夜明けは君の手の中に
明かりの消えた暗い部屋。都会の街中とは思えないような静寂の中、わたしはぼんやりと、ベッドの中から天井を眺めている。
隣には小さく寝息を立てるスバルの姿。普段はあまり見せないどこか無防備な表情が、見ててほんのちょっとだけくすぐったい。
ポールダンスジャパンカップ前日。昨日から現地入りしていたわたしたちだけど、当日までを過ごすホテルでは2人ペアで部屋を割り当てられた。
ヒナノとミオで一部屋、そしてわたしとスバルで一部屋。わたしたちがペアでダブルスに出るってことを考えれば、これが一番ベストな組み合わせだと思う……けど。
『あ、アズミ先生……これ……』
『ベッドが一つしかないですぅ……』
『……もしかして、ツインじゃなくてダブルで取ったんですか……?』
『し、仕方ないじゃない! ツインとダブルの違いなんて知らなかったし、それにこっちの方が安かったのよー!!』
……って、そんな先生の大失敗もあって、今わたしはスバルと同じベッドで寝ることになっている。
まあベッド自体はその分広いし、狭いってことはないんだけど……ただでさえスバルの目が光っててこっそり夜食を食べたり夜更かししたり~なんてことができないのに、スバルが寝ちゃった後も物音を立てたり毛布を動かしたりで起こしちゃうのが申し訳なくて、結局わたしはこうやっておとなしく布団の中に押し込められている。
本当はわたしだってすぐに寝なきゃいけないんだけど……どうにもそわそわして寝付けない。そもそも旅行だってほとんど初めてだし、ヒナノのおうちにお泊まりに行った時以外で誰かと寝るような経験も全くない。何より明日は大事な大事な本番だし…………!
別に不安なわけじゃない。練習はたくさんしてきたし、バーガーだってちゃんと我慢してきた。予選の悔しさをバネにがんばった今のわたしたちは、きっとエルダンジュにだって負けやしない。……けど、自信があるかと緊張しないかはまた別の話で〜!
「……ね? スバルだってそう思うでしょ?」
起こさないくらいの小さな声で、冗談めかしてそう問いかけてみる。返事の代わりに返ってきたのは……唸り声のような、小さな声。
「……ぅぅ……」
——昨日と今日、2人同じ部屋で寝て、気付いたこと。
スバルは時々、こうやってうなされる時があるみたい。
隣に視線を移せば、目を瞑ったまま、苦しそうに顔を顰める彼女の姿。それは、喧嘩しちゃったあの日公園で見た、思い詰めたような表情にもどこか似ていて。
悪い夢でも見てるのかな。昔のこと、思い出してるのかな。それとも明日のこととか考えちゃってるのかな。
やっぱり失敗しちゃう夢なのかな。うまくいかない夢なのかな。今日も、昨日も、もしかしてその前も……ずっと、同じ夢を見てるのかな。
……それって、すごく苦しいよね?
