小休止

「……平和ね」

 1188年、大樹の節。私と せんせい が白きものを討ち、アドラステア帝国がフォドラを統一して、およそ2年。
 大望を果たした帝国のその後の道は、順調そのものと言えるものだった。覇道を成すための戦いは、あの日を境に真の平和を勝ち取るための戦いとなり、そして今ではより多くの民の未来を切り拓く、そんな武器を持たない戦いへと姿を変えつつある。
 もうあの頃とは何もかもが違う。兵たちを集め鼓舞することもなければ、自らが前線へと足を運ぶこともない。戦争の時代は終わったのだ。今の私の仕事は、恒久の平和と「紋章が価値を持つ世界を変える」という次の大義のため、ヒューベルトが日々持ってくる大量の書類に目を通し、皇帝としての判断を下し続けること。
 そういうわけで私は今、執務室で山積みの書類に埋もれている訳だけれど…………。

「……退屈ね…………」

 執務室と会議室を行き来するという生活は、想像していた以上に変わり映えしない。勿論時には玉座に着き、或いは民の前に姿を現すこともあるけれど……それも月に1度あればいい方だ。
 必要な仕事とは理解している。投げ出すつもりも毛頭ない。けれど一方で、食堂での宴に参加したり、皆と共に戦場を駆け巡ったりしたあの日々が恋しくなるのもまた否定できない事実だった。

 ……一度だけ、そのような愚痴をヒューベルトに零した事がある。

『……たまには、 せんせい と一緒に市街でも回りたいものね』
『ほう。陛下もたった2年足らずで随分と平和ボケしたものですな』

 そこから皇帝の威厳の話だの暗殺の危険の話だの、私の発言が如何に愚かなものなのか1つ1つ丁寧に説教された。あれ程嫌味に満ちた彼は近頃ほとんど見たことがない。よっぽどストレスが溜まっていたのだろう。……当然それ以上駄々をこねる気も起きず、それ以来私は素直に(時に欠伸を噛み殺しながら)執務にあたっている。

「はぁ……甘いものを食べながらごろごろ……なんていつになったらできるのかしら」

 昔抱いた密かな野望は、時を重ねるごとに却って遠のいている気がする。許されるなら1日と言わずいつまでだって せんせい とごろごろしていたいのだけれど……。
  せんせい せんせい で、旧王国領の再建援助やら士官たちへの指導やらで引っ張りだこだ。今日も軍の若者たちに稽古をつけると言っていた。折角念願叶って結ばれたというのに、逢瀬の時間は週で見たって数えられる程しかありやしない。こんな様子じゃもらった指輪も泣いてしまうというものだ。
 ……それにしてもあれから2年が経つが、未だに昔の癖で「 せんせい 」と呼んでしまう。「もう伴侶なのだから堅苦しい呼び方はしなくていい」とは度々言われているものの、どうしても習慣というものはなかなか抜けないし……何より、恥ずかしい。
 でも、流石にこのままは良くないだろうか? これから何十年も連れ添って行くというのに、いつまでも「 せんせい 」では格好がつかないかもしれない。

「……ベレス」

 誰もいない部屋で、その響きを口にする。それだけで、ほんの少しだけ顔が熱くなる。なんだかいい年して恋する乙女みたいで、それが余計に恥ずかしさを加速させる。こんな姿を見られたら せんせい に笑われてしまうだろう。せめてしばらくは一人の時に徐々に慣れて行く方針で——

「呼んだ?」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 慌てて書類の山から顔を出せば、そこには小さな紙袋を片手にニヤニヤと笑う せんせい の姿。腰に剣を挿したままということは、訓練が終わってまっすぐここに来たのだろう。

「……一応聞くけど、いつから……?」
「『平和ね〜』って退屈そうに呟いてる辺りから……」
「それならもっと早く声をかけなさい!! あと入る時はノックして!!」

 最近の せんせい は本当にこういうことが多い。昔皆を指揮していたクールな せんせい はどこへやら。まあ今まで隠してきたお茶目な一面を私にだけ見せてくれてると考えれば悪い気はしないけど、それはそれとして皇帝がこうも揶揄われてばかりではそれこそ威厳に関わるというものだ。

「ごめんごめん。……それにしてもすごい書類の量。何か手伝おうか?」
「いえ、大丈夫よ。これでも確認のいらないものは殆どヒューベルトたちが引き取ってくれてるの。ここにあるのは全部私が考えなければいけないもの。私がやらなきゃ意味がないわ」
「そう。……うん、えらいえらい」
「それ以上揶揄うといい加減怒るわよ……。それより用件は? 何か用があってここに来たんでしょう?」
「そうだった、そのヒューベルトから頼まれてね。『そろそろ音を上げてる頃だろうから少し休ませてやってくれ』って、ちょっとしたお茶菓子と一緒に」

 そう言いながら紙袋から せんせい が取り出したのは、丁寧に包まれたクッキーの束。花をかたどられたそれの中心には赤や黄色のジャムが乗っている。
 当然ながらヒューベルトにこんな趣味はない。となるとこれを作ったのは……。まあ、全てお見通しなのは少し不満だが、この好意を受け取らない選択肢もないだろう。

「そうね、ありがたくいただきましょう。お茶の準備もしないとね」
「私が淹れましょうか、皇帝陛下?」
「もう、こんな時ばっかり……。いいの、私が淹れるわ。貴方と2人きりの時くらい、皇帝という立場は忘れたいから」
「そう。じゃあ、お願いしようかな」

 ——溢して書類を紅茶まみれにしたら悲惨なので、窓枠にカップを2つ置く。優雅にのんびり楽しむだけの余裕はないので、クッキーは紙袋を敷いた上に置く。民や臣下が見ればはしたないと失望するだろうか。……まあ、気にすることはない。こんな宮城の上階をわざわざ見上げる者もいないだろう。
 教師と生徒か、或いは夫婦か。いずれにしたって、こうして せんせい と並んで過ごす時間は、とても、心地いい。

「ねえ、エル」
「……何かしら。……ベレ………… せんせい
「もう少し仕事が落ち着いたら、休みが貰えないか一緒に掛け合ってみよう」
「……ふふっ。そうね。2人なら、ヒューベルトの説教も怖くないかもしれないわ」

 戦争は終わった。戦いはまだ終わっていない。宮城の机の数々が、今の私の戦場だ。大義も野望も叶えるためには、まだまだやらなければならないことが数多く残っている。そしてきっとそのどれもが、 せんせい とならば乗り越えていけることなのだろう。……望む未来を勝ち取るため、欠伸をしている暇はない。

 ——うん、だけど。
 ほんの数分、今だけは、愛しの人と、束の間の逢瀬を。

- Afterword -
2023/07/10 投稿作品

FE風花雪月より、エデレスのSSです。
プロセカ以外では初めて書いた作品となります。

FE風花雪月、本当にとんでもないゲームでした。全ルート完走まで200時間。
それだけ時間をかけても全く苦じゃないのが一番とんでもないです。
この作品でも描いたようなエデレスの温度感、他のCPには無い味があって全然大好きなのですが、
2人に関する解釈を深めるためにはまた何周もプレイする必要があり……。
いくら面白いゲームとはいえ今やり直すとなると単純に時間が足りない……。
何かの間違いで1か月くらい休みができたら、またプレイして新作も書いてみたいですね。