「ひめはじめ」

「およ?」

 年越しを全力ゲームで過ごし、元旦に関わらず大爆睡をかました、そんな1日のお昼過ぎ。流石にお腹が空いてラウンジの方に出ると、見慣れた小三角の仲間たちがなにやら談笑しながら作業をしていた。
 アタシを差し置いてあんなに楽しそうに……まあどちらが悪いかと言われれば、この時間まで寝てたアタシの方が悪いんだけど……。とりあえず自分のマグカップに喉を潤す用の水だけ注いで、2人の方へ早足で向かう。

「吟子ちゃん、小鈴ちゃん、おはよう〜」
「おはよう、姫芽。それと、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます、姫芽ちゃん! えへへ、これも姫芽始めって言うのかな〜?」
「ぶふぁっ!?」

 突然投下された爆弾に思わず水を吹き出す。咄嗟によそを向いたから小鈴ちゃんや吟子ちゃんにかかるのは回避できた……自分の反射神経に感謝だ。

「ひ、姫芽ちゃん!?」
「ちょっと姫芽!! 布に水かかったらどうするの!!」
「ご、ごめん、ちょっと動揺しちゃって……。というかさっきから気になってたけど、2人とも何してるの?」
「姫始め」
「ゴッ……ごはっ、げほっ、げほっ!!」

 今度は吹き出さないように必死に耐えた。耐えたけど、代償としてもろに水が気道に入って盛大にむせる。多分、「赤ちゃんってどこから来るの?」って聞かれた親はこんな気持ちになるんだろう。肩で息をするアタシを見る吟子ちゃんの視線がトゲトゲしてて痛い。

「姫芽……今いかがわしいこと考えたでしょ」
「いかがわしいも何も!!」
「あのね……姫始めって言葉にはいろんな意味があるの。新年最初に炊いたご飯を食べることとか、『飛馬始め』って書いて初めて馬に乗ることを表すとか、女の人が新年初めて洗濯や裁縫をすることとか」

 な、なるほど……。スマホで改めて調べてみたら確かにそういう意味もある。テーブルに置かれた布の塊や吟子ちゃんが両手に持った糸と針を見るに、吟子ちゃんたちが言う「姫始め」は最後の意味で言っているんだろう。
 いやでもアタシこんなに冷たい目で見られなきゃいけないかなぁ!? なんだか吟子ちゃんの掌の上で踊らされてる感じがして悔しさすら感じる……。そうだ、そもそも!!

「吟子ちゃん、なんでアタシが『いかがわしいこと考えてる』って思ったの……?」
「……それは……」
「アタシはびっくりしただけで何もコメントはしてないよ? それなのにその結論に至るってことは、まるで吟子ちゃんも『姫始め』にいかがわしい意味があるって知って……」
「あー! あー! 違う、違う! 姫芽ならどうせそんなこと考えてるだろうなって思っただけだし!!」
「素直に罪を認めなさーい!! アタシたちは吟子ちゃんがむっつりスケベだったとしても嫌いになんかならないから!!」
「な、ななな何いっとんねこのだらぶちがー!! 姫芽がド変態なだけやろ、巻き込まんどいてくれる!?!?」
「どどどド変態!? さ、流石にそれは聞き捨てならーん!! いくら親しい仲とはいえ言っていいことと悪いことがあるでしょーがー!!!!」
「あ、あの〜……」

 お互いの( カルマ ) を押し付け合うアタシたちの今年一醜い争いが最高潮を迎えた時、蚊帳の外にいた小鈴ちゃんがおずおずと手を挙げる。……心なしか、その両頬には赤が差していた。

「徒町、『姫始め』って吟子ちゃんが教えてくれた意味しか知らなかったからいっぱい使ってたんだけど……もしかして、恥ずかしい意味もあったりする…………?」

 右手を挙げたまま、顔を真っ赤にしてぷるぷると震える小鈴ちゃん。その消え入りそうな声を聞きながら、アタシと吟子ちゃんは静かに顔を見合わせた。

「……大変申し訳ございませんでした」
「アタシたちは二人揃ってむっつりスケベのド変態です。ころしてください」
「突然2人ともどうしたの!?!?」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「……それで結局、2人は何を作ってるの?」

 諸々の騒ぎと懺悔が落ち着いて、ようやくそんな素朴な疑問が湧いてきた。何やら服を縫ってそうなのは分かるんだけど、衣装にしては装飾が全然見当たらないし……。
 そんな疑問の答えは、落ち着きを取り戻した吟子ちゃんからはすぐに返ってきた。

「半纏だよ。……ほら、ちょうどできた」

 そう言って吟子ちゃんが広げて出てきたのは、もこもこの法被みたいな服。なるほど、半纏。
 ただ半纏にしてはちょっと特徴的なカラーリングをしていた。表側は白なんだけど、裏地はマゼンタというか、ピンクっぽい生地を使ってて……。

「なるほど、めぐるりカラー……吟子ちゃんも分かってますなぁ〜」
「うん、まあ姫芽のために作ったものだし」
「……へ?」

 想定外の答えと一緒に、そのままぽいっと手渡される出来立ての半纏。え、アタシのため? なんで??

