Sweet dreams, my stella.

 12月。1年を締める暮れの月で、「師」が「走」ると書いて「師走」と読むように、とにかく慌ただしく過ぎ去っていく月。
 それは当然わたしにとっても例外ではない。期末テストが終わったのも束の間、今度は北陸大会に向けての調整が始まる。フィギュアスケートだって冬の今の時期にこそ大会が増えてくるし、疎かにはできない。梢先輩から少しずつ引き継いでいる部の運営業務もあるし、小鈴さんのチャレンジだってできる限り手伝ってあげたい。ついでにお弁当のレパートリーもそろそろちょっと増やしたい。勿論それらにかまけて綴理先輩のお世話を疎かにするのは論外だ。
 やることはたくさんあって、尽きることはない。1日1日があっという間に過ぎていくこの日々はとても充実していて楽しいけれど、それはそれとして……。

「やっぱり、結構疲れが溜まってる感じがするなぁ……」

 流石に、少し無理をしてしまっている気がする。自室の椅子で一人くるくると回りながら、誰にともなくそう呟いた。
 自己管理は大切。無理をして体調を崩してしまっては元も子もない。今年の夏に身を以て学んだことだし、それがなくとも去年の秋、タスクを積み過ぎてダウンしてしまった梢先輩の姿だってわたしたちは見てきた。特に今寝込んでしまうのは非常にまずい。
 休めるうちに休むのも大事な仕事の一つ。小鈴さんにもそう言っているのだから、わたしが実践しないのは嘘だろう。幸い明日は珍しく何の予定もない土曜日。少し早いけれど今日はもう横になって身体を休めることにしよう。そうして椅子から立ち上がった瞬間……部屋の扉をノックする音。

「はーい、どちらさまですか……って、え?」
「やっほー」
「こんばんは、さやか先輩!」

 開けた扉の向こうに現れたのは、綴理先輩と小鈴さんだった。
 どうして急にわたしの部屋に? 今日はDOLLCHESTRAで集まる予定はなかったはず。それになんか綴理先輩の様子もおかしい。先輩のパジャマはこんな羊みたいにもこもこじゃなかったはずだ。これはいつぞやの衣装だろう。

「えっと……お二人は何をしに……?」

 分からないことだらけなら直接聞いてみるしかない。2人を部屋の中に招き入れながらストレートに尋ねる。
 目を合わせる2人。すず、という綴理先輩の呼びかけに力強く頷いて、視線をこちらに向けた小鈴さんは意を決したように口を開いた。

「さやか先輩! その……最近、疲れが溜まってたりしてませんか?」
「! ……ごめんなさい。そんなに、振る舞いに出ていたでしょうか」
「皆は気付いてなかったよ。ボクと、すずだけ」
「そう、ですか……いやでも、やはり反省はしなければいけませんね」
「それじゃあ、やっぱり」
「はい、小鈴さんの言うとおりです。ちょっと、無理をしすぎていたかもしれませんね」

 だからちょうど、今日は早めに休もうと思っていたところなんですよ——そう答えると、小鈴さんの目が一段と輝く。

「それならちょうどよかったです! ——綴理先輩!」
「はーい、ちぇすとー」
「え? え? 綴理先ぱ、きゃあ!?」

 急に綴理先輩に押し倒されてベッドに直行。至近距離で見るもこもこの綴理先輩はかなり得意げだ。……いやなんなんですかこれは!? 一体何が起こったんですか!?
 綴理先輩の顔が近すぎて小鈴さんの様子が分からない。いろんなことにパニックになっていると、向こうから小鈴さんの声だけが聞こえてきた。

「今日は、さやか先輩寝かしつけチャレンジです!」
「わたしの、寝かしつけ……?」
「はい! 徒町が本の読み聞かせをして……」
「ボクがさやの抱き枕係だよ」
「なるほど、そうい……は!? だ、だだ、抱き枕!?!?」
「ぎゅーってしていいよ?」
「逆に緊張で眠れなくなりそうなのですが!?」

 あまりにも全てが裏目に出すぎてるチャレンジな気がしてならない。どうして綴理先輩を抱き枕にする発想に至ってしまったのか。こんなのわたしじゃなくても心臓が保つわけない。
 それに小鈴さんの読み聞かせも以前綴理先輩相手に失敗しているはず。小鈴さんは元気いっぱいで何にでも全力な分、読み聞かせも元気すぎて逆に目が冴えてきてしまうのだ。
 総じてこのチャレンジは大失敗する未来しか見えない。30分後には目が冴えきって途方に暮れる村野さやかが爆誕していることだろう。寝かしつけなんて夢のまた夢。まあわたしは夢から一番遠い世界へ連れて行かれるのですが。

