、この想いを伝えることしか選択肢がない。中途半端は、一番良くないから。
頭ではちゃんと分かってるんだ。だけど……。
「どうしたの、リリア? 私の顔になんかついてる?」
「へっ……!?」
突然飛び込んできたスバルの声で一瞬パニックになる。……わたし、またスバルのこと目で追っちゃってたみたい。
夜明け色と視線が合って、一気に頭に酸素が回らなくなる。さっきまで考えてたことや伝えたいことが全部流されて、頭の中がごちゃごちゃになっていく。……駄目。こんな調子で言えるはずがない。そもそもこんな調子でスバルとまともに話せるはずがない。
ううん、それでも言わなきゃいけないんだ。善は急げ、鉄は熱いうちに打て。別にこの場で好きですだなんて言わなくていい。今日この後時間ある?とか、2人きりで話がしたいだとか、それだけ言えればまずは十分でしょ? そうして落ち着いたら改めて気持ちを伝えるんだ。あなたが好きですって、その一言を伝えて、そして、そして。
……そうして、スバルに嫌がられたら?
体中から血の気が引く感覚がした。ああ、わたしまた一人で駆け抜けてた、大事なことを忘れてたって。ちゃんと呼吸ができてるか自信がない。きっとスバルはわたしのことを好きでいてくれるけど、わたしの『好き』とスバルの『好き』はきっと違うもので、それでスバルを困らせちゃったら、わたしは。
ふらりと倒れそうになって、慌ててスバルに抱きかかえられる。
「リリア!?」
……やっぱり、綺麗だな。こんな状況でも、そんなことを考えてしまう。
「だ、大丈夫!! 心配かけてごめんね!! わたしやっぱりちょっと疲れてるみたいだから今日は早めに帰るね!!」
そんなことを言いながら爆速で荷物を纏めてスタジオを飛び出す。最後に一瞬見えたのは、不安そうにしながらも手を振ってくれるスバルの姿。
……ああ、わたし。なんだか本当に、ダメみたいだ。
◇◇◇
ブランコに揺られながら、ぼんやりと空を眺める。わたしが初めてポールダンスに出会った広場。スタジオを飛び出したスバルを追いかけて、2人思いを伝えあった場所。なんとなくまた足を運んじゃったけど、あいにく今は、星は見えないみたい。
「……なんだか、わたしらしくないなぁ」
不安になることはいっぱいある。行かなきゃ、やらなきゃ!って駆け出して、皆がついてきてくれてから急ブレーキがかかることなんてしょっちゅうだった。だけど、それでも最初の一歩はいつも大丈夫だったはずなんだけど。
……急に、怖くなっちゃった。スバルに嫌われることが。今抱えてるこの想いだけじゃなくて、今までのたくさんの思い出も一緒に、全部捨てなきゃいけなくなるかもしれないことが。今まで、そんなことなかったのに。
わたしがスバルにこの『好き』を伝えたとして、スバルはどう反応するんだろう。困ったように笑うのかな。変なこと言わないでって怒るかな。いつか見たみたいな、苦しそうな顔をするのかな。……それは、やだな。
結局さっきからずっとそんなことばっかりだ。この『好き』を伝えるのが怖くて、この『好き』で何かが変わっちゃうのが怖くて、だんだん、この『好き』そのものも怖くなっちゃいそうで、わたしは、わたしは――。
「リーリアちゃん!」
「ひゃぁっ!?」
唐突な声と同時にほっぺたにひんやりとした感覚。慌てて後ろを振り向くと、両手にカフェのカップを持ったミオが、いつもの笑顔でそこにいた。
「ミオちゃんデリバリーから、いちごミルクティーの差し入れです!」
「びっくりした……なんでここがわかったの?」
「わたしは魔法少女ですから~……っていうのは冗談で、本当はヒナノちゃんに教えてもらったんです。『多分ここにいるんじゃないかな』って」
「そっか。本当、ヒナノには敵わないなぁ」
そんなちょっとした話をしながら、差し入れにもらったいちごミルクティーを一口。くどすぎない甘さが身体にも心にも沁みて、こんなときでも思わず笑みがこぼれてしまう。
「……スバルちゃんのことですか?」
「……うん。ミオの言う通り、もうやることは一つしかないと思ってるんだけど……なんだか、怖くなっちゃって」
「怖い?」
「うん。この気持ちを伝えたら嫌がられないかな、困らせちゃわないかな、って思うと、怖いんだ」
「……なるほど……」