「最近特に寒いし、いつものパーカーだけじゃ大変かもって吟子ちゃんと話してたんだ!」
「半纏だから練習の時とかは着れないけど、寮にいる時は十分使えるでしょ? ……それに、せっかく姫始めなんだから、姫芽のために何かしてあげたいなって」

 ……なるほど。
 あんまり腑に落ちてはないけど、とりあえず着てみる。サイズはぴったり。本当にパーカーの比じゃないくらい暖かくてすごく快適だけど、かといって重すぎたり袖が邪魔すぎたりということもなくて……これならゲームの時に着ててもあまり邪魔にならなさそう。それにさっきは気づかなかったけど、袖口の色がアタシのシュガーパープルになってる。めぐるりカラーだったと思ってたけど、正確にはみらぱ!カラーだったみたい。なんだかそういうところも含めて、身体だけじゃなくて心の奥までぽかぽかしてくる感覚がする。

「どう? 姫芽ちゃん」
「あたたかい……めっちゃ嬉しい……」
「その割にはなんだか腑に落ちない顔してるけど」
「だって、急すぎるし……! アタシ何もしてないのにこんなのプレゼントされても申し訳ないっていうか〜……!」

 もちろん、何でもない時にプレゼントを贈り合っちゃいけないことはないと思う。思うけど、それならアタシも何かあげなきゃ気が済まないというか、一方的だと落ち着かないというか……!
 そう抗議すると、吟子ちゃんは暫く困った顔をして、1つ提案を持ちかけた。

「じゃあ、姫芽も今からちょっと手伝ってよ。今度は小鈴の分を作るつもりだから」
「えっ、徒町の分も!? いいの!?」
「うん。小鈴も姫芽の分手伝ってくれたしね。……どう、姫芽? それなら平等だと思うんだけど……」

 ……確かに、貰った分手伝えばバランスは取れてるように見えるけど。

「じゃあ、ついでにアタシにも作り方教えてほしいなぁ」
「? 姫芽、半纏興味あるの?」
「興味あるっていうか……最後にアタシと小鈴ちゃんで吟子ちゃんの分を作ってあげれば、本当の意味で平等かなぁって思って〜」
「確かに!! 徒町と姫芽ちゃんの分はあるのに吟子ちゃんの分がないのはよくないと思う!!」
「わ、私は別に持ってるし…………いや、でも、そうやね。分かった、一通り作り方は教えるから……姫芽、頼める?」
「ふっふっふ、任せたまえ〜! 吟子ちゃんほど上手にできるかは分かんないけど、お手伝いはしてきたしね〜」

 腕をまくってやる気をアピールしようとしたけど、半纏が厚くてうまくまくれなかった。
 し、締まらないなぁ……。くすくすと笑う吟子ちゃんの声に、ちょっと頬が熱くなる。

「難しいところは私もフォローするから大丈夫だよ。構造も単純だし、そこまで苦戦はしないと思う」
「徒町もお手伝いします!」
「二人ともありがとねぇ。……さて、じゃあこれがアタシの姫始めってやつかな?」
「姫芽ちゃんの姫始めだ!」
「なんか、早口言葉みたい……」

 それでは。今度は小さく気合を入れて、アタシは吟子ちゃんの説明に耳を傾けた。

 ……この後裁縫が難しくてアタシと小鈴ちゃんの終わらない半纏制作チャレンジが始まったり、どんどんせんぱい方が集まってきて結局全員分作る羽目になったりするけれど……その辺の話は、また、どこかで。

- Afterword -
2025/01/10 投稿作品
小三角の元日のお話です。
実際は帰省や活動記録の内容を考慮するとほとんど存在しえないシチュエーションですが、
あったかもしれない物語の一つということでどうか。

蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブの3rdライブツアー神奈川公演day1、
その入場前の待ち時間に不意に思いついて1日で書き上げた作品です。
人生初ライブの前に書く作品が、これか……?
完全にこのコンテンツのライブを舐め腐っていた私は、
数時間後衝撃のアンコールに頭を抱えることになります。

閑話休題。
「姫始め」という言葉に複数の説があること、
そして「姫芽始め」というワードも当然思いついてはいたので、
良い感じにネタが纏まれば書きたいなぁとは思っていました。
ぶっちゃけ書きたかったのは前半のわちゃわちゃまでだったので後半は少々苦戦したのですが、
まずまずのところに着地できてよかったです。
1日で書き上げたのもあり、直近の作品の中では特に諸々雑ではありますが……。
「書きたいものを書く」という二次創作本来の在り方を思い出せたという意味では、
この作品を書き上げる価値も確かにあったように感じます。