きらめきを超えて
【1】
……太陽みたいな子だと思うのだ。
私なんかのことも笑わずに信じてくれるまっすぐさが、私——百生吟子にとっては、それくらい眩しく見えた。
小さくて可愛らしい身体に、牡丹色のきらきらした瞳。首筋から見え隠れする黒いリボンに、名前通り鈴を転がしたような綺麗な声。……声は、普段は元気さに塗りつぶされている気もするけれど……。不意に彼女が歌う時、その元気さと自信のなさに隠れていたものが私を撃ち抜いて、ほんの少し、身体が熱くなる。
それに小鈴さんは、私のことを笑わない。……いや、笑って馬鹿にしてくるような人は、スクールアイドルクラブにも、もっと言えば蓮ノ空にもいないんだけど……。私の好きなもの、気になるもの、頑張りたいもの。その一つ一つを、からかうでも褒めちぎるでもなく、一つずつ肯定して、そのまま自然体で話してくれて……そう思ってたら不意に「チャレンジです!」なんて言って私の手を引っ張るものだから、本当に油断できなくて、いつまで経っても飽きることがない。
私のことを当たり前のように受け入れてくれて、それでいてどんどん新しい世界に連れてってくれる人。……そう考えると、太陽だけじゃなくて、風みたいな子でもあるのかもしれない。
「なんで、私のこと、笑わないの?」
……一度だけ、そんな自分でもよく分からない質問をしてしまったことがある。
「……??」
「あっ、ごめん、えっとなんていうか……私って結構、自分でも変というか、人と違うなって思うことが多いから……。私服が着物だったり、ぬいぐるみと寝てたり、恥ずかしくて皆のノリに付いていききれなかったりとか。でも小鈴さんに、そういうの笑われたことないなって思って」
「えっ? ううん……当たり前すぎて考えたこともなかったかも……。えっと、頑張って言葉にするなら……吟子ちゃんが、すごいから?」
「す、すごい?」
想像もしてなかった返答に、思わず小鈴さんと目を合わせる。喧騒が徐々に弱まっていく、放課後の校舎、夕暮れ時の廊下。少し薄暗い世界の中で、その瞳が、一際煌めいて見えた。
「うん。吟子ちゃんの『まっすぐ!』って感じの生き方、すごいなって思うんだ! 徒町もスクールアイドルクラブと先輩方に出会ってやっと『さやか先輩みたいになりたい!』っていう目標みたいなものができたけど、その前はチャレンジして失敗して逃げてまた別のチャレンジをして……ってずっとふらふらしてたし……。だから『芸学部に入りたい! おばあちゃんと同じ景色が見たい!』ってその気持ちをずっと大切にして頑張ってきた吟子ちゃんはすっごくすごいと思う! それに吟子ちゃんは周りのこともよく見てるでしょ? 徒町が先輩方が何言ってるか分かってなかった時も、そんな徒町に気付いて先輩方のすごさを丁寧に教えてくれたし! それって」
「ちょっ、ちょっとストップ!! 分かった、もう分かったから!!」
「はっ! ごめんなさい、徒町ってば行きすぎた真似を……!! ……うん。でも、やっぱり吟子ちゃんを笑ったりなんかしないよ。吟子ちゃんはこんなにすごいんだもん! 徒町なんかよりずっと、ずーっと!」
……なんで、こんなに真っ直ぐ言えるんだろう。なんで、こんなに信じて疑わないんだろう。
私からすれば、小鈴さんの方がよっぽどすごいんだ。何があっても絶対に折れなくて、何があっても絶対に諦めない。いつでも不器用なくらい真っ直ぐ想いを伝えて、いつでも不器用なくらい頑張って。そんな生き方を、私にはできる自信がない。
そんな「徒町小鈴」のことを、自分で信じられないくせに。
徒町小鈴という少女は、自分が信じた相手と、それを信じた自分だけは、決して疑わないのだ。
「……そう。……あんやと……」
だから、もっと知ってほしいと思うのかな。私のことも、小鈴さん自身のことも。
だったらなんで、私「だけを」知ってほしいと思うのかな。私「だけが」教えてあげたいって思うのかな。
友達もほとんどいなかった私は。友達の枠に収められないこの息苦しさの名前を、まだ見つけられずにいる。
【2】
……太陽みたいな子だと思うのだ。
何があっても絶対に消えないその奥底の煌めきが、アタシ——安養寺姫芽には、それくらい眩しく見えた。
小さくて可愛い身体に、ピンクがかったきらきらした瞳。ちょこっと着られてる感じもする制服に、人より少し高い体温。……いや、これはちょっと変態っぽいかな……。でも、例えば冷房の効きすぎた教室とかでぴたーって背中からくっついてみたら、身体も心もぽかぽかしてくるんだ。
それに小鈴ちゃんは、すごくひたむきで頑張り屋で、応援したくなる魅力がある。勝ちたいって思ってるわけじゃない。うまくやりたいって思ってるわけじゃない。それなのにはるか遠く、雲に隠れた一番星へと手を伸ばすことを止めない。きっとそこに偶然通りかかったのがさやかせんぱいと綴理せんぱいだったから、掴もうとするものが形を帯びただけで……きっとそんな偶然がなくても、彼女は見えもしない空の世界を、躊躇いもなく目指し続けたんだろう。
「どうして、そんなにがんばれるの?」
一度だけ、そんなことを聞いてしまったことがある。
「え? うーん、徒町ごときがさやか先輩に追いつくためにはそれはもう頑張らないといけないし、皆もそれを応援してくれるし……」
「でも、もしさやかせんぱいに出会わなくて、スクールアイドルを知らないままだったとしても、小鈴ちゃんは別の何かを同じようにがんばってたでしょ?」
そう返すと小鈴ちゃんは小さく唸って考え込んで……そしてもう一度その目を開く。喧騒がだんだん遠くなっていく、放課後の校舎、夕暮れ時の廊下。少し薄暗い世界の中で、その瞳が、一際きらめいて見えた。
「頑張らないと、何にもなれないから……?」
「……ほう。その心は?」
「徒町はずっと、何かになりたくて、何かがほしいの。で、徒町がすごいなって思う人たちは、皆それに負けないくらいたくさん頑張ってる。だから、徒町なんかがそんな場所を目指すなら、その人たちよりももっともっと頑張らなきゃ、いっぱいチャレンジしなきゃって思ったんだ。もちろん、しょせん徒町だから頑張ったところでそうそう上手くいくなんて微塵のかけらも思わないけど……でも、それは当たり前のことだし。それに、それすらも諦めちゃったら、徒町はもう二度と、『何かになりたい』って思うことすら許されないから。……だから、成功なんてしなくても、頑張ることだけは、やめたくないかな」
……なんで、こんなに真っ直ぐ言えるんだろう。なんで、こんなに強くて、折れないんだろう。
アタシが頑張れたのは、目指したい場所があったから。手に入れたいトロフィーが、あるいは憧れのめぐちゃんの背中があったから。そんなものが何もない深い霧の中で、向いている方角も分からないまま走り続けるようなそんなことを、アタシにはできる自信はない。
それが成功すると信じてすらいないのに。
それでも徒町小鈴という少女は、当然の顔でそれをやってみせるのだ。
「……やっぱり、小鈴ちゃんはすごいなぁ~」
だから、もっと知りたいと思うんだろうな。小鈴ちゃんのことも、その未来のことも。
だからきっと、一番近くで見ていたいって思っちゃうんだろうな。独り占めしたいなんて、わがままなことを考えちゃうんだろうな。
そう、だからアタシはこの胸の鼓動に、「憧れ」でも「推し」でもない、3つ目の名前をつけたのだ。
【3】
16時の部室には、アタシたちしかいなかった。
梢せんぱいは花帆せんぱいを探しに、さやかせんぱいは綴理せんぱいを探しに、るりちゃんせんぱいは充電切れ、めぐちゃんせんぱいは補習。1年生それぞれがせんぱいの情報を持ち寄って、かといって1年生だけでできることもほとんどないから、こうやって3人、おとなしく誰かが来るのを待っている。
「……で、どうして小鈴さんは、そうやって窓に張り付いてるの?」
「徒町は日々チャレンジなので! こうして外にチャレンジの種が転がっていないか探しているのです!」
「小鈴ちゃんのそういうところいいなって思うけど、さすがに暑くない~? 窓際だから日差しもすごいでしょ~?」
「すごく、暑い!!」
「もう……練習前にバテちゃったら意味ないし、戻っておいで」
額に汗を滲ませながら帰って来た小鈴ちゃんに、手元のポッキーを餌付け。頭に「?」を浮かべながらも、何も言わずに食べる小鈴ちゃん。さくさくと食べ進めていく様がなんだかリスやハムスターみたいで可愛くて、思わず顔が綻ぶ。……ほんの少しだけ不機嫌そうに眉を下げる吟子ちゃんのことは、なんとなく、敢えて気付かないふりをした。
「すみません、遅くなりました!」
「やっほー。あれ、1年生だけ?」
「あっ! さやか先輩、綴理先輩!」
せんぱいたちが戻ってきたら、1年生タイムはこれでおしまい。入口の方にとてとてと駆けていく小鈴ちゃんを、吟子ちゃんと2人で見送る。別に集まろうと思えば学校でも寮でもすぐ集まれるんだけど、練習前の部室に3人だけっていうのは結構珍しくて、だからこそ、ちょっと来るのが早かったな……なんて、ほんのちょっとだけ失礼なことを考えてしまう。
綴理せんぱいが屋上で干からびかけていたこと、週末のおでかけの予定のこと、今日からの練習メニューのこと。3人の会話をぼんやりと聞き流しながら、いつか誰かが言っていた、「親子みたい」なんて言葉が頭に浮かんだ。
「ぎんとひめはどうする? こずたちが来るまで、一緒に練習する?」
「……いえ、大丈夫です~。アタシはるりちゃんせんぱいを待つことにします~」
「私も大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
「分かりました。では、先にDOLLCHESTRAだけで始めてしまいましょうか」
「了解です! ちぇすとー!!」
……敦賀でのライブを経て、小鈴ちゃんはもっと元気になった気がする。元気になったというか、パワフルになったというか。練習にも今まで以上に気合が入ってるし、歌もダンスもどんどんレベルアップしてるし、それに、前よりもっともっと、キラキラしてるというか。
それに比例するように「憧れのさやかせんぱい」の話をすることも増えたから、きっとそういうことなんだと思う。何もなくても頑張れた小鈴ちゃんにさらにはっきりとした目標までできちゃったんだから、もう誰にも彼女の勢いを止められない。本当に、さやかせんぱい様様というか、なんと、いうか。
「吟子ちゃんはさ、もう1年早く生まれてたらって思うこと、ある?」
「……私たちじゃ、さやか先輩にはなれないよ」
「……吟子ちゃんはつれないなぁ」
まあ結局、どうしようもないたらればなのだ。仮にアタシたちが赤いスカーフを着けれていたとしても、アタシたちは今と同じようにみらぱとスリーズブーケに惹かれて、小鈴ちゃんはDOLLCHESTRAの2人に出会って、そうして、「さやか先輩」に憧れるのだろう。アタシたちはきっと何度スクールアイドルになっても、徒町小鈴の先輩にはなれない。
(だから仕方ないって、諦められたらよかったのになぁ)
それでも考えてしまうのは、「勝ちたい」に支えられてきた、そんなアタシの15年のせいか。
【4】
「いや〜、今日も小鈴ちゃんは頑張ってるねぇ」
「そうだね。この調子だと、もうしばらくかかるかも」
部室の前の廊下で、姫芽さんと2人、そんなことを話す。部室の中からは微かに、小鈴さんとさやか先輩の声。相談事があるらしい小鈴さんのことを、今はこうして2人待っている。別に部室の中で待っててもよかったのだけれど……なんとなく、そんな気にはなれなかった。
「どんどん遠くに行っちゃうなぁ、小鈴ちゃん」
「……そうだね。どんどん成長して、どんどん上手くなって」
「うそつき」
「……」
「アタシが言いたいこと、本当は吟子ちゃんも分かってるくせに」
窓から見える空には夜の帷が降り始めていて、山際に見える微かなオレンジだけが、必死に今日の終わりに抗っている。隣にいる姫芽さんの顔もよく分からない、それくらいの時間で。暗い昏い世界の中で、私たちは2人きり、暗闇に埋もれかけていた。
「ねぇ、吟子ちゃん」
……別に、このまま埋もれちゃって良かったのに。
「アタシは、負けたくないよ。さやかせんぱいにも、吟子ちゃんにも」
姫芽さんは、それすらも許してくれないんだね。
本当は、この息苦しさの名前も分かってた。この泣きたい想いの正体も分かってた。でも、名前も知らないふりをすれば、きっと分からないことにしたままで終わらせられるのだ。名付けたって苦しいだけだ。報われないと分かってる願いほど、惨めなものなんてないんだから。
姫芽さんは優しい。からかったりいじったりしながらも、私の思いは尊重してくれる。「何の話?」とか「よく分からない」とか、そう言ってごまかせば理解してくれるはずだ。だから、それだけで楽になれる。目を逸らすだけで、救われる、はずなのに。
『吟子ちゃんはこんなにすごいんだもん!』
「……私だって、負けたくない……」
あの言葉だけは裏切れなかった。
あの息苦しさに蓋をして、見て見ぬふりをする方が……ずっとずっと、惨めだと思ってしまった。
「……ふふ〜、そっか〜」
「なんでそんなに嬉しそうなの……」
巻き込むだけ巻き込んどいて……さっきまでとは打って変わって楽しそうな彼女に、思わずそんな悪態をつく。
「だってだって、ライバルは多い方が楽しいじゃん〜」
「ライバルって……そもそも私たちこのままじゃ、2人揃って負け戦でしょ」
「そうなんだよねぇ〜……いやはやまっすぐなのも考えものというか、振り向かせるのも一苦労というか、2人揃ってそんなところに惚れてしまったというか〜……」
小鈴さんはきっと、ずっとさやか先輩を追い続けるのだろう。純然たる憧れとして、がむしゃらにただ手を伸ばして……そうして暦が3つ回った頃、きっと満たされた顔で私たちに笑いかけてみせるのだ。友達や仲間に向ける、眩しい笑顔で。
「でも、諦める気は無いんでしょ? 吟子ちゃんも」
「……うん」
「初恋は叶わない」なんて、そんなありふれた一節を思い出した。昔はピンと来なかったそのフレーズが、今は身に沁みて分かるから厭になる。
それでももう逃げるつもりはなかった。逃げたいと思うことすら、もうできなかった。だから恋は病と言うのだろう。燃え盛って消えてくれないから、恋は焦がれるものだと言うのだろう。
「……ねぇ、吟子ちゃん」
「何?」
「勝負ってね、クラッチ決めた時が一番気持ちいいんだよ」
「……何それ、意味分からん」
部室の扉が開く。暗闇に明かりが差し込んで、光の中から彼女が現れる。まあるい牡丹色が、私たちを捉えて煌めいた。
……それが嬉しくて、切なくて、息苦しくて、どうしようもなく暖かくて。やっぱり諦められない私たちは、2人目を合わせて、どちらからともなく微笑んだ。
長い長い、下剋上が始まる。
2024/06/16 投稿作品
蓮ノ空の最推しは小鈴ちゃんなのですが、
小鈴ちゃんが関係するCPにはぎんすずやひめすず、さやすずなどいろいろあり、
どれか一つには決められないな、決めたくないなと思っているうちに生まれた作品です。
さやすずに関しては特に今回は出てきてないですが……。
(一応本作品内では、2人の間に恋愛感情はない想定で書いています)
小鈴ちゃんはどこまでもまっすぐな子なので、一度向いた方向から振り向かせるのは骨が折れそうです。
それこそ、さやか先輩という憧れの存在ができてしまった今となっては尚のこと。
本人たちにとってはたまったものではないでしょうが、
そんな彼女にやきもきする2人の話なんかも、また書いてみたいですね。