わたしの隣のブランコに腰かけて、そこから静かに考えこんじゃうミオ。遮るのもよくないのかなって思って、わたしも静かにそれを待つ。……1分、2分、3分。もしかしたら変なこと言っちゃったかな。そりゃあミオにだってスバルがどう思うかなんてわからないだろうから、こんなこと言われても困っちゃうよね。なんだか申し訳なくなってミオに声をかけようと思った時。
「……わたしは、魔法少女アルカナウムが大好きです」
「えっ……うん、知ってるけど……」
「そう。だから高校を卒業して大学生になっても、わたしは推しになりきるためにコスプレを続けてます。誰に、なんて言われても」
「……」
横で小さく揺れるミオの姿が、月明かりで照らされていく。まるで、ミオが夜空を呼び込んでるみたいに。
「コスプレだけじゃないですよ。衣装づくりが大好きだから、誰に言われても、皆に手伝うよって言ってもらっても絶対に自分で全部やりたくなっちゃいますし、サナ姫が大好きだから、それがどんなステージでも、同じ大会に出るライバルとしてのものだったとしてもどうしても応援しちゃいます。他の人から見たらちょっぴり変だとしても。普通とはちょっぴり違ったとしても。わたしが、それが大好きだから」
そうしてブランコから飛び降りて、いつもと変わらない笑顔でわたしに向き合う。後ろに広がる空はもうすっかりいつもの星空を取り戻していてた。
「――リリアちゃんは、そんなわたしを、変な子だって思いますか?」
「……ううん、思わない。すごくかっこいいなって思う」
「ふふっ、そうですよね? 皆がそう言ってくれるから、わたしの大好きなものにアズミスタジオの皆と、ポールダンスが増えたんです。……そして、リリアちゃんのそれも、きっと同じことなんですよ」
「えっ?」
「何かを好きになることって、とっても素敵なことなんです。先生もヒナノちゃんも、そしてスバルちゃんも……そんな素敵なことを嫌がったりなんかしませんよ」
しゃがみこんだミオと目が合う。星たちを反射してきらきらと輝く翡翠色の瞳が、今はほんのちょっとだけ、心強く感じる。
「……それが、スバル本人に向けたものでも?」
「もちろん! そ~れ~に~」
もう一度、両頬にひんやりとした感覚。わたしのほっぺたに両手を添えて、ミオは一際可愛く微笑んだ。
「スバルちゃんが何と言おうと、リリアちゃんは可愛いですから!」
「……もう。そうやって可愛ければ全部良しみたいに言うの、ミオの悪い癖だよ」
「ええっ!? せっかく褒めたのに~……」
「うん、でも、今回ばかりはミオの言葉にそのまま乗っかってみようかな」
「……怖い気持ちは落ち着きましたか?」
「ううん、まだちょっと怖い。……けど、もう大丈夫」
結局、この告白が上手くいくかの保証はどこにもないまま。この想いを伝えても、スバルの答えはノーかもしれない。やっぱりそれはほんのちょっと怖くて、今でも手がちょっと震えてる。
……でも、ミオの言う通りだなって思ったんだ。わたしが何を言っても、何を思ってても……わたしが本気で伝えたいことなら、スバルはきっと、ちゃんと受け止めてくれるんじゃないかって。
だからもう、大丈夫。手は震えるけど、足もがくがくだけど。それでもわたしは、ちゃんと、走れる。
「ありがとう、ミオ。今度はわたしがいちごミルクティー奢るね」
「ふふっ、楽しみにしてますね。……がんばって、リリアちゃん!」
今から会えないかなって、そんなメッセージをスバルに送って。
わたしは一歩、大きく駆け出した。
◇◇◇◇
——ねぇ、スバル。
伝えたいことが、あるんだ。
……わたし、スバルのことが好きみたい。
本当だよ。友達とか、仲間とか、そういうのじゃなくて。
うん、だから、さ。
もし、スバルさえ良かったら……。
わたしと——
◇◇◇◇◇
「——ねぇ、これってあんまりだよね!?」
「リリア、その話もう3回目……」
「これ以上言われてももう惚気にしか聞こえないですぅ……」
「惚気じゃないってば!! まだまだ何回でもするからね!! わたし怒ってるんだから!!」
「だからごめんってリリア……反省してるから……」
告白から1週間後。わたしたちはいつものバーガーショップでこうして駄弁っていた。
結論から言えば、わたしの告白は成功した。スバルにも受け入れてもらえて、わたしたちは晴れて『恋人』と呼ばれるものになったわけだけど……その時の告白の返事が問題で!