そう思ったときには、とっさに彼女の手を握っていた。大丈夫だよ、わたしがついてるよって、伝えたくて。
そしてそこから一歩遅れて、結局これってあんまり意味がないんじゃないかとか、逆にスバルを起こしちゃって迷惑になるんじゃないかとか、そんな考えがぐるぐる回る。
……わたしの悪い癖だ。大切にしたいものがあって、何も考えずにそれを掴んで駆け出して……そうしてふと我に返って後ろを振り向いた時に、ちょっとだけ、不安になる。
本当に勝てるかなとか、足手まといになってないかなとか、独りよがりになってないかなとか、本当にスバルの役に立ててるかな、とか。
息が切れちゃったその一瞬、弱虫なわたしが、顔を出す。
別に、全力のわたしが適当なことを言ってるわけじゃない。ずっと弱虫なわけでもない。うまくいくって信じてるわたしと、うまくいくかなって震えてるわたし。どっちが本心かって言われたら、迷わず「うまくいくって信じてるわたし」だって答えられる。……でもやっぱり一瞬だけ、ちょっぴり不安になっちゃうんだ。皆の前なら、すぐにいつもの調子に戻れるんだけど。
うん。まあこんなことしても、結局あんまり意味はないか。なんて、臆病風に吹かれて手を離そうとして――
「……ありがとう、リリア」
――その手を掴まれた。
わたしがそうしたよりずっと強く。両手で、しっかりと。
いきなりのことにびっくりして慌ててスバルの方を向く。こんなにがっちり掴んでるのに、当の本人はまた小さく寝息を立てていた。さっきのは、ただの寝言だったみたい。
眉間の皺はすっかりなくなって、さっき見た、ちょっと無防備な寝顔が戻ってきてる。
「……悪い夢、終わったのかな」
わたしのこの手で、スバルがそこから抜け出せたのなら、それは嬉しいな。
……でも、こんなに強く掴んでくれるなら。きっとわたし、どんなところからだって、スバルを連れ出せる気がする。
わたしがついてるよって言葉が、自分で、ほんのちょっとだけプレッシャーだった。見栄を張ったわけじゃないし、嘘をついたわけじゃない。だけどほんの数センチだけ、背伸びしてた。
もしもスバルがまた失敗しちゃいそうになった時、本当の意味で助けられるのはわたししかいない。ヒナノもミオもステージの上には来れない。わたしが手を伸ばさなきゃ、スバルは壁を越えられない。
でも、できるかな、って。やるんだ!とか、やるしかないんだ!って気持ちの中で、そんな小さな不安が震えてた。
でも。だけど。
わたしがまっすぐ手を出して。
スバルがそれを掴んでくれるんだったら。
力になりたいわたしの想いに。
スバルも応えてくれるんだったら。
「わたしだけじゃなくて、二人一緒なら」
きっとわたしたち、どんな景色でも見れるよね。
気付けば、さっきまで感じてたそわそわした気持ちもどこかへ飛んでいってた。……うん、今ならぐっすり眠れそうな気がする!
右手で触れてるスバルの両の手が、とってもあたたかい。負けじとわたしも左手も添えてちゃんとスバルの手を握って……そうして、ゆっくりと、目を閉じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
明かりの消えた暗い部屋。都会の街中とは思えないような静寂の中、私はぼんやりと、ベッドの中で目を開けている。
視線の先には幸せそうな寝顔のリリアの姿。たまに口がもごもご動いているから、バーガーを食べる夢でも見てるのかもしれない。……いや、もしかしたらパフェの方かも。
ポールダンスジャパンカップが終わった、その日の夜。見事3位入賞を果たした私たちは打ち上げで焼肉に行き、そのままの勢いでカラオケに突撃し、そうしてへろへろになってホテルまで戻ってきた。
本番で力を出し切った上に打ち上げで遊び倒したものだから、リリアはシャワーを浴びて出てきたところで力尽きて爆睡。今はこうして幸せそうな寝顔を晒している。昨日までは送られてきてた別部屋の写真も特に来ないから、きっとヒナノとミオも疲れ果てて寝ちゃったんだろう。
……私。私は、ちょっとまだ眠れそうにない。勿論リリアのことを言えないくらいに疲れてはいるんだけど……それ以上に、今日感じたたくさんのことが、胸の奥でずっとめらめらと燃えていて。
エルダンジュは結果としてジャパンカップを5連覇。上位を独占したその演技は本当に圧巻の一言だった。あれが、私たちが超えるべきもの。尊敬と、悔しさと、次は負けないという強い意志。負けず嫌いな私が、大会が終わってからもずっと闘志を燃やし続けている。
