はと
部室の扉を開けると、鳩人間がいた。
何を言っているのかさっぱりだと私自身も思う。だがそうとしか言い表せない状況だった。
パイプ椅子に姿勢良く座り佇む、鳩の被り物を被った謎の女性。……いや、正確に言うと謎ではない。胸元で揺れる黄色いスカーフと被り物から僅かにはみ出た茶髪を見るに、これは間違いなく小鈴さんだ。小鈴さんが、鳩の被り物を被って、無言で姿勢良く佇んでいる。
「……フフッ……」
あまりに意味が分からない。何故鳩の被り物を被っているのか。何故こんなにも姿勢良く座っているのか。何故一切喋らないのか。行為も動機も全てが謎に包まれている。今私に分かるのは小鈴さんの様子が明らかにおかしいことだけだ。……そして私は、こういう様子のおかしい愉快な人間にとても弱い。
「ふ、フフッ、小鈴さん、一体それはどうしたんだい……?」
意図が見えない以上下手に笑うのは失礼かもしれない。そう思いどうにか平静を装いながら声をかけると、小鈴さん(鳩)はゆっくりとこちらの方へ顔を向けた。
……暫しの沈黙。目線が合い続けているあまりにもつぶらな鳩の瞳に私の我慢が限界を迎える、その刹那。
「ポウッ↑」
私の表情筋は崩壊した。
あまりにも完成度の高すぎる鳴き真似だった。小鈴さんの歌唱力の高さが皮肉なまでに完璧に作用していた。
「あははははははは!! ひぃ、ははははは!!」
「ふっふっふ……泉ちゃんを笑わせるチャレンジ、成功です!!」
膝から崩れ落ち腹を抱える私を見下ろしながら、勢いよく被り物を脱ぎ捨てた小鈴さんが勝ち誇った顔で笑っている。
「はぁ、はぁ……いや、完敗だよ……! それは、ずっと準備してたのかい?」
「うん! この前たまたま見た動画がすっごく面白くて! 折角ならチャレンジにしようと思って大倉庫から借りてきたんだ!」
「ちなみに鳩のモノマネは……」
「練習しました! 2週間みっちりと!!」
「に、2週間も……練習したんだね……!!」
あまりにも鳴き真似一つにストイックすぎる。無軌道なチャレンジと何事にも全力な真っ直ぐさは小鈴さんの大きな魅力だ。本当に見ていて飽きることがない。それはそれとして笑いすぎて頭が痛くなってきた。
「ふふふ……あとは吟子ちゃんと姫芽ちゃんで2年生コンプリートだね!」
「なるほど、2年生皆に仕掛けるのか。いいね、きっと今の小鈴さんなら2人とも笑わせられるさ」
「え、泉ちゃんもやるんだよ?」
「……え?」
「徒町が勝ったから、泉ちゃんもこっち側だよ?」
小鈴さんは当然のようにそう言って、懐から2羽目の鳩を取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部室の扉を開けると、鳩人間がいた。
何を言っているのかさっぱりだと私自身も思う。でもそうとしか言い表せない状況だった。
パイプ椅子に姿勢良く座り佇む、鳩の被り物を被った謎の女性。……が、2人。小さな鳩人間と大きな鳩人間が、一言も言葉を交わすことなくただ並んで正面の壁を見つめている。
正体は分かる。誰がどう見たって小鈴と泉さんだ。誰がどう見たってその2人なんだけど、何故2人がこんなに姿勢の良い鳩になっているのかは全く分からない。
「ンフッ……」
シュールすぎて変な笑いが出てきた。ここまで露骨に意味が分からないといっそ清々しさすらある。
そんな上がっている私の口角を察知したのか、小鈴(鳩)がゆっくりゆっくりとこちらに視線を向ける。
「ポウッ↑(激似)」
「ぐっ……ふ、ふふ……!」
あまりにも似過ぎている。確かに小鈴は歌が上手いのもあって高音も上手に出せるだろうけど、だからといってここまで寸分の狂いのない鳩になれるものだろうか。小鈴のことだから裏でずっと練習していたに違いない。その光景がまたシュールすぎて想像するだけでまた笑いが込み上げてきた。
そして肩を震わせる私に追い打ちをかけるように、隣で佇んでいた泉さん(鳩)がゆっくりとこちらに視線を向ける。……まさか、やるの!? 超えてくるつもりなの、この小鈴(鳩)を!? いやでも泉さんならあるいは……。ただ声真似で勝てても面白さであのインパクトを超えるのは難しい——。
