夏空にはサイダーを添えて
『新発売 金沢カレーサイダー 200円』
アタシと吟子ちゃん、小鈴ちゃん、それといずみん。練習の休憩時間に自販機へやってきたアタシたちの目に留まったのは、そんなあまりにもやりすぎな新商品だった。
「なんで金沢カレー……?」
ぼそりと呟いた吟子ちゃんの疑問はもっともだろう。缶のど真ん中にでかでかと書かれたカツカレーは、とてもサイダーとは思えない暑苦しさを全面に押し出している。
今日の気温は衝撃の36度、練習は室内とはいえ一歩外に出れば金沢とは思えない蒸し暑さだ。普通ならサイダーなんて見かければ泣いて飛びつく程のアイテムのはずなのに、これには全く惹かれるものがない。200円という価格設定もあまりに強気すぎるし、そもそも何で辛いカレーと甘いサイダーを合わせちゃったんだ。まるで真逆じゃないか。
流石に買う人なんていないだろう、もちろんアタシもパス。そう結論付けて隣のスポーツドリンクに目を向ける……はずだったのだけれど。
「えいっ」
そんな明らかなハズレに勇敢にも立ち向かう、1つのちいさきいのち。
「小鈴ちゃん!?」
「やめた方がいいよ小鈴、絶対後悔するよ!!」
「止めないで! これもチャレンジ……そう、チャレンジです!!」
小鈴ちゃんの目はまだ見ぬ景色に燃えている。その先の景色が文字通り焼け野原だとも知らずに……。こうなったら小鈴ちゃんはもう止まらない。残念だけど引き留めてあげるのはもう諦めて、数分後間違いなく凹む小鈴ちゃんをどう慰めるか3人で考える方にシフトするべきだろう。ウキウキで缶を開ける小鈴ちゃんにバレないよう、吟子ちゃんといずみんと目を合わせ、うなずき合い。
「じゃあ、私も挑戦してみようかな」
「「なんで!?!?」」
一人が速攻で裏切った。
「いずみんこれはヤバいって! やめた方がいいって!!」
「そうだよ泉さん!! 小鈴はもう助からないけど、泉さんまで死んじゃうのはよくないよ!!」
「えっ、徒町もう助からないの?」
「私たちは同じスクールアイドルクラブの2年生。それなのに小鈴さん1人を見殺しにするわけにもいかないだろう?」
「待って、徒町見殺しにされてるの??」
「なるほど……それでいずみん、本音は?」
「こんなに予測不可能で面白そうなもの、みすみす見逃すのは人生の損失だと思わないかい?」
「「どうせそんなんだろうと思った!!」」
そうだった……いずみんはこう見えて、面白そうなことには割となんでも首を突っ込んじゃう小鈴ちゃんに負けず劣らずのおてんばガール……! これは彼女の性格を考慮に入れていなかったアタシたちのミスだ。
止められなかったことは悔やまれるけれど、本人たちが死地に向かいたいというのであれば仕方がない……そう結論付けようとしたアタシたちに、しかし策士いずみんが先手を打つ。
「2人は飲まないのかい?」
「「えっ」」
前にせらりんがこう呟いていた。「泉は時々悪魔みたいになる」と。……なるほど、今ならせらりんの気持ちがよく分かる。
「確かに! せっかくなら4人で飲もうよ!!」
「い、いや小鈴ちゃん、流石に見るからにヤバそうだしアタシはパスしたいかなぁって〜……」
「残念だな……せっかく同じ2年生の仲間だというのに……」
「そんな仲間の制止を振り切ったんはそっちでしょ!? あと小鈴はともかく泉さんはそんなに残念がってないでしょ!!」
目をキラキラさせながら迫ってくる小鈴ちゃんと、わざとらしく目をうるうるさせているいずみんの猛攻を、吟子ちゃんと必死に耐え凌ぐ。
……さて、ここで蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ2年生のパワーバランスについて説明しよう。104期生の発言力は絶妙なバランスを保っていて、基本的に多数派がそのまま人数有利で押し切ることがほとんどだ。アタシであれいずみんであれ、3対1の構図を崩すことはそうそうできない。問題は2対2で綺麗に別れた時。こういう時は——。
「そっかぁ……じゃあ、徒町と泉ちゃんだけで飲もっか…………」
「……ああもう、分かった! 私たちも飲むから!!」
「飲むからそんな悲しい顔しないでぇ〜!!」
——こういう時は大抵、小鈴ちゃんがいる方が勝つ。勝てないのだ、この小動物みたいな可愛さと愛しさに。
こうして結局4人で地獄へ弾丸旅行をすることになった、ちくしょう。一つため息をついて200円を投入。出てきたアルミ缶の冷たさだけは随分と爽やかさを感じさせて、なんだか腹が立ってきた。
「それじゃあ、かんぱーい!」
「「「かんぱーい」」」
1人だけ行き先が地獄だと気付いていない小鈴ちゃんの掛け声で、皆一斉にサイダーを口にして。
「「「「……………………」」」」
全員、なんか見たことない顔になった。
いや、皆普段こんな顔しないってだけで、この顔自体はネットで見たことがある気がする。……そうだ、名探偵ピカチュウだ。しわしわになったピカチュウがとぼとぼ歩いている画像。まんまあれの顔だ。そして多分アタシもその顔になっている。
「……こーれは、ひどいねぇ……」
「トンカツの脂っぽさと、キャベツっぽい青臭さがすごくする……気持ち悪い……」
「美味しくないが吐くほど不味くもない……面白みもなくただただ不快な不味さがする……」
「わからない……なんでこんなにおいしくないのかも、なんでこんなにおいしくなくしたのかも……何もわからない……徒町は悲しい……」
「というかカレー要素なくないかなぁ?」
「「「いや本当それなんだよね」」」
口々に溢れる悲しみと呪詛。別に突き抜けて不味いっていうわけでもないのがまたタチの悪いところだった。面白さに昇華することもできず積もっていくやるせなさ。それを吹き飛ばしたのは、言い出しっぺのあの子だった。
「……はい! 徒町は、お口直しに売店のアイスを提案します!!」
ついさっきまで「徒町は悲しいbot」と化していた小鈴ちゃんの提案に、アタシたちは顔を見合わせる。
「……うん、いいねいいねぇ。ナイスアイデア、小鈴ちゃん!」
「確かに良い案だと思うけど……そろそろ休憩終わっちゃうよ? 買いに行く時間ある?」
「急げば間に合うんじゃないかな? それに、先輩方やセラスの分も買っていけば、遅れても許してもらえるかもしれないしね」
「おぉ、いずみん悪いこと考えるねぇ〜」
「よーし! それじゃあ、いそげー!!」
小鈴ちゃんの掛け声で、今度は4人で走り出す。笑顔の小鈴ちゃんに、それを眩しそうに見つめるいずみん。吟子ちゃんはちょっと呆れ顔で……アタシは、どんな顔してるのかな? なんでもいっか。あんなひどいもの飲んだ割には、なんだか心も晴れ晴れしてるし。
走りながら見上げた空は、雲一つない快晴。——本当に、笑っちゃう程爽やかな青が、アタシたちの夏に広がっていた。
2025/08/18 投稿作品
『イヤホンと蝉時雨』という曲があります。
夏の爽やかさと切なさを詰め込んだようなその曲が大好きで、
なんとなくそんな爽やかな4人を見たくなって書いたのがこの作品です。
夏、いいですよね。
ここ最近の酷暑のせいで、なかなか爽やかとは言い難いものになってしまいましたが、
それでも青春の夏が持つあの空気感は、
いつだって唯一無二のものだと思うのです。