廻る季節のアラカルト

「なぁ梢。これは一体どういう状況だ?」

 練習前のいつも通りの部室。いつもと違うのは、あたし一人の部室に入ってきた梢が、突然あたしのほっぺたをむにむにと触り始めてきたことだった。

「このままだと書類仕事が全くできないんだが……」
「今日クラスで小耳に挟んだんです。表情筋が硬い人は、筋肉が発達していないのでほっぺが柔らかいと」
「なるほどねぃ……っておい待て。要するにあたしが表情筋ガチガチの仏頂面女だって言いたいのか?」
「だって沙知先輩、いつも難しそうな顔をしているじゃないですか」
「それは君たちのせいなんだけどな!? これでも昔はよく笑う子って近所でも評判だったんだぞ!?」

 大体そんなことするならあたしじゃなくたって……なんて思ったが、まあ綴理や慈で確かめるのは梢のプライドが許さなかったんだろう。
 それはそれでじゃあなんであたしはいいんだよってツッコミなんかも出てくるが……。

「んでどうだい、あたしのほっぺたは」
「はい、とっても柔らかいです」
「そりゃあ良かった」

 ……まあ、この珍しく綻んだ梢の顔が見れたなら、仏頂面で問題児たちを引っ張ってきた甲斐はあったか。
 願わくばもうちょっとだけ、彼女がこの顔でいられる時間が増えるのなら良いけれど。

「なあ梢……ラブライブ!、優勝できるといいな」
「? 当然です。むしろ沙知先輩は負けるために大会に出るおつもりですか?」
「はっはっは、そんなわけないだろ! あたしがしてるのは……もっと、未来の話さ」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「梢先輩! その……ほっぺたを、触らせていただいてもいいでしょうか……!?」

 練習前のいつも通りの部室。いつもと違うのは、書類仕事をする私に、突然さやかさんがそんな頼みを言ってきたことだった。

「えっと……それは、どういう……?」
「その……クラスで話題になってたんです。表情筋が硬い人は、筋肉が発達していないのでほっぺが柔らかいと」
「……つまりさやかさんは、私が表情筋の硬い仏頂面女だと……」
「なっ、ち、違います!! 消去法、これは消去法なんです!! 花帆さん瑠璃乃さん慈先輩はいつもにこにこしてますし、綴理先輩にこんなこと言ったら本気でしょんぼりしてしまいそうで!!」

 それは裏を返せば私には仏頂面と言っても大丈夫ということになってしまうのだけれど……。なんて話は、さやかさんの名誉のために一旦傍に置いておくことにした。

「そうね……ええ、別に構わないわよ。どうぞ」
「えっ、本当にいいんですか!?」
「可愛い後輩の頼みだもの。それに……私は、その頼みを断れる立場じゃないから」

 むしろ一言断りを入れる分、私よりよっぽど丁寧だろう。
 では、失礼します。そうやってさやかさんの両手が私の頬に触れる。

「どうかしら?」
「はい、とっても柔らかいです……!」
「ふふっ、それなら良かった」

 ふにゃりと綻ぶ彼女の顔を見て、沙知先輩の言葉の真意に気付く。
 本当に、どこまで遠くを見据えていたのだろう。同じ年になっても全く追いつけている気はしないけれど……せめて、同じ部長としてできることを。せめて、この目の前の笑顔は、絶えずに済むように。

「さやかさん……ラブライブ!、頑張りましょうね」
「? も、もちろんです! なんで急にラブライブ!の話を……?」
「ふふっ、気にしないで。……ちょっと、背伸びしてみたくなっただけなの」

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「えっと……吟子さん?」

 練習前のいつも通りの部室。いつもと違うのは、梢先輩の手伝いをするわたしの横に、吟子さんが緊張した面持ちで立ってきたことだった。

「さやか先輩……」
「はい、何でしょう……?」
「えっと、その……失礼します!!」

 瞬間、吟子さんの両手に頬をつままれた。……この状況は、覚えがある。隣で肩を震わせている梢先輩の姿が、その直感を確信に変えてくれた。

「吟子、さん……?」
「すみません、その、クラスで小耳に挟んで……表情筋が硬い人は、筋肉が発達していないのでほっぺが柔らかいと……」
「……つまり吟子さんは、わたしが表情筋の硬い仏頂面女だと……」
「そっ、そんなことは!! これは消去法で!!」
「ふっ……ふふっ……!!」
「「梢先輩!?」」

 一連のやり取りがよっぽど面白くて懐かしかったらしい。お腹を抱えて笑うとても珍しい姿を見せる梢先輩を見ていると、いろいろと思い出して頬が熱を帯びてきた。
 ……まあでも、珍しいものも見れましたし、後輩へのいじわるはこのくらいにしておきましょうか。

「冗談ですよ、吟子さん。減るものでもないですし、わたしのでよければいくらでもどうぞ」
「あっ、ありがとうございます! では失礼して……いやもう失礼はしてしまっているのですが……!」
「確かにそれはそうですね……。それで、どうでしょう? わたしのほっぺは」
「その……とっても柔らかいです……!」

 変わらずむにむにと手を動かしながら、目を細めてふにゃりと笑う吟子さんの姿を見て……去年の梢先輩の笑顔を思い出す。横目に先輩の姿を見れば、視線に気付いた先輩が、あの時と変わらない笑顔で微笑んだ。
 ……なるほど。こういうことだったんですね。願わくばあの頃の梢先輩に、わたしも少しでも追いつけているならいいのですが……せめてわたしは、今わたしにできる精一杯を。少なくとも目の前の、この笑顔は守れるように。

「吟子さん。ラブライブ!、絶対優勝しましょうね」
「? も、もちろんです! でも何で急にラブライブ!の話を……?」
「ふふっ。わたしも、ちょっと背伸びしたくなったんです。……ね、梢先輩」
「そうね。吟子さんもきっと……来年になったら分かるんじゃないかしら」

- Afterword -
2024/11/11 投稿作品

表情筋の硬い人は、筋肉が発達していないのでほっぺたが柔らかいらしいです。
その話を思い出したとき、ぼんやりと1年生時代の梢の顔が浮かびました。
そこから膨らませて書いたのがこの作品です。
短いし拙い部分もありますが、個人的に雰囲気はかなり気に入っています。

書いていて思いましたが、蓮ノ空の子たちはなんだかんだ皆表情豊かな気がします。
かほめぐに小鈴ちゃんは勿論、比較的クール・穏やか寄りの梢先輩やさやかちゃんもわりかし表情豊かです。
綴理もよく笑うようになりましたしね。
案外明確なクールキャラというのはいない気がします。
そもそも過去シリーズにどのくらいいたのかもよく分かってはいないのですが。