「……まあ、でも折角ですし、今日はお二人に甘えちゃいましょうか」

 それでも2人のチャレンジに乗っかってみることにした理由は2つ。どうせ明日は何の予定もない休みなのだから、多少今夜わたわたしても十分休息を取れる余地が残っていることと……もう一つは単純に、小鈴さんと綴理先輩の気遣いが暖かくて嬉しかったから。

「! はい、徒町頑張ります!」
「ボクもがんばるー」
「小鈴さんはともかく、綴理先輩はこれ以上頑張ることはないのでは……?」
「そう? じゃあ、さやが頑張る?」
「確かに先輩を抱き枕にするのはかなり頑張らないと無理そうですが!!」

 とはいえこの状況で何もしないというのもそれはそれで綴理先輩に失礼なのでは? 2人に甘えると言った以上先輩にもちゃんと甘えないといけないのかもしれない。いやでも抱きつきにいくのは流石に恥ずかしさが……。
 ぐるぐると思考も目も回る。だんだん冴えてきた頭にほらやっぱり駄目じゃないかなんて思い始めた刹那、思考の外から、声が響く。

「——“『ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。』”」

 鈴を転がすような声。淡々としていて、けれど優しい声。……驚いた。いつの間に小鈴さんは、こんなに朗読が上手くなったんだろう。
 これは、『銀河鉄道の夜』だったっけ。確か授業で話題に上がって、その後花帆さんがとても得意げにあらすじを教えてくれて……。詳しい内容まではちゃんと覚えてないけど、ぼんやりと夜空の星々に想いを馳せた記憶がある。

「——“たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした”」

 ……ここまで上手くなったのは、やはり映画を撮ったり、演劇部の助っ人に行ったりした影響が大きいのだろうか。そういえばこの前のゲーム配信の時も、小鈴さんは要所要所でキャラを演じつつもとても穏やかに話を進めていたっけ。本当に、彼女の成長と吸収力には驚かされてばっかりだ。
 ゆらりと、視界が揺れる感覚。頭がどこかぽわぽわとしてきて、身体が、瞼が重くなっていく、そんな感覚。……ぼんやりと、お姉ちゃんの顔を思い出した。小さい頃、まだ寝たくないって駄々をこねるわたしと一緒の布団で、お話や歌を聞かせてくれてたっけ。
 今なら素直に甘えられる気がして、目の前のひとをぎゅっと抱きしめた。ふわふわで、もこもこで、あたたかい。暫くしたらそのあたたかさが背中にも回ってきて、ぽかぽかしたものが少しずつ身を、心を満たしていく。呼吸をする度肺を満たす先輩の匂いが、しあわせで、もっとわたしの意識を奪って。

「——天の川の…………青く……底の……星が…………」

 星。そういえば、もうすぐ流星群があるんだっけ……ふたご座流星群、三大流星群の一つだと梢先輩が教えてくれた。
 みんなで星を見たら……楽しいだろうな……。ううん、むしろいっそ……流星群の下でライブをしてみたら……小鈴さんも……綴理先輩も……きっと……綺麗……で…………。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「——きて。起きて、さや」

 優しい声がわたしの名前を呼ぶ。瞼を開けば、目の前で綴理先輩が浮いていた。比喩などではなくて、物理的に。……いや、綴理先輩だけじゃない。隣にいる小鈴さんも、わたし自身も。

「……そっか。今日はライブの日でしたね」

 DOLLCHESTRA初の宇宙ステーションライブ。流石にそう何度も経験できるものじゃないし、ちょっと気負いすぎてたのだろうか。とはいえそんなライブ直前でうたた寝する程自分を追い込むはずはないけれど……どうにもまだ寝ぼけているらしくて、昨日までどういう計画で調整してきたかが思い出せない。

「さやか先輩、大丈夫ですか? 体調が悪いなら無理しない方が……」
「いえ、心配は無用です。ちょっとぼーっとしていただけで、むしろ身体は軽いくらいですから」
「それならよかったです! さすがさやか先輩!」

 その言葉に嘘偽りはない。頭だけはまだ少しぼんやりしてるけれど、今の身体はむしろ今までと比べてもかなり好調だった。ほとんどぶっつけ本番の無重力空間でも遜色ないパフォーマンスができると思える程度にはコンディションは上々だ。

