mine
「やっほー、小鈴ちゃん〜」
「いらっしゃい姫芽ちゃん〜」
消灯前の自由時間。いつも通りゲーム機を抱えて部屋に遊びに来た姫芽ちゃんを迎え入れる。
こうやって寝る前の時間を姫芽ちゃんと過ごすのも、いつの間にか徒町の日常の一部になっていた。一緒にゲームをしたり、勉強を見てもらったり、ぼんやりとしながらお話ししたり、過ごし方はいろいろあるけど。最近では毎日ノックしてもらって鍵を開けに行くことすらも省略して、姫芽ちゃんが来る日は部屋の鍵を開けておくようにしている程だった。
お風呂上がりの姫芽ちゃんは、下ろした髪のせいかちょっと幼く見えて可愛い。前はいつもの髪型で遊びに来てたんだけど、ちょっとずつ雑になってるのはリラックスしてくれてる証なのかな。
「あれ、小鈴ちゃん、これ何?」
「あー、それは、さやか先輩にプレゼントしようと思って作ってたんだ。先輩、もうすぐ誕生日だから!」
「たしかに今月だけど、まだ結構先じゃない? 小鈴ちゃん、準備早いねぇ」
「さやか先輩には普段からとってもお世話になってるので! あと徒町はドジだから油断してると準備できてないまま誕生日まで行っちゃいそうで……!!」
姫芽ちゃんが机の端から拾い上げたのは、製作途中の『なんでも徒町券』。その名の通り、使えば『徒町がなんでもする券』。
「それにしても、『なんでも』とは大きく出たねぇ〜小鈴ちゃん」
「いやぁ……徒町、さやか先輩には普段から迷惑をかけっぱなしなので……」
とはいえ「徒町がなんでもする権利」1回ごときで負債を返済できるのかというとかなり怪しい。普段さやか先輩にしていただいていることを考えると10枚綴りくらいにしないと釣り合わない気がするし、そもそもさやか先輩は優しいからこんな券を渡しても使ってくれない気がするし……ということで試作品のままで止まってる状況なんだけど……。
そんなボツ予定の『なんでも徒町券』も、姫芽ちゃんには興味深いものに見えたらしい。
「……アタシも誕生日だったんだけどなぁ~」
「え゛っ」
「アタシ、誕生日の時にこんなもの貰ってないなぁ~」
「いや姫芽ちゃんの誕生日って3ヵ月も前だし、徒町ちゃんとプレゼントあげたし」
「アタシも小鈴ちゃんのこといろいろ助けてあげてるはずなんだけどなぁ~」
「いやまあそれはそうなんだけど!」
……姫芽ちゃんはたまに、困った我儘を言う。誰かのためじゃない、姫芽ちゃんのためだけの我儘を。
普段は徒町たちのことを引っ張ってくれて、徒町たちのためにいろいろな提案をしてくれる姫芽ちゃん。配信の進行だとか、練習の方針だとか、そういうことを先頭に立っていろいろ考えてくれる普段の姫芽ちゃんはとても同じ1年生とは思えない程大人びていて、だからたまにこういう純粋な我儘をぶつけられると、徒町はギャップでちょっと動揺してしまうのだ。
「……もう、しょうがないなぁ」
でもだからこそ。姫芽ちゃん自身が言っているように、普段徒町たちを支えてくれる姫芽ちゃんだからこそ、そんなたまの我儘には応えてあげたい。問題は、今この我儘を聞くということは実質姫芽ちゃんに「徒町になんでもさせる権利」をあげることになるってとこだけど……まあでも姫芽ちゃんも優しいし、そこはあんまり気にしなくてもいい、かな。
それはそのまま姫芽ちゃんが貰っていいよ。その言葉を聞いた姫芽ちゃんは暫くうへへ〜と笑いながら券をひらひらさせたり天井の照明に透かしたりして、その後徒町に問いかけた。
「これって、今使ってもいいの?」
「えっ? うん、特に開始日も期限も決めてないから、別に大丈夫だけど……」
「そっかぁ〜」
時間でいえば2,3秒くらいの、ほんのちょっとの沈黙。一瞬って言っちゃってもいいくらい短い時間考えた姫芽ちゃんは、椅子に座る徒町を後ろから抱きしめながら、一つの願いを口にした。
「……じゃあさ。この券、アタシ以外にあげないで」
…………姫芽ちゃんはたまに、困った我儘を言う。不機嫌そうな声で、あるいは不安そうな顔で、徒町だけに聞こえる我儘を言う。
普段はもうちょっとだけ遊びたいだとか一緒に寝たいだとかそういうのだけど、今日は『なんでも徒町券』があるからか、ちょっと強めの我儘。元々徒町券はさやか先輩のプレゼントとして考えたものだったんだけど……うん、でも。
「いいよ、約束する。さやか先輩にも、誰にもあげないよ」
「えっ……本当?」
「うん。姫芽ちゃんが持ってるそれは、『徒町がなんでもする券』なので!」
ダメって言ったら「なんでも」じゃないでしょ? なんて言って振り返ってみたら、案の定すっごく不安そうな姫芽ちゃんの顔。もう……最初に言ってきたのは姫芽ちゃんの方なのに。
「ダメって言った方がよかった?」
「い、いやいや、そうじゃなくて!! 嬉しい、けど、ちょっと我儘がすぎたかなぁって……あはは……」
姫芽ちゃんのことを「大型犬みたい」って最初に例えてたのは誰だったっけ。慈先輩か、それとも瑠璃乃先輩か。本当にぴったりの例えだなってぼんやりと考える。しょぼくれた姫芽ちゃんの頭には、ぺたんこになった大きい耳が見えるような錯覚すら覚えてしまうくらいで。
だからそんな姫芽ちゃんの頭を撫でてあげようとしたんだけど、ただでさえ姫芽ちゃんとは身長差があるのに、徒町は今座ってるし中途半端に振り返ってるしって状態から無理やり手を伸ばそうとしたものだから……。
「あっ」
「こ、小鈴ちゃ、あばーっ!?」
バランスを崩して、姫芽ちゃんを巻き込みながら盛大にベッドにダイブしてしまった。もう一度顔を上げれば、何が起こったのか理解できてない姫芽ちゃんのまあるい目。まあいっか。こっちの方が姫芽ちゃんの表情がよく分かるし!