「𝑷𝒐𝒘…」
「いや声ひっく!?!?!?」
あまりにもダンディな低音だった。セリフがセリフならクラスメイトが悶絶するであろう綺麗な声だった。
「ひぃ、ひぃ……!!」
「ふっふっふ……吟子ちゃんにも完全勝利してしまいました……!」
「あの吟子さんをここまで完膚なきまでに叩きのめしてしまうとは……この被り物もなかなか侮れないな」
膝から崩れ落ちた私を見下ろすように、被り物を脱いだ2人がゆっくりと立ち上がる。随分と満足げな表情だった。泉さんに至っては心なしかいつもより肌がつやつやしている気がする。
屈辱だ……。悔しいけど、最後のダンディすぎる鳩が変なツボに入ってしまって呼吸を整えることすらままならない。私を笑わせることが2人の目的だったのなら、これは私の完全敗北と認めざるを得ない。
「こんな、こんなので……はぁ、はぁ……!」
「悔しいのか面白いのかよく分からない顔をしているね」
「大丈夫だよ吟子ちゃん! そんな吟子ちゃんにも仕返しのチャンスがあるから!!」
そう言って小鈴が鞄の中から取り出したのは……3羽目の鳩の被り物。
「ま、まさか……」
「そう! 3人で挑もう! ラスボス……姫芽ちゃんに!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
部室の扉を開けると、鳩人間がいた。
何を言っているのかさっぱりだとアタシ自身も思う。でもそうとしか言い表せない状況だった。
パイプ椅子に姿勢良く座り佇む、鳩の被り物を被った謎の女性……が、3羽。大中小と揃った鳩人間が、一言も言葉を交わすことなくただ並んで正面の壁を見つめている。
正体は分かる。誰がどう見たって小鈴ちゃんといずみん、そして吟子ちゃん……アタシと同じ2年生の仲間たちだ。吟子ちゃん(鳩)に至ってはきっちりいつもの髪飾りもつけてて……って吟子ちゃん!? なんで!? 一体何があったらこんな堂々と鳩の被り物を被るようなことに!?
「ふ、ぐ、うぅっ」
全ての状況があまりにシュールすぎるけど、不意にこぼれそうになる笑いを必死に抑える。
こうも友達が露骨に笑わせに来ていると、逆に耐え切ってみせたくなるのが高校生の性。舐めるんじゃあないよ、こちとらみらくらぱーく!やってるってんだ。皆を笑顔をするのが本業なんだ、そう簡単にお株を奪われてたまるかーって話なんですよ。
さあ、ここからどう攻めてくる? 順当にいけば小鈴ちゃんあたりが鳩のモノマネとか始めそうだけど——と、そんなアタシの思考を遮るように。
突如として部室に響き渡る『ココン東西』のイントロ。
「!?!?」
ナンデ!? ココントウザイナンデ!?!?
混乱するアタシをよそに、どこからか出したタンバリンとマラカスを情熱的に奏で始める小鈴ちゃん(鳩)といずみん(鳩)。あまりにも演奏に気合いが入りすぎている。2人ともこの前カラオケ行った時はそんなこと一度もしなかったじゃん!! というかそれはどこから持ってきたの!?
ま、まずい、このままじゃ負ける……! 視線を逸らしつつ右手で上唇を物理的に押さえつけてみるけど、両耳から入ってくるタンバリンとマラカスにあまりにも熱が入りすぎてて落ち着く暇がない。
そして決壊寸前のアタシにトドメを刺すかのように——タンバリンもマラカスも持っていない3人目、吟子ちゃん(鳩)がゆっくりと立ち上がる。……右手には、駄菓子屋で売ってるカラオケマイクラムネ。
まさか……歌うのか!? 吟子ちゃんが、ハト語で、ココン東西を!? ここでブランドイメージを全部投げ捨てる覚悟なのか!? そんなの……そんなの絶対面白すぎる……!!
イントロは終わり際。マスクの奥から小さくブレスの音が聞こえる。いやダメだ安養寺姫芽、こんな見え透いたボケで笑ったらダメだ! 分かってるなら耐えなきゃいけない、そう、一番面白いハト語の吟子ちゃんを予想して——!!