ヒナノとミオの演技も言葉じゃ言い表せないくらいすごかった。元々地区予選の頃から2人はレベルが高かったし、練習でもどんどん良くなっていくところを間近で見てたけど……それでも、見ていて圧倒された。本番であれだけのことができるのは、やっぱり2人の強さだと思う。今後大会に出るときは、シングルスとダブルスの組み合わせが変わることもあるはず。私がシングルスで出ることになった時は……今日の2人に負けないくらいの演技をしないとね。
時間が経てば経つほど、火傷しそうなくらい熱い思いが溢れてきて……自分の中に戻ってきた、一度冷め切って忘れてしまっていた温度に、ほんのちょっとだけびっくりする。
きっとポールダンスに出会えてなかったら、ギャラクシープリンセスとしてステージに上がることがなかったら、ずっと忘れてしまったまま、この先何十年の人生を歩むことになってたんだろう。
だから本当に、皆には感謝しかない。私をこの世界に引き込んでくれた先生と、それぞれの形で私を支えてくれたヒナノとミオと、そして何より……目の前で寝てる、この子にも。
ポールから手が離れたあの瞬間、身体が凍りついて動けなくなった。指先から少しずつ、熱が失われていく感覚がした。目の前が暗くなり始めたその瞬間――冷たくなった手に、リリアの手が触れた。
泣いちゃいそうなくらいあたたかい手。それに触れて思い出した。私が越えなきゃいけない壁のこと。ここまで努力を積み重ねてきた一日一日のこと。リリアが私にかけてくれた言葉。リリアがいてくれるなら、二人一緒なら、大丈夫だって本気で思ったこと。
だから私はその手を掴めた。きっとできるって、越えられるって……私が信じたかったことを、リリアも信じてくれたから。
「……ありがとう、リリア」
幸せな夢を邪魔しないように、起こさないくらいの小さな声で語りかける。未だもごもごと動いている口元が、さっきの夢がまだ終わってないことを私に教えてくれた。それにしてもいつまで食べるつもりなんだろう? まあでも、ずっと我慢してたもんね。
――こうして静かな夜を過ごしている中で、一つ思い出したことがある。本番が近づいてくるにつれてよく見るようになってた、あの時の夢。鉄棒を掴みきれなくて落ちていくあの時の夢を、そういえば昨日は見なかった。
当然見ない方がずっといい夢だし、何より起きてすぐはぼんやりしてたから忘れてたけど……目が覚めた時、リリアが両手で私の手を握っててくれて、ちょっとびっくりしたっけ。まだ寝息を立てて寝ている彼女は、どこか、祈るような表情をしているようにも見えて。……もしかして、リリアが助けてくれたから、悪い夢を見ずに済んだのかなって、今なら思う。
彼女がそうしてくれたみたいに、だけど起こしちゃわないように、そっとリリアの手に触れる。刹那、昨日みたいにがっちりと差し出したそれを両手でホールドされてしまった。慌ててリリアの方に目を向けるけど、相変わらず口をもごもごさせながら眠っているリリアがそこにいる。あれ? これ、私の手、食べられてない?
一体全体どんな夢を見てるんだか。そんなことを考えてたらどうにも気が抜けてしまった。……うん、今ならぐっすり眠れそうな気がする。
手を握ってくれるリリアの両手に、私もそっと左手を重ねて、そうしてゆっくり目を閉じる。
今日はどんな夢を見るんだろう。次のジャパンカップで優勝する夢? 皆でいつものファストフード店に行く夢? それともまた先生にしごかれて皆で悲鳴を上げる夢かな。
少なくとも、悪夢なんかじゃなくて、楽しい夢が見れる気がした。
今の私には皆がいてくれるから。今の私には、恐れるものなんて何もないから。
何より今は、小さいけれど頼もしいこの両手が、私を離さないでいてくれるから。
2024/01/15 投稿作品
初めて書いたポルプリ二次創作です。
ここ1年の私は燃え尽き症候群で創作から離れており、書いた僅かなSSもめちゃくちゃ迷走しまくっていたのですが、
この子達に出会ったおかげで、どうにか自分の創作スタイルを思い出せた気がしています。
中盤まではずっと「わたしがついてるから」と言っていたリリアが、
最後の最後で「二人一緒だから」と言い直したのはなぜだろうとぼんやり考えていました。
劇中ではリリアがスバルの手を取る場面しかフィーチャーされませんが、
きっとリリアにとっても、スバルの存在が何か救いになってたからこその台詞なんじゃないかなと、
そう思いながら書いてみた作品です。