甘いものは程々に

 ……冷蔵庫に入れておいたミニエクレアがない。
 これはおかしい。だってここは私——南曜スバルの家で、本来私の知らないうちに私の冷蔵庫の中身が消えることはありえないはずなのだから。まさに怪奇現象、それか難事件? とにかくなんとかこの謎を解き明かすために、私は腕を組んで最近のことを思い出す。

 ……私が自分で食べた?
 いや、それはあり得ない。普段私は甘いものをあまり食べないし、12個入りのミニエクレアを全部自分で食べたならいくらなんでも流石に覚えてるはず。何よりあのミニエクレアはリリアたちが遊びに来た時にでも皆で食べようと思って買ったものだし、それを自分一人で食べるなんてことは絶対にないって断言できる。
 ……実は別のところに入ってる?
 そう思って一通り冷蔵庫を漁ってみるけどどこにもエクレアは見当たらない。まあ、一人用の冷蔵庫だからそんなに大きくないし、ミニエクレアの袋もそれなりのサイズだから見落とすことはなさそう。念のため冷凍庫とかも調べてみたけど、やっぱり見当たらなかった。
 ……差し入れ代わりにスタジオに持って行った?
 いや、それこそないはずだ。確か買ったのは直近最後の練習があった帰りのはずだし、多分買ってからスタジオには一度も行ってない。外に持ち出すような機会はなかったはず。それに持って行ってればその日のグループDMで何かしら話題になるはずだ。念のためギャラクシープリンセスのDMを遡ってみたけど、それらしい話題はやっぱりなかった。

 となると、残ってる可能性は……。

 冷蔵庫を閉じ、部屋の方に目を見やる。ちょっと広めのワンルーム。私のベッドの上でごろごろスマホをいじってる容疑者——もといリリアの姿がある。
 ……いや、本当はもう全部分かってるんだけどさ。普通に部屋のゴミ箱に袋捨てられてたし。なんなら、さっき私がコンビニから帰ってきた時、明らかに口がもごもごしてたし。
 一つ大きくため息をついて、リリアの側に腰掛ける。容疑者はスマホから目を離さない。あくまでしらを切るつもりらしい。

「リリアさ、冷蔵庫にあったミニエクレア知らない?」
「えー? 知らなーい」
「そっか……困ったなぁ、後でリリアと2人で食べるつもりで残してたのに……」
「えっ……そうだったの!?」
「そうだけど……何、何か心当たりあるの?」
「あっ、いや……別に〜!? 一緒に食べたかったな、誰がそんなひどいことしたのかなぁ〜って思って!!」

 この大嘘つきめ。そもそも今週うちに来たのは「勉強教えて」なんて言って転がり込んできたリリアだけなんだから、私じゃなきゃどう考えたって君が犯人でしょうが。ていうか勉強しに来たんだったらせめて教科書くらい開きなさい。
 覗き込むようにリリアの顔を見てみるけど、おもしろいくらいに目が泳いでて全然視線が合わない。なんでこんなに下手なのに嘘をつこうとするんだろう? ちょっと可愛らしいなって思ってしまうのが少し悔しい。
 もう一つ、大きなため息。まあ、私だってリリアと知り合ってそれなりに時間が経ってるし、この目の前の食いしん坊に天誅を下したことも一度や二度じゃない。……こういう時のやり方は、少しばかり心得てる。

「…………リリア」
「な、何? だからわたしは食べてないって……」
「口元にチョコついてるよ」
「えっ、嘘!? ちゃんと拭いたはず……はっ!!」

 うん、これは自白と取っていいかな。

「リ〜リ〜ア〜っ!!」
「ご、ごめんなさい〜!! 頭使ったらお腹空いちゃって〜!!」
「お腹空くほど勉強してないでしょうが!! ペン持ってるところ今日一度も見てないんだから!! ていうか本当に全部食べたの!? 12個全部!?」
「だって……だって手が止まらなくて〜!!」
「そんなに食べたらバーガー我慢してる意味がないでしょ!?」
「ごめん!! ごめんってば!! 反省してる、反省してるから頭ぐりぐりだけは許して〜!!」

 頭を抱えるみたいにしながら全力で抵抗するリリア。私、頭ぐりぐりとか1回2回くらいしかしてないはずなんだけどな。そうやって怖がられるのはちょっと心外。
 ……とはいえ、リリアのこの反省、もとい命乞いももはや恒例となってる部分もある。そうやって目をうるうるさせて謝れば私がなんでも許してもらえると思ってるでしょ。いつもはそうだけど今日はそうはいかないよ? 甘やかしすぎるのもリリアのためにならないし……ちょっと、ここは一度しっかりおしおきするべきかもしれない。

「リリア、脇腹ががら空きだよ」
「ひゃっ!?」

 お留守になっていた脇腹をがっちりホールドしてわしゃわしゃする。リリアが笑い声のような悲鳴のような声をあげてるけど、まあ、痛いことはしてないから我慢してもらおう。

「あははっ! ちょっ、ちょっと本当に! 本当にくすぐったいのは無理だから……ひゃあ!!」
「駄目。勉強教えてって言ってきたから家に上げたのに、教科書も開かずごろごろしてたり勝手にエクレア食べたり……今日という今日はきっちり反省してもらうからね!」
「ひゃはは、ご、ごめんなさい〜!! 本当に、本当に反省するからぁ!! ひー! これ、これ以上は!! これ以上は本当に許してぇ!!」

 どうやら効果てきめんだったみたい。これでしばらくは懲りて悪いことはできないだろう。……まあ、とはいえ、3日もあればいつもの調子に戻ってるのがリリアでもあるんだけど。
 それにしても、じたばたしてるリリア、ちょっと可愛いな。リリアもポールダンスを始めてちゃんと力がついてきたとは言え、体格や運動歴の差もあってまだまだ私の両手で簡単に押さえ込める。これからリリアがもっと成長したら、こうやってお灸を据えるのも一苦労になるのかも……なんて。

「ひぃ……ちょっ、本当に……ギブ…………っ!!」

 なんて考えてたらリリアがいよいよ虫の息になってきた。……いろいろ考えてるうちに、ちょっとやりすぎたかも。
 というか冷静に考えたら、この状況って結構よろしくないのでは? 自室のベッドで、自分の方が力が強いのをいいことに、高校生をいじめている。……考えるまでもない。私が同じ光景を見たら絶対に5秒で110番だ。
 うん、流石にこの辺にしておこう。リリアももう反省しただろうし、何より私はまだ皆とポールダンスがしたい。うんやめよう、すぐやめよう。そうして立ちあがろうとしたその刹那。

「ひゃっ……!?」
「……へ?」

 ちょっと、変な体制で居すぎたみたい。両足にばちんと電撃が走って、思わずベッドに倒れ込む。やばい。足痺れた。ていうかこのままだと、思いっきりリリアにぶつかる……!!
 硬直していた身体に無理やり命令を出して、頭を打つ寸前で慌てて手をつく。すんでのところで大事故だけは回避できた。……そう、回避、できたんだけど。

 ——きっと、たった数センチの距離。今日も散々見たはずの瞳と視線が合う。唇に、荒くなった呼吸が触れた。触れたのが吐息だけでよかったと思う。……それ以上が重なれば、そこから先は、何もかも間違えてしまう気がしたから。
 汗ばんで紅潮した頬。初めて見る姿だった。練習終わりに汗だくで潰れているリリアのことは今まで何度も見てきたはずなのに。その積み重なった記憶のどこにもいない彼女が、そこにいた。
 使ってるらしいシャンプーの、知らない花の匂いがふわりと香る。花の名前も知らないのに、なんでこれがシャンプーの匂いだって分かったんだろう。どこでその話をしたのか思い出せないくらい、他愛のないやりとりだったはずなのに。
 ……そして何より、何より瞳の奥の琥珀色が、涙で潤んで煌めきを増して。

 ああ、綺麗だな、なんて。不意にそんな、変なことを考えた。
 たとえばこの数センチの距離を埋めてしまったら、リリアはどんな顔をするんだろう……なんて、そんな、ことを——。

「「——って違う違う違う!!!!」」

 跳ね起きたのか跳ね飛ばされたのか分からない。けど、とにかく慌ててリリアと距離を取る。耳まで真っ赤になったリリアの姿を笑う気にはなれなかった。多分私も、全く同じことになってるから。

「あっ、そ、そうだ!! 今日ヒナノと会う約束があったんだった〜!! わたしそろそろ行かなくっちゃ!!」
「そ、そっか!! それは仕方ないなぁ!!」

 さっきまで咎めてたリリアの見え見えな嘘も、今となってはありがたくて仕方がない。そのまま脱兎の如く逃げ出したリリアの姿を見送って、さっきまでリリアがいた部屋のベッドに突っ伏す。ついさっき感じたばかりの花の匂いが、起こりかけた間違いのことをちくちくと刺してくる。

「……向こうは高校生だってば……」

 唯一言語化できた罪悪感を呟いて、その他言語化できないごちゃついた感情は今日一番のため息で誤魔化す。
 そもそもどうしてこうなった? 最初はこんなことになるなんて全く思ってなかったし、リリアに対してそんなこと考えたことだって今まで一度たりともないはずなのに。
 本当に何にもわからなくて、頭はさっきの景色がぐるぐると回るばっかりで。得体の知れない焦りと胸のドキドキばかりが増えていくけど。

「……とりあえず、甘いものは当分いいかな……」

 もう一つだけ言語化できた想いを、どこへともなく呟く。

 ……そうだ。一旦、コーヒーでも飲んでリセットしよう。
 ゆっくりとベッドから起き上がって……先週買ったはずのペットボトルを求め、私はまた冷蔵庫の扉を開けた。

- Afterword -
2024/05/04 投稿作品

時は大ポルプリ時代。1,2週間前から全国ツアーが始まり、新規ポルプリファンが爆増。
「リリスバ」で検索すれば毎日新たな感想ツイートが出てくるというお祭り状態。
……そんなタイミングで出したSSがこれです。なんで??
反省はしていますが後悔はしていません。……嘘、ちょっと新規さんに対して罪悪感あるかもしれない。

こちらも例に漏れず、寄稿原稿でできなかったことをやろうシリーズの一つです。
好きになったキャラクターやCPは、その子たちのことを理解するために、いろいろな姿を描きたくなります。
この作品はリリスバにしてはちょっと甘酸っぱいというか、どろどろしてしまった感じもしていますが、
まあ一つのアプローチとして、無しではないのかなと自分の中で整理をつけています。