おとめのひみつ(A面)
「というわけで、先週伝えた遠征のことなんだけど……やっぱりユニットごとに部屋を取るのは難しそうなのよね」
そう梢センパイが切り出して始まった、今日のミーティング。話題に上がってるのは再来週の遠征ライブの話だった。
これまでは1年生がお留守番だったり、3年生が修学旅行でいなかったりしたから今回が初めて9人で行ける遠征なんだけど……今までみたいにユニットごとに分かれて泊まる、っていうのは難しいみたい。
「慈の方でも探してもらったのだけれど、どうしても時期が時期なのもあって、予算内で3人部屋を3つ用意するのは厳しいっていう結論になったわ」
「ユニットごとに別の宿に泊まるのも梢と考えたんだけど、初めての9人遠征でバラバラってのも……って感じだよね。どうにか1部屋は大きい部屋を確保できたから、1人で泊まらなきゃいけない子はいないはずだよ」
「内訳としては2人部屋が3つ、3人部屋が1つになるわね。というわけで今日は部屋割りの方を決めていきたいのだけれど……」
なるほど、つまり3人でお泊まりできるのは1組だけ! それなら——!
「はいはいっ! スリーズブーケが3人部屋がいいです!!」
「えっ!? 困ります花帆さん、3人部屋はDOLLCHESTRAに譲ってもらえないと!!」
「え、ええっ!? どうしてさやかちゃん!? DOLLCHESTRAはいっつも3人一緒にいるじゃん!!」
「それはスリーズブーケもでしょう!? というかむしろだからこそというか……綴理先輩と小鈴さんの少なくともどちらかが別部屋なんて、不安すぎて夜眠れる気が全く……!!」
「ボクたちなんなの……?」
「か、徒町も流石にお部屋で寝るくらいは1人でできると思うのですが……!」
「あー、2人とも悪いんだけどさ」
3人部屋を取り合うあたしたちを遮るように、慈センパイがおもむろに立ち上がる。
「梢と綴理には話したんだけど、3人部屋、みらぱに譲ってくれないかな」
「ゔぇ゙っ!?!?!?!?」
奇妙な声を上げたのはあたしでもさやかちゃんでもなくて姫芽ちゃんだった。……まあ、姫芽ちゃんは、そうなるよね。そう言われたら。
「みらぱが3人部屋ってことは……みらぱ3人でお泊まりってことですか!?!?」
「そだよ姫芽ちゃん。ルリとめぐちゃんと3人で寝るんだよ」
「むっ、無理です!! 無理無理無理!!!! めぐちゃんるりちゃんと同じ空気を吸って寝るなんて畏れ多い!!!! アタシは公園で野宿します!!!!!!」
「……とまあ姫芽ちゃんってばプライベートだとずーっとこんな感じだからさ。ちょっとずつ慣れてもらえばって思ってたけどめぐちゃんもう限界!! 今回の遠征で無理矢理でも3人のみらぱに慣れてもらうから!!!!」
「ごめんな姫芽ちゃん……流石のルリもこれ以上は庇いきれなかったんだ……」
「そ、そんな……!!」
よろよろと椅子から転げ落ちる姫芽ちゃん。心なしか呼吸がすごく浅い。……確かに、これは慈センパイたちに譲ってあげた方がいいのかもしれない……。遠征の度に後輩の一人が死ぬ死なないの話になったら、いくらユニットが違うとはいえあたしも心配になっちゃう……。
「じゃあ3人部屋はみらくらぱーく!に譲ってあげるとして、それならスリーズブーケとDOLLCHESTRAで3部屋に別れることになるんですよね?」
「ユニットで別れようとすると各ユニット1人ずつあふれてしまいますね……」
うぅん……梢センパイと一緒か、吟子ちゃんと一緒か、それともあたしが我慢して1人になるか……。
梢センパイとは1秒でも長く一緒にいたいけど、吟子ちゃんのことも心配。あたしよりずっとしっかりしてるけど、1人でいろいろ思い悩んじゃうところもあるから……! まだ遠征も2回目だし、できればいろいろ助けてあげたい。じゃあ梢センパイに1人になってもらう? うぅん……それもなんか違う気がする……!
