夢路の果てに、夢を見る
1月25日土曜日、夜10時。夢の舞台に想いを馳せる、最後の夜。
明日になれば慌ただしい1日が始まる。朝から会場に入ってスタッフさんと最後の打ち合わせ、お昼にはリハーサルを挟んで、そして夜にはプレーオフ本番がやってくる。皆が叶えてくれたわたしの夢、瑞河女子の名を背負ってのラブライブ!。絶対に下手なパフォーマンスはできないから、英気を養うためにも今日は早めに寝たいのに……ぱっちりと目が冴えてしまって全く寝付ける気配がない。
泉がいない、静かな部屋で一人ベッドに寝転がる。おかしいな、今日も移動以外は全部練習と調整に費やして身体はへとへと。遠征費節約のために野宿を試みたことだってあるわたしが、こんなふかふかのベッドで寝れないなんてこと、あるはずがないのに。
仕方ない、こういう時はあんまり寝よう寝ようって考えすぎない方がいい。本当は良くないんだけど、起き上がって枕元のスマホを拾い上げる。ロック画面に並ぶたくさんの通知、その一つ一つが、瑞河の皆が、長野の友人たちが、出会ってきたスクールアイドルの仲間たちが、わたしに向けて送ってくれた応援メッセージだった。
電話も来ていないのにスマホが震える。……違う。震えているのは、わたしの両手だ。
……そっか。わたし、緊張してるんだ。
自分が緊張していることにすら気付けないくらい、緊張してたんだ。
思えば、演者としてスクールアイドルの大会に臨むのは初めてだ。
今まではずっと泉の補佐だった。泉が最高のパフォーマンスを発揮できるようにあらゆるサポートを行うのが、これまでのわたしの仕事。衣装の補修も、音響・照明スタッフさんとの打ち合わせも、泉のお昼ご飯の調達も、反省会用の動画撮影も。それが苦だと思ったことは一度もない。それはそれがわたしの仕事だと割り切っていたのもそうだけど、それ以上に泉のことを信じてるからだった。わたしの泉は、完璧で、最強のスクールアイドルだから。だから緊張なんてしなかった。わたしが余計な要素を全て排除すれば、わたしの泉が負けるはずがないって、そう信じて疑わなかったから。
でも、今度は……明日は、泉だけじゃ駄目なんだ。わたしも、完璧じゃなきゃ。そうじゃなきゃ、わたしのせいで、わたしの泉は完璧じゃなくなってしまう。
どうしようもなく重い。考えるほどに息が苦しくなる。夢に見たステージの輝きも、わたしを信じてくれる皆の応援も……。
『これまでの一年も――明日も私たちは一緒だ』
そんな、泉の想いすらも。
向き合わなければいけない。これは、今まで泉が一人で背負ってきたものだ。わたしが、泉に背負わせてきたものだ。だから――。
「随分不安そうな顔をしているね」
不意に聞こえる泉の声。想像や回想の泉じゃない、いつも通りの落ち着いた声。
慌てて声のした方を向けば、いつもと何も変わらない様子の泉が立っていた。……いや、いつもとはちょっと違うか。その両手には、見慣れないピンクと白のマグカップを持っている。
「……どこをほっつき歩いてたの、泉」
「ごめんごめん。温かいものでも買ってこようかと部屋を出たら、偶然姫芽さんと会ってね。いろいろ話したりホットミルクを作ってもらってたりしたら遅くなってしまった」
そっか、運営が用意してくれたホテルだから、花ちゃんたちも泊ってるんだ。泉から手渡された白いマグカップを受け取れば、湯気と一緒に、ほのかな甘い香りが立ち上る。
「なんでホットミルク?」
「寝付けない時の習慣だそうだ。吟子さんと小鈴さんが緊張で震えてるから作りに来たそうだけど……うちのセラスも緊張でガチガチになってると伝えたら、『セラスちゃんも大事な後輩だから』って、先に譲ってくれたというわけさ」
「べ、別に緊張なんてしてない……。……でも、そっか。小鈴先輩と、吟子も」
「おや? いつの間に、先輩なのに呼び捨てにするほど仲良くなったんだい? ちょっと妬けちゃうな」
「吟子と泉はいいの。吟子は花ちゃんの後輩だし、泉はわたしのものだし」
「横暴だなぁ」
ふぅふぅと少し冷まして、そっと一口。ミルクの優しさと、それとはまた違う甘さが口の中に広がっていく。これは、メープルシロップ……?