一世一代の告白だった。震えが止まらない手をぎゅっと握って、できる限り声まで震えちゃわないように必死に絞り出した「好きです」の4文字に対して、スバルの答えは……。
『うん、知ってた』
「もうほんっとうに恥ずかしかったんだから!!」
「リリアちゃんって本当にわかりやすいから……」
「先生も結構前から気づいてたみたいだしね」
「じゃあわたしが一番鈍感じゃん!! わたしのことなのに……!!」
というか気づいててスバルも好きならスバルから言ってくれてもいいじゃん!!とも思ったけど、そこに関してはスバルにも思うところがあったらしい。
『リリアは優しくて何でも受け止めてくれるから……リリアの中で整理ができてないのに私が変なこと言ったら、リリアの本当の気持ちも無視して私の想いを押し付けることになっちゃいそうな気がして』
……そうやってわたしのことをちゃんと考えてくれてるところに惹かれたんだから、それ以上はもう文句が言えない。
これが惚れた弱みってやつなのかな。結局わたしにできるのは、「とはいえ大事な告白なんだから知ってたことはもう少しわたしに内緒にしてくれててもいいじゃん!!」なんて言いながらちくちくと刺していくことくらいだった。
「ふふっ」
「ん、どうしたの? ヒナノ?」
「なんだか、変わらないなぁって思って」
「それはー……そうかも」
別に、関係に新しい名前が付けば日常が劇的に変わるとは思ってなかったし、思う余裕もなかったけど……それでも先週まであれだけ悩んでいたのが嘘みたいに、肩の荷が降りたこの1週間の日々は昔とほとんど何も変わらない穏やかさだった。
もちろん小さな変化はある。2人で歩くとき手を繋いでくれるようになったとか、帰ってからスマホ越しにするやり取りがちょこっと増えたとか……ああそうだ、1つだけちゃんとした変化があるとすれば——。
「あれあれ? スバルちゃん、ずーっと前からリリアちゃんのことばっかり考えてたみたいだし、てっきりもっといろいろやりたがってるものかと……」
「ちょっ!? ミオ、その話は!!」
「えっなになに!? 気になるその話!!」
「いやいや、『リリアちゃんはスバルちゃんのことが好きなんだろうな』ってなるずっと前……半年くらい前?からスバルちゃんの様子がちょっとおかしかったり、それとなーくリリアちゃんのことを相談されたりしてて〜」
「頑張って隠してたからリリアは気づいてなかったかもしれないけど、結構前からミオや先生と『どうするんだろうね』みたいなこと話してたんだよね」
「……ほぉ〜?」
これはいいことを聞いた。わたしが必死に告白した時は『えっ、知ってましたけど?私はオトナなので』みたいな態度だったくせに、裏ではわたしよりもーっといろいろ悩んで落ち込んで舞い上がってたんだ。なるほどなるほど、これはわたしが恥ずかしかった分いじってあげなきゃいけないなぁ!!
そうして意気揚々と横を振り返ると。
「いや……それはその……違くて……」
既に顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるスバルがいた。
——そう。たった一つのちゃんとした変化。見せてくれる表情が、昔より増えたこと。一緒に話してる時のふわりとした笑顔とか、帰り際のほんのちょっと寂しそうな顔とか、それこそ今みたいな、恥ずかしそうな顔だとか。
人によっては大した変化と思わないかもしれないけど、そんな新しく見えた顔一つ一つにわたしが関わってると思うと、それがどうしようもなく嬉しくて。
「ふっふっふ……じゃあ詳しく聞かせてもらおうかな、『スバルちゃん』?」
「本当に……本当に許して…………!!」
きっとこれから、もっと大きな変化もいっぱいあるのだろう。2人でデートしたり、一緒に暮らしたり、大喧嘩しちゃうこともあるのかもしれない。
それでもわたしは、それに負けないくらい、こんな小さな変化と一緒に、幸せを積み重ねていくんだと思う。
いつも通りスバルに許可を得て買った、季節限定のバーガーを一口。
望んでいた春も、きっとこうして、いつの間にかやってくるのかな。
2024/04/07 ポルプリ合同誌『ma chérie』寄稿作品
プロセカ時代から関わりのあるメンバーで作成した合同誌に寄稿した作品です。
寄稿と言えば聞こえはいいですが、実際は私が認識する前に主催の中で私の参加が確定していました。
恐ろしいこともあるものです。気心知れた相手以外には絶対やっちゃダメだぞ。
当時抱えていたリリスバへの愛や解釈を全部詰め込んだ作品なので、
執筆から1年弱経ってしまった今でもかなりお気に入りの作品です。
客観的に見ても結構良い感じに書けているのではないでしょうか。
その分構成の都合上諦めたシーンや描写も多いですが、
そういった要素は他の作品で拾い上げたりしています。
湿度の高いリリスバ、様子のおかしいリリスバなんかも書いてはみましたが、
やっぱりリリスバにはこういうちょっと騒々しくもあたたかい日々を過ごしてほしいなと思います。