「お二人は大丈夫ですか?」
「はい、徒町は元気一杯です! 今日も全力で頑張ります!!」
「うん、ボクも大丈夫だよ。……それじゃあ、行こっか」
「「はい!」」

 ——3人で扉を開け放って、ステージへ。ガラス張りの天井からは、外の景色がよく見えた。
 地上から眺めていたそれよりも遥かに大きくて、だけど変わらず静かに浮かぶ月。巡る雲を纏いながら、鮮やかに蒼く煌めく地球。白い輝きを纏いながら、暗い世界を染める天の川。そしてそれらの間を縫うように瞬く、目を奪うような数多の流星。

(——きれい)

 油断すればどこまでも目を奪われてしまいそうなものだから、名残惜しいけれど視線を下ろして……そうすれば、今度は手の届く星たちがそのきらめきを爆発させる。
 わたしの心を奪う流星。惚れ惚れする程しやなかに踊り、クラクラする程鮮やかに唄う。白銀のキャンバスに浮かぶ星座が、わたしを見つけてふわりと微笑む。
 わたしを照らしてくれる恒星。瞬きを辿るように踊り、輝きを讃えるように唄う。わたしたちのいちばん星が、わたしを捉えてきらりと笑う。

(——ああ、本当に、きれい)

 きっと、空に星が見えなくたって——。
 そんな2人に照らされるように。そんな2人を照らせるように。
 一度閉じた瞳を見開いて。わたしは、わたしのきらめきを宇宙( そら ) に解き放った。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 ——目が覚める。
 なんだかとんでもなくありえない夢を見た。夢の中では何も疑問に思わなかったけど、冷静に考えればツッコミどころに事欠かない夢だった。

「……まあ、小鈴さんの朗読の影響か……」

 夜空に想いを馳せながら寝た影響がもろに出ていたなぁ……なんて考えたところで1つの疑問が思い浮かぶ。小鈴さんはわたしが寝た後どうしたんだろう? 綴理先輩はわたしの抱き枕になっているし(流石にこれも夢だと思ってたけど、目の前に美術品みたいな寝顔があるし現実だった)、1人で部屋に帰ってしまってたり……?

「さやか先輩……」

 そんな小さな声を聞くのと、背中に感じる温度に気付いたのは同時だった。……なるほど、両側からわたしを暖めててくれてたんですね。どうりで、とってもいい夢が見れたわけです。
 時計を見れば7時半。どうやら10時間以上寝てしまっていたらしい。おかげで昨晩感じていた倦怠感は全く感じない。せっかく万全の状態でこの時間に起きれたわけだし、起き上がっていつもの走り込みやお弁当の作り置きをやってしまってもいいわけだけど——。

「さや……今日は……キムチ鍋が食べたい……」
「さやか先輩……徒町も、お手伝いを……」

 ——いや、もう少し寝てしまいましょうか。どうせ、今日はオフの日なんですから。
 愛する星たちの声に包まれる中で、今度はキムチ鍋の材料とレシピを頭の中で反芻しながら、わたしはもう一度瞳を閉じる。

 瞼の裏にまだ、あの夢のきらめきが見えた気がした。

- Afterword -
2024/12/22 投稿作品

小鈴ちゃんが中心になってゲーム配信をしていたあの日、
いつもより穏やかに感じる小鈴ちゃんの声を聞きながら思いついたネタです。
元々は「徒町が読み聞かせをする話」という概念だけが宙に浮いていたのですが、
別で考えていた「さやかに恩返しをする綴理・小鈴の話」というネタと組み合わさって、
最終的にこのようなお話になりました。
ちなみに宇宙からは流星は見えません。流れ星は地球限定の現象です。
さやかの言う「ツッコミどころ」には、こういったものも含まれています。

概念や雰囲気としてはとても好きなのですが、
その実作品そのものとしては結構苦戦した作品です。
独り言を言うさやかちゃんの口調がいまいちエミュレートできなかったり、
場面の文字数配分を上手いことコントロールできなかったり……。
特に後者に関しては、眠るまで・夢の中・起きた後のちょうどいいバランスが一生分からず、
投稿してしまった今でもこのバランスで良かったのか自信がありません。
なかなかうまくはいかないですね……まだまだ修業が足りないようです。

作品としては苦戦しましたが、先述の通り概念としてはとてもお気に入りです。
特に無重力ライブなんかはとても素敵だと思うので、
また別の形でも物語を膨らませてみたいですね。