酔いを回すにはまだ早い

「ねえ、吟子ちゃん。知ってる? フィクションでよくウイスキーボンボンで酔う展開とかあるけどさ、あれって実際にはそうそう起こらないらしいよ」
「へぇ」
「この前ネットで試してる人を見たんだけどね、酔いが回るほどお酒が入る前に糖分過多で気持ち悪くなっちゃうんだって」
「なるほど」
「だから高血糖で少し頭はぽわぽわするけど、漫画みたいにべろんべろんになることはないんだってさ。夢のない話だよねぇ」
「……別に、姫芽もそのネットの人も嘘をついてるとは思わないんだけど」

「うぇへへ〜いずみひゃん、これしゅっごくおいひいよぉ〜えへへ〜〜」

「——これを目の前にして『ウイスキーボンボンで酔うことはない』は、流石に無理があるかなって」
「いや、ほんとにね……百聞は一見にしかずというか……」

 どうして、どうしてこんなことになってしまったのか……べろんべろんになってる小鈴ちゃんを眺めながら、アタシたちは頭を抱える。
 泉ちゃんも交えての104期生お泊まり会、そこに小鈴ちゃんがお土産を持って来たのは全くの偶然だった。友達が食べきれない量のチョコレートを貰って困っていたから、それなら徒町が貰って吟子ちゃん家で皆で食べよう!と引き取って来たらしい。
 まあそれならばととりあえず箱を開けてみたものの、もぐもぐ食べてる小鈴ちゃんのかわちぃ仕草を眺めてたり、コーヒーの準備を手伝ってたりしてて結局1つも手をつけられていなかった。……なんだか様子がおかしいと気付いた時には後の祭り。こうしてふにゃふにゃの小鈴ちゃんと頭を抱える同期2人が完成してしまったわけなのだ。

「ていうかいずみんは何で止めてくれなかったのさ〜!! コーヒー淹れてたアタシたちと違ってずっと部屋にいたでしょー!?」
「ごめんごめん。でも私も、まさかウイスキーボンボンで酔う人が現実にいるとは思ってなくてね」
「まあそれはいいんだけど……泉さん、なんかこの状況楽しんでない……?」
「まさか、そんなことはないよ?」

 いや、それに関しては多分嘘だろう。なぜなら言葉に対していずみんの顔が明らかにニコニコしているから。
 まあ、気持ちが分からないわけではない。アタシたちの想像を遥かに超えたところで小鈴ちゃんが明らかに様子のおかしいことになっている。確かにいずみん的には予測不能で面白いことかもしれないけど〜!
 でもでもこちらとしては心が掻き乱されて仕方がない。心配はもちろんあるけど、それ以上に今の小鈴ちゃん、なんか変に艶っぽいというか……!!

「ひめちゃ〜ん、ぎんこちゃ〜ん!」
「わわっ、小鈴ちゃん!?」
「ちょっ、ちょっとくっつかんどいて!?」
「ふぇ〜?」
「ふぇ〜?じゃなくて……!」

 アタシたちを抱き寄せて、ほっぺたをすりすりしてくる小鈴ちゃん。ああもう可愛いなぁ! でもダメだよそんなことしちゃ!! アタシも吟子ちゃんも、すぐ勘違いしちゃうんだから……!
 横目に2人の様子を見てみれば、たくさんスキンシップがとれて満足げな小鈴ちゃんと、顔を真っ赤にしながらごにょごにょと何かを呟いてる吟子ちゃん。わかるよ。いろいろ漏れちゃいそうになるよね、自己暗示かけ続けないと。

「こ、小鈴ちゃん〜? そろそろお水とか飲んだ方が」
「がおーっ!!」
「「わっ!?」」

 やんわりと引き剥がそうとしたのに、逆に勢いよく飛び込んでこられて、思わず後ろに倒れてしまった。流石に暴れすぎだぞって叱ろうとした時、小鈴ちゃんにぎゅっと抱き寄せられて、耳元で小さく囁かれる。

「姫芽ちゃん。吟子ちゃん。……大好き、だよ」

 …………。
 ……それはさ。勘違いするなって方が、無理な話じゃん。
 そんな心の呟きが形になることはなかった。それを聞いてくれるはずだった相手が、アタシたちの間ですぅすぅと寝息を立て始めたから。

「……ちょっと水とってくる」
「あ、アタシも手伝うよ〜!!」

 どちらからともなく飛び起きては、そんな適当な理由を見つけて部屋を飛び出す。既にコーヒーがあるから水はなくてもいいとか、酔いを覚ますにしても一番飲むべき人間は今寝てるだとか、そういうことを考える余裕はなかった。
 とにかくこの場から離れたかった。留まっていれば、溢れてしまう。溢れてしまえば、たとえ本人が聞いていなくても、もう元には戻れなくなる。

「こっちの気も、知らないで」

 そう呟いたのはアタシと吟子ちゃん、どっちだったか。
 きっと、どっちもだったのだろう。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……酔いは覚めたかい?」
「うん。……泉ちゃんは優しいね」
「はて、何のことやら」

 畳に身体を投げ出したままの小鈴さんは、そのまま起き上がる気配はない。当然だろう。彼女は今、酔い潰れて寝ていることになっているのだから。
 いくら面白いものが見れそうだからと言って、16歳の友人が酔っているように見えれば私だって止める。席を外していた姫芽ちゃんや吟子さんと違い、私はずっとここで小鈴さんと話していたのだ。ウイスキーボンボンで酔うという発想がなくても、異変に気付くくらい難しいことではない。
 私がこの状況を楽しんでるのは……彼女が酔い潰れているからではなく、彼女が、私を共犯者に仕立て上げてみせたからだ。

「それにしても……こんなことしなくとも、小鈴さんの言葉であればどんなものでも真摯に受け取ってくれると思うけどね、あの2人は」
「そう、かなぁ? 徒町は子供っぽいところがあるし、冗談だって流されちゃいそうな気がする……」
「こんな名演技を成し遂げて『子供っぽい』ことはないだろう」
「そもそもこういうイタズラしか思いつけないのが子供っぽい! ……それに、どっちかじゃなくて、どっちもがいいって思ってしまうところも……」
「それはまあ、一理あるかもね」

 遠くから聞こえてくる2人の足音を合図に、束の間のやり取りは終わりを告げた。再び始まる小さな寝息に、敢えておやすみと声をかけて、テーブルに残ったウイスキーボンボンを一つ口に放り込む。
 ぴりぴりとしたアルコールの感覚と、どうにも慣れない独特の風味。……それでも口に残るチョコの甘さが、最後に全てを持っていった。

- Afterword -
2025/08/05 投稿作品

毎日投稿を楽しみにしてるお気に入りのYouTuberがいるのですが、
そのYouTuberの企画で
「ウイスキーボンボンをたくさん食べて酔う奴いない説」
というものがありました。
スカしたタイトルの割に実態はウイスキーボンボン大食いという
シンプルにかわいそうすぎる企画です。
結論はこの作品の冒頭の通りでした。

というわけでウイスキーボンボンで酔うというのは
ほとんどファンタジーの話になってしまったのですが、
ファンタジーならファンタジーなりの活かし方というものがあります。
現実というのはなかなかつまらないものですが、
現実の話がなければこの展開は組めなかったと考えると、
ちゃんと目を向けるのも悪くないものですね。

まあ、書き始めた時は普通にべろんべろんにするつもりだったのですが……。