だったらあたしが1人の方がいいのかな? 確かに梢センパイが一緒なら吟子ちゃんのことも安心だし……うん。ここは先輩としてあたしが我慢するのが一番良さそう。もしかしたら「流石先輩ね」とか「尊敬しました」とか言って褒めてもらえるかも!
「よーし、じゃあ先輩のあたしが……」
「私が小鈴さんと相部屋になります。それならあとはユニットで分かれられますよね?」
「はい、徒町もそれで大丈夫です!!」
……あ、あれ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――こんなはずじゃなかったのにー!」
ミーティング終わり、寮への帰り道で思わず叫ぶ。
あの後、吟子ちゃんと小鈴ちゃんの相部屋が決まって残りはユニット別になるかと思いきや、「すずがさやを我慢するならボクも我慢する」という綴理センパイからのまさかの鶴の一声で学年別の部屋割りに決定。
完全に流れに翻弄され続けたあたしは、梢センパイとも吟子ちゃんとも相部屋になれなければ先輩としての威厳を示すこともできず、同じく綴理センパイ・小鈴ちゃんの両方から引き剥がされて呆然としているさやかちゃんとの相部屋になったのでした……。
「い、いや、別にさやかちゃんとの相部屋が嫌ってわけじゃないんだよ!?」
「大丈夫です。ちゃんと分かってますよ、花帆さん。……それにしても驚きました、1年生の方から別部屋の提案があるなんて。それもあんなに早く……。わたしたちに気を遣ってくれたのでしょうか?」
「それにしては2人で相談してる素振りもなくなかった? ルリには前々から決めてたようにも見えたけどなぁ」
瑠璃乃ちゃんのそんな言葉を受けていろいろと考える。うーん、それならあたしたちのことは関係なく2人で相部屋になりたかった理由が元々あったってこと?
……まあ、でも理由くらいいっぱいあるよね。あたしも梢センパイや吟子ちゃんと同じくらい、さやかちゃんと瑠璃乃ちゃんのことも好きだから、一緒にお泊まりしたいって気持ちも分かる気がするし。もしかしたら本当は姫芽ちゃんも入れて3人で同じ部屋になりたかったのかも? ……うーん、やっぱり考えても仕方がなさそう。まあいっか!
「あっ、そういえば今日のスクコネ、梢センパイと慈センパイで配信するんだよね!」
「確かそうおっしゃってましたね。『第2回お茶会配信だ!』って、慈先輩も張り切ってました」
「いや〜、ルリ、あの2人の配信好きなんだよねぇ。いつもと違うラフな感じの、同級生な2人が観れる、し……あれ」
「どうしたの、瑠璃乃ちゃん?」
「……スマホ、部室に忘れたかも……」
そ、それは大変だ! スマホがないと今日の配信も観れないよ!!
「部室は……最初に出たのがわたしたちですし、もしかしたらまだ誰か残ってるかもしれませんね」
「残ってなかったらもっかい鍵借りなきゃかぁ……誰か残っててくれ〜!! ……あ、2人は先帰ってて大丈夫だよ?」
「ううん、せっかくだし一緒に行こう?」
「はい、折角ですから。まだ門限までは十分余裕もありますし」
そうして、3人でのんびり喋りながら引き返す。1年生は皆去年のあたしたちよりしっかりしてるよね、とか、2年生配信もまたやりたいね、とか。そんなとりとめのない話をしていたら、部室にはすぐに辿り着いた。
「とーちゃーく! ……あれ、なんか中から声がする」
「誰かまだ残ってたみたいですね。この声は……小鈴さんと吟子さん?」
……なんとなく半分、いたