花は地に落つ
「最近蓮ノ空でも流行ってるんだって、花吐き病!」
帰りのホームルームが終わって、3人で部室に向かう途中。掲示板の貼り紙を見て、思い出したかのように小鈴ちゃんが口を開いた。
「あ~……噂はかねがね……」
「私も聞いたことある。昔からずっと流行ったり落ち着いたりを繰り返してるみたいだね」
「えっ、2人とも知ってるんだ……徒町はこの前さやか先輩から教えてもらって初めて存在を知ったのに…………」
花吐き病。
発症した子は口から花を吐き出すようになる奇病。根本的な治療法はまだ発見されていないものの、花を吐く以外の症状はないから命に関わるような病気ではない。
発症の条件は、「片思いを拗らせること」。その性質から高校生に多く発症が見られるらしいけど……どうやら蓮ノ空も例外じゃないらしい。
「まあ全寮制の花園だし、恋の悩みは絶えないかぁ〜」
「姫芽、あんまり変なこと言わないの。発症してる人たちにとっては笑えない病気なんだからね」
「ええっと、徒町はいまいち恋とかよく分かんないけど……さやか先輩いわく、花を直接触ったら感染しちゃうから気をつけるようにって! むやみに自分たちで何とかしようとしないで、いざとなったら先生や寮母さんに助けを求めるようにって言ってたよ!」
「流石さやか先輩だね」
「小鈴ちゃんも気をつけようね〜」
「2人も気をつけるんだよ!?」
とはいえ「吐いた花にさえ触らなきゃOK」ってわけでもなさそうなのが面倒くさいところだと思う。本当にそれだけで感染を防げるのなら、全寮制の蓮ノ空で前触れなく感染者が出るのも、「流行ってる」なんて言われる程感染が広がるのもいまいち上手く説明ができない。昔からあるのにまだ謎の多い病気だ、空気感染するって言われても別に不思議じゃない。
つまるところアタシたちに完璧な感染対策なんてものはできなくて、結局のところできる対策は、「拗らせるような恋をしない」なんて身も蓋もないことくらいだと思うのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時間は過ぎて、夜の8時。
お風呂を済ませたアタシは、今度の配信の打ち合わせのため、吟子ちゃんの部屋の前まで来ていた。本当は小鈴ちゃんも一緒のはずだったんだけど、練習がハードで完全に寝落ちしてしまったらしい。さやかせんぱいにおぶられながら揺れる可愛い寝顔を見かけて、吟子ちゃんと今日は素直に寝かせてあげることに決めた。
そういうわけでアタシ一人、いつも通りノックを3回。普段はこれでドアを開けてくれるはずなんだけど……反応がない。
吟子ちゃん、部屋にいない? それとも吟子ちゃんも寝落ちしちゃった? いや、どっちも考えにくいかな。部屋に来る直前までDMでやりとりしてたわけだし……。
少しだけ嫌な予感がして、吟子ちゃん宛に電話をかける。扉越しにも微かに聞こえる着信音。ただそれが止まるまでには随分な時間がかかっていた。
『ごめん……姫芽……ちょっと……待ってて…………』
スマホ越しに聞こえたのは……そんな、絶え絶えになった声。
「————ごめん、吟子ちゃん」
少しの焦りに身を任せて、返事を待たずにドアノブに手をかける。鍵は開いていた。他の誰かに中の様子を悟られないように、少しだけ開けたドアに身体を滑り込ませれば……部屋の中には、大方想像していた通りの景色が広がっていた。
ドアの前で座り込む吟子ちゃん。涙で潤みながらアタシを見つめる翡翠色の瞳。彼女が咳き込む度にひらひらと舞うオレンジ色の花弁。そして、アタシたちの足元を埋める、鮮やかなカーネーション。
「……姫芽……」
「ごめんね。でも、流石に放っておけないよ」
踏みつけるのは良くない気がしたから、ぴょんと花畑を飛び越えて吟子ちゃんの側へ。また咳き込んでる彼女の背中をさすってあげると、堰を切ったようにぽろぽろと涙を溢しながら、一つだけ、ぽつりと呟いた。
「花帆先輩には……言わないで…………」
……伝えなきゃずっとこのままなのに?
なんて、そんなことは流石に言えなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて、これで一通りは大丈夫かにゃ〜?」
吟子ちゃんを落ち着かせて、花畑も撤収して、おまけに駄目押しのホットミルクまで用意した。これ以上アタシにできることはない。るりちゃんせんぱいが聞いたら120点をくれるだろう。勿論内緒だし言うつもりはないけど。
一仕事終えて汗を拭ったところで、吟子ちゃんの視線に気がついた。向き直ると、さっきまでとは違った感じで不安そうな顔。
「どした、吟子ちゃん?」
「いや……姫芽、花触っちゃったから……」
……なるほど。要するに吟子ちゃんはアタシに感染ってないか心配してくれてるわけだ。確かに、花を片付ける時には特に手袋とかもしてなかったな。
勿論アタシも触っちゃ駄目って知らなかったわけじゃない。そもそも今日小鈴ちゃんが言ってたことだし、ちゃんと理解はしているわけで。
「吟子ちゃんはさ、アタシがめぐるり一筋だって知ってるでしょ〜?」
「だけど……いや、確かに、そうだけど」
「だから大丈夫だよ〜、じゃなきゃアタシも流石に素手で触ったりしないし?」
「いや、それ本当に……まあ、姫芽がいいならいいんだけど…………」
ちょっと呆れたようにため息をつく吟子ちゃん。うん、もうすっかりいつもの調子が戻ってきてみたい。
「それじゃ、アタシはこの辺で~」
吟子ちゃんが復活したのなら、アタシがこの部屋に残る理由もない。打ち合わせをするにはもう遅い時間になっちゃったし、どうせ小鈴ちゃんも夢の中だしね。そんなわけでそそくさと撤退しようとしたところで、「待って」と後ろから声をかけられた。
「……今度はどしたの? 吟子ちゃん」
「その……ありがとう、姫芽。今度またちゃんとお礼するね」
頬を少し赤らめながら、困ったような恥ずかしいような顔で、吟子ちゃんは笑った。
「……えへへ~、じゃあお返し期待してるね~」
同じように笑って、ドアノブに手をかける。
いやぁ、あんな顔の吟子ちゃん、意外とレアな感じがするなぁ。恥ずかしくて顔が真っ赤になったり困ったような顔をしたりすることはあるし、最近はアタシたちの前で笑ってくれることも今まで以上に増えたけど、全部乗せの反応は今なお結構珍しいといいますか。これはいろんな気持ちを押し切って助けに行った甲斐があるというか、役得だなぁと、嬉しくなると、いうか。
ほんとうに?
――扉から離れた瞬間、自分の部屋に向かって必死に駆け出す。同じ階でよかった。階段とかを登る余裕は、流石にない。
胃がひっくり返るような感覚。意味はないって分かってるのに堰き止めるように口を抑えちゃって、酸素不足でくらくらと眩暈がし始める。喉が詰まっていくように感じるのは、肺が空気を求めてるからか、それとも実際何かが詰まっているのか。
回らない頭で必死に鍵を開けて部屋に転がり込む。内鍵を閉めるのと同時に、喉元でごぽりと嫌な音がした。
物音を聞かれないように、最後の力を振り絞って部屋の奥へ。途中不意に身体が言うことを聞かなくなって、そして……何もかもが決壊した。
蹲りながら、ただ花を吐く。お腹の底から突き上げられるように、ただ花弁を吐く。喉が灼けて、息ができなくて、本能的に吸った息が喉を詰まらせて、咳き込むようにまた、見慣れたお揃いの花を吐き出す。
全部、全部、知ってたからだ。
花吐き病という言葉を自然と受け入れられたのも。
吟子ちゃんの異変にすぐ気付けたのも。
その花がカーネーションだって分かったのも。
隠したいその気持ちを尊重できたのも。
素手で花を触れたのも。
できるだけ早く、部屋から逃げようとしたのも。
だってアタシは。
ずっと、ずっと前から。
……どのくらいの時間が経っただろう。酸素が巡って頭がはっきりするにつれて、左の足先がずきずきと痛みを訴え始める。どうやら椅子に足をひっかけたらしい。傷になってたら嫌だけど……まあ足先なら靴とかで十分誤魔化せるのが救いだろうか。
何時間も経った気がするけど、実際のところはどうせ数秒くらいしか経ってない。もう何十回と繰り返したこと、すっかり慣れてしまったアタシの日常。我ながらよくここまで隠し通せてるなと自分を褒め称えたくなる。るりちゃんせんぱいが聞いたら……怒るだろうな。だからこれは、アタシだけの秘密、アタシだけの花園……なんて、そんな綺麗なものじゃないけど。
目の前を彩るのは、色の抜けた青いカーネーション。それが誰の色かなんて、誰が見たって明らかで。
「天の原色、だっけ」
天の原。大空を指す言葉。その原義は日本神話における天上界、天の神様のいるところ。
知らない言葉だったから、調べたんだよ。まだアタシが「健康体」だった頃。アタシの身体が、貴女の色でいっぱいになる前に。
神様のいるところ、か。それじゃあ天の原色で埋め尽くされたこの部屋にも、神様がいてくれたりして。
「……あはは、そんなわけないじゃん」
いるわけないだろ。こんな地の底に、神様なんて。
だからアタシは死ぬことも、報われることもできないんだ。
いつも通り花弁をかき集めて、フラワーシャワーなんて一人笑いながら、全部全部、またゴミ箱に捨てて。
網膜に焼き付く花束を、自分勝手にただ呪った。
2024/11/09 投稿作品
花吐き病パロです。なんだかんだこの題材を使うのは初めてな気がします。
ケーキバースとか吸血鬼パロとか、変なこと自体はやってきたのですが……。
本当はもっといろいろな要素を入れたかったのですが、無理なく入れられるのはこれが限界でした。
青いカーネーション(ムーンダスト)は実際には紫に近い色合いで、
色が抜けても水色にはならない(=水色のカーネーションは色染めしない限りあり得ない)こととか、
姫芽ちゃんは花に触れていないのに発症してしまった(→序盤の描写に繋がる)こととか。
捻じ込むとどうしても軸がぶれてしまいそうで回収を断念しました。無念。
水色の花を吐いている姫芽ちゃんの画が浮かんでしまったので書いたのですが、
書いていて自分で苦しくなってしまいました。
次はもっと幸せそうな姫芽ちゃんを書きたいです。