「——装備よし!! 準備よし!!」
「いや普通に歌うんかーい!!!!!!!!!」
あまりにも完璧な歌い出しだった。美しい声、十分すぎる声量、振りのキレや力強さも含め、全てに文句のつけようがなかった。顔が鳩でなければめぐちゃんを幻視していただろう。それ程に完璧なココン東西だった。
「フハハハハ、ひぃ、ひいっ……!!」
「さあ行こう冒険へ! サクッとレベルを上げましょう!!」
「もうやめて!! 負け負け! アタシの負けだから!! ひぃ、はぁっ……!!」
腰が抜けて立ち上がれない。笑いすぎてしゃっくりが出てきた。
膝をついて苦しむアタシを取り囲むように、悪魔(鳩)たちが寄ってくる。被り物を脱いだ小鈴ちゃんといずみんは、なんだか随分と満足そうな顔をしていた。
「ふっふっふ……完全勝利、です!」
「作戦を大きく変えたのが功を奏したね。流石は吟子さんだ」
「まあ姫芽をコテンパンにできたから今回は許してあげるけど……もうこんなことせんからね?」
遅れて被り物を脱いだ吟子ちゃんは、困ったような誇らしいような複雑な表情をしている。顔が真っ赤ということは恥ずかしくはあったのだろう。
「いやぁ、完全に負けたよぉ……。吟子ちゃん、この前のコスプレを通してまた一皮剥けた感じだねぇ……」
「……」
「……? 吟子ちゃん?」
「……装備よし! 準備よ」
「や、やめて!! 刷り込まないで!! 歌えなくなっちゃう、二度とシラフで『ココン東西』歌えない身体になっちゃう!!!!」
怯えるアタシを見て2人が笑って、吟子ちゃんが笑って、それを見てアタシも思わず笑っちゃって。
ああ、アタシたち、こんなしょうもないことでも声を上げて笑えるくらい仲良くなれたんだねって、それが嬉しくて可笑しくてまた笑った。
「とにかく、これで今回のチャレンジも成功です!」
「ありゃ、そっか、アタシが最後か〜。それならもっと早く来れば良かったなぁ」
「やっぱり、負けっぱなしは性に合わないかい?」
「そりゃあねぇ〜。まあでも仕方ないし、また次の機会にでも——」
『どーこだっていけーるよねー♪ せーのでこのーかべをーこわしーてー♪』
不意に廊下の向こうから聞こえてくる、ご機嫌なせらりんの声。
「「「「…………」」」」
目を見合わせたアタシたちの思いに応えるように……小鈴ちゃんが、4つ目の被り物を取り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
こんにちは。今日もご機嫌なセラスちゃん(16)です。
誕生日がいいものなのは知っていましたが、誕生日の次の日までいいものだとはこの年まで知りませんでした。昨日の配信を通してわたしの誕生日を知ってくれた同級生が、先輩が、先生が、遅ればせながらわたしの生誕を祝福してくれるのです。ご機嫌です。ご機嫌すぎて鼻歌まで歌っちゃいます。
そう、言ってしまえば今は誕生日のアディショナルタイムだったのです。つまりまだ誕生日と言っても過言ではない。これはスクールアイドルクラブの先輩方にも追い褒めをしていただくしかありませんね。
「たのもー! アディショナルタイムのせっちゃん、で…………」
部室に先輩はいませんでした。代わりに人型だけど明らかに人ではない何かが4体、まっすぐに整列してはわたしのことを見つめています。
左から順にハト、ハト、ハト、ウマ。なぜ最後だけウマなのか。わたしにはとても聞けませんでした。
「……あ、あの、どちらさまで……」
「「「「……」」」」
「えっ、あの、ごめんなさいわたし下っ端なので要件があれば部長に」
「ポウッ↑(激似)」
「𝑷𝒐𝒘…(イケボ)」
「ポッポー(美声)」
「オオサワルリノダヨー(大嘘)」
「急になんですか!? 最後のお馬さんはなんで見え透いた嘘をついたんですか!? あっちょっと近づいて来ないで、圧が、圧がすごいです!! ちょっ、分かってますから!! 本当は2年生の先輩方だってちょっ近い!! やめて怖、ちょっ……た、助けてー!! 花ちゃーん!!!!」
2025/06/27 投稿作品
我ながらカスみたいな作品だと思います。
反省も後悔もしていませんが。
104期生が好きです。
小鈴ちゃんが好きなので当然なのですが、
泉ちゃんを迎え入れたことでもっと好きになりました。
もっともっといろんな4人の姿を見てみたいなぁと思い、
勢いで書いてみたのがこの作品です。
ここまではいかなくとも、
4人には女子高生らしい馬鹿なこともたくさんしてほしいなぁと思います。