陽性残像
「やっぱりここにいた」
「……慈」
人気
のない、部室棟の音楽室。本来は部室棟にある通りいろんな部活動の利用を想定されてる部屋だけど、その絶妙な狭さからほとんどの部には使い道がなく、最近ではもっぱらスクールアイドルクラブ専用の施設と化している。
そんな狭くて寒い音楽室の、よりによって余計に寒い窓際でピアノに背を向け雪を眺める馬鹿に、自販機で買った缶コーヒーを投げ渡す。部室も近いしコーヒーくらい淹れてやることもできたけど、生憎そんな優しさは持ち合わせていなかった。
「そんな風邪引きそうなところでぼーっとしないの」
「あ、ありがとう……。でも、どうしてここに……」
「何処ぞの大馬鹿者が後輩のことを振ったらしいから、その馬鹿の面を拝みに来てやった」
「…………そう」
別に噂になってたわけじゃない。当事者以外に知ってるのは私ともう1人だけ。何なら当事者に話す気がないのだから、今後噂になることもないだろう。綴理やるりちゃん辺りは何かしら勘付くかもしれないけど、それ以外の人間にはきっと分かりっこない。
そんな中私がその話を知れたのは、単純にその「もう1人」に話を聞いたから。きっと当事者たち以上に途方に暮れていた後輩の、小さな背中を見つけたから。
「正直さ、私もあんたがそこまでの馬鹿だとは思ってなかったよ」
「……返す言葉もないわね」
「自分で認めてんじゃないよ、大馬鹿野郎」
手元に残ったもう1本の缶コーヒーを開けながら、ピアノの椅子に腰掛ける。外を眺め続ける梢の顔は、ここからじゃまだ見えない。別にあまり気にするつもりもなかった。見られたくない顔は誰にでもある。それに触れない代わりに、私も真っ直ぐに思うことを投げつける。
「お似合いだったじゃん、君たち。付き合うなんて言い出したってもう今更誰も驚かないし文句も言わない。梢だってそれくらい分かってたでしょ」
「……そうね」
「ラブライブ!だって終わった。私たちは優勝して、夢を叶えた。完璧な終わり方だよ。もうラブライブ!以外のことに目を向けたって平気。そうだったはずでしょ?」
「慈の言う通りね」
「じゃあ、なんでそんな馬鹿なことしたのさ。自分たちが真剣で、周りも祝福してて、環境も落ち着いて、振る理由なんてないでしょ」
窓から少し離れたこの席でも、外から貫通してくる冷気が顔を刺す。梢の座る窓際はこんな比じゃないだろう。頭を冷やすつもりなのか、それとも反省かなんかのつもりなのか。どっちにしろ、燻っていた気に入らない気持ちに火をつけるには十分な態度だった。
「ねぇ、私はさ、怒ってるよ」
「……ええ、分かっているわ」
「後輩を1人置いていくのが怖くなった? あれだけ愛情を注いでおいて、今更ひとりぼっちにするのが怖くなった?」
「……」
「それとも何? 最初から遊びのつもりだった? 可愛い後輩を2年かけて依存させて最後の最後に捨てるみたいな、そんな悪魔もびっくりのサイコパスだったってこと?」
「…………」
……分かってる。分かってるんだ、本当は。2年もあれば答えなんて聞くまでもなく分かる。それでもどうか、そんなしょうもない理由であってくれと願ってみたけれど。結局、大した意味はなかった。
「『昔の女が忘れられない』とか言い出したら、本当に怒るぞ」
……梢は振り向かなかった。相も変わらず降り続ける雪を眺めていた。きっとお互いその方が都合が良かった。見られたくない顔は、誰にでもあるから。
「違う誰かの影を見ながら『愛している』だなんて、傲慢が過ぎるでしょう」
凛とした声は、小さいながらも静かな部屋によく響いた。
「……馬鹿真面目。人間そうやって都合の悪いことを忘れていくんだよ。きらきらしたものを見て、楽しいことだけをやって、そうやって勉強だのテストだの、そういうものを頭の外に投げやるの」
「そういうものなのね」
「今のはツッコミ待ちでしょうが」
本当に、愚かな奴だ。何でもそつなくこなせるようでその実誰よりも不器用で、何かを積み重ね続けるせいで、何もかもを抱え込んで捨てられない。過去も、失敗も、呪いも全部全部。
「……全部さ、偶然なんだよ。私がいなかったらきっと綴理だった。綴理もいなかったらきっと沙知先輩だった。……雛鳥と一緒だよ。最初に目を奪われたものに騙されてるだけ。最初に感じた衝撃を恋だと勘違いしてるだけだよ、梢は」
「……そうかもしれないわね」
「せめて否定しろ馬鹿!」
ああほら、遂に大声が出てしまった。梢が、梢が悪いんだ。私たちの呪いを、捨てようとしてくれないから。
「ねぇ梢、私はここからいなくなるんだよ! 私は海外に行くんだ、冗談じゃなくて本気で!!」
「えぇ、疑ってないわ」
「皆、みーんな置いていく! るりちゃんだって置いていく!!」
「それはそうね」
「めぐちゃんは世界中を夢中にさせるんだ、めぐちゃんは世界中皆のものになるんだ!!」
「素敵なことね」
「花帆ちゃんは……花帆ちゃんはそんなことしない!! 梢を置いてどっかに行ったりしない、ずっと一緒にいてくれる!!」
「……そうかもしれないわね」
「梢の本心にだって気付いてる! だからずっとあの子は待ってるんだ!! 責めることも塞ぎ込むこともしないで、梢が答えを出すのをずっと待ってる!!」
「そうね……あの子は、賢いから」
「……だからさ、梢」
「さっさと忘れなよ、私のことなんか。……さっさと捨てなよ、そんな思い出なんか……」
大切なものがいっぱいあるのに、掴める幸せがたくさんあるのに、大切「だった」過去に囚われて凍えてるなんて、馬鹿みたいだ。
それなのに梢は振り向いて微笑む。瞳の奥でゆらりと揺れるマーメイドグリーン。憂いに満ちた、そんな目だった。
「……忘れるには、あまりにも鮮烈すぎたのよ。あなたの見せてくれる景色全てが、あなたの見せる姿全てが鮮やかすぎて、瞼の裏から消えてくれなくて……不器用で愚かな私には、どうしても捨てきれないの」
ごめんなさい、と。そう呟き俯いた顔は、それ以上はよく分からなかった。
「……大馬鹿野郎」
あんたがそうやって哀しそうに笑うから。
私だって、いつまで経っても捨てられないじゃんか。
……それ以上の言葉は交わさなかった。ただ、ただ、降り続ける雪を眺めていた。手元の缶に残った最後の一口を飲み干す。冷め切ったコーヒーの苦味が、ほんのちょっとだけ心地よくて…………そんな些細な感情が、本当に、本当にひどく厭になった。
2025/02/09 投稿作品
CPとして考えた時に、梢と慈の間にだけ存在する、
湿度とひとまとめにするにはあまりにも重くてどろどろとした感情にどこか惹かれてしまいます。
103期生や104期生では起こりえない、きっと105期以降の子たちに起こることもない、
そして綴理が関わる関係性とも違う、あの2人の間にだけ横たわる感情に。
特に温めていたネタなどがあるわけでもなく、
その感情を自分なりの形にしてみたくて一晩で書き上げた作品です。
書きたいものは書けたと思います。
彼女たちが卒業してしまえば、こういった話を書くことも減ってしまうのでしょうか。