思ったよりは熱くなかったから、今度は少し多めの一口を、ゆっくりと飲み込んだ。吐き出す白い息と一緒に、圧し掛かっていたものも少しだけ軽くなる。
「緊張はほぐれたかい?」
「……うん。ちょっとだけ」
いつになく素直な言葉を紡げたのは、ホットミルクの甘さのせいか、それともこの重荷に、少しはまっすぐ向き合えるようになったからか。
……それなら、どうせならいっそ全部、今のうちにこの想いも全部紡いでしまおうか。
「ねえ、泉」
「どうしたんだい?」
「本当に、負けないって信じてくれる?」
わたしの素直な想い。素直な不安。桂城泉の隣に立つことへの、素直なプレッシャー。
それを受けた泉は、一瞬信じられないものを見るような目をして……そして、声を押し殺して笑い始めた。こっちは珍しく素直な気持ちで不安を打ち明けているというのに、なんていつも通りで失礼な奴なんだ。ひとしきり笑った泉はそこでようやくわたしの抗議の目に気付いたらしく、ごめんごめんと取り繕いながら、これまたいつも通りの調子で言葉を紡ぎ始めた。
「セラス。……私はずっと、君の夢を叶えるために踊ってきたんだ」
「……うん」
「君が夢を追うから踊り続けた。君が夢を諦めないから歌い続けた。君がいるから……私は、ここまで辿り着いた」
いつも通りの瞳が、わたしに視線を向ける。いつもと変わらない意志の宿った眼。あの雨の東京で、ただ一人、わたしに応えてくれた眼。
「そんな君が、今度は隣にいてくれるのだろう? ……負けないさ。君がそれを望むのなら、それを望む君が隣にいてくれるなら……私は、それに応えてみせよう。勿論、君が別に勝敗は気にしないと言うなら、それに従うけどね?」
本っ当に一言余計。ただのいい人で終われないのか、泉は。やっぱり悪魔が人の形をしているんじゃないか。でもそんないつも通りの泉に振り回されているうちに、いつの間にかちょっとの息苦しさはなくなっていた。重荷までは、消えない。抱えているものは消えないけれど。……でも、きっともう、足は動く。圧し潰されることはない。
「……わたしの夢は、花ちゃんが、皆が叶えてくれた。だからわたしは、この夢を全力で楽しみたい。皆が繋いでくれた夢の景色で、わたしの想いを、皆に届けたい」
――だけど、その上で。
泉の目を改めて見据える。わたしの夢を叶えてくれる琥珀色を捉える。これはきっと夢でも何でもない、ただのわたしの我儘。夢の先にある最後の願いを、御伽噺の悪魔へ告げる。
「――その上で、わたしは勝ちたい。瑞河に、あの優勝旗を持ち帰りたい。この世界に、最後にもう一つだけ、瑞河女子の名前を刻みたい」
夢路の果てでわたしが気付いた、我儘で、純粋で、どうしようもないたった一つの願い事。それを聞き届けた泉は、満足げに笑ってみせた。
「泉。もう少しだけ、付き合ってくれる?」
「勿論。姫の夢を叶えるのが私の仕事だからね」
冗談めかして傅いては、わたしの手を取り琥珀が笑う。
「……そう。それなら――勝つよ、泉」
「ええ、仰せのままに」
もう怖くない。もう迷わない。
貴女がこんな我儘すらも、「夢」と呼び殉じてくれるなら——わたしはわたしのぜんぶを以て、その献身に、応えてみせる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……それで、今日はちゃんと寝れそうかい?」
「うん、もう大丈夫」
「そうか。花帆先輩も戻ってきているようだから、会いに行くこともできると思うけど……」
「それも大丈夫。花ちゃんとは、明日ステージの前で会いたいから。……それより、姫芽さんにマグカップ返しに行こう?」
「それは私が返しに行くし、セラスは先に寝てても……」
「わたしのために譲ってくれたんだから、わたしもお礼を言いに行くのが筋でしょ。それに、緊張でガチガチになった吟子の顔も見てみたいし」
「……全く、一体誰に似てきたんだか」
「ほら行くよ、泉。ちゃんと洗って返して、今日は早めに寝ないと」
「はいはい、仰せのままに」
2025/01/26 投稿作品
ラブライブ!決勝大会プレーオフ。その当日に書き上げた作品です。
このあとがきを書いているのもプレーオフの4時間前なので、
まだプレーオフの結果は分かっていません。
どのような結末になろうとも、関わる全ての子達が、悔いのないパフォーマンスをできればと思います。
絆や友情とは違うけど、確かに強固なもので繋がれた2人の関係性が好きです。
初登場時は「主従カプ」とも呼ばれていましたが、それだけには収まらないといいますか。
蓮ノ空の視点で描かれる物語なので描写が十分なわけではありませんが、
夢のために泉に全てを捧げられるセラスと、
飄々としながらも一番芯の部分でセラスの夢と幸せを願い続けている泉の関係性は、
蓮ノ空では簡単に生まれない、瑞河という地だからこそ育めた関係性に思えます。
地味に好きな人も多そうなCPだと思うのですが、
蓮ノ空メンバーではなく供給が少ないので勧めにくいというのがどうにも……。
ままならないものですね……。