「徒町は姫芽ちゃんが我儘いっぱい言ってくれるの、嬉しいけどなぁ」
「え゛っ、きゅ、急に何小鈴ちゃん!?」
「そうじゃなきゃ『徒町がなんでもする券』なんて姫芽ちゃんにあげないよ? 姫芽ちゃんにならどんな我儘言われてもいいから、徒町は姫芽ちゃんにあげたんだもん!」
「小鈴ちゃん……」
「だから気にせず、徒町に『なんでも』言ってほしいな!」
しょんぼりを通り越して目がうるうるしてきた姫芽ちゃんがこのまま泣いちゃわないように、めいっぱいの笑顔で応える。それに気付いた姫芽ちゃんは、顔を赤らめながらばつが悪そうに笑い返してくれた。
「で、でも『なんでも券』はさっき使っちゃったし……」
「回数制限ないから!」
「そ、それはズルいってば~!!」
「ひ、姫芽ちゃんがそれ言うんだ……。……それで姫芽ちゃん、次の我儘は?」
「じゃ、じゃあ、一緒に寝たいな~なんて……」
「それじゃあいつもと変わらないけど?」
そ、それでいいから! アタシ荷物置いてくるから~!!
自分で持ってきたゲーム機をひったくるように抱えて部屋を飛び出していく姫芽ちゃんの耳は、今まで見たことがないくらい真っ赤だった。
……。
…………。
――徒町は、半分嘘をつきました。
姫芽ちゃんの我儘は何でも聞いてあげたい。姫芽ちゃんにならどんな我儘を言われたっていい。
でもそれは普段姫芽ちゃんが徒町たちを助けてくれるからじゃない。姫芽ちゃんがたまにしか我儘を言わないからじゃない。
徒町は、姫芽ちゃんを独り占めしたいんだ。
浮かれてる姫芽ちゃんも、不機嫌な姫芽ちゃんも、不安がる姫芽ちゃんも焦る姫芽ちゃんも泣きそうな姫芽ちゃんも恥ずかしそうな姫芽ちゃんも全部全部。
徒町にしか見せてくれない姫芽ちゃんがもっと増えればいいと思う。徒町しか知らない姫芽ちゃんでいっぱいになればいいと思う。
姫芽ちゃんは徒町のことを純粋で優しい子って思ってるかもしれないけど……徒町は、姫芽ちゃんなんて可愛く見えちゃうくらい、我儘で悪い子だから。
「我儘一つで、徒町と一緒にいてくれるなら」
そんな本当の我儘は見えないように、この紙切れの代わりにゴミ箱へ投げ捨てちゃって。
相変わらずばつが悪そうな顔で戻って来た姫芽ちゃんを、徒町は元気に迎え入れた。
2025/01/06 投稿作品
「かちまちがなんでも言うこと聞く券」というネタを膨らませて完成した作品です。
最初はさやかちゃんの誕生日に小鈴・綴理が何でも頑張る……という雰囲気を想定していたのですが、
さやかちゃんに渡す前に姫芽ちゃんが横取りしていってしまいました。
そういう姫芽ちゃんも可愛いと思います。
鮮度を重視したので荒削りにはなってしまいましたが、そんな姫芽ちゃんの可愛さは出せたかと思います。
最後の小鈴ちゃんの独白は、最初はあまり考えていない内容でした。
小鈴ちゃんが勝手に喋り出した……という程のものでもないのですが、
正式なプロットを組んでいる時に思いつき、そのまま組み込んだ展開となります。
独占欲って良いですよね。
それそのものも愛の深さを感じて好きですが、
それに対する向き合い方にもそれぞれの個性が出て素敵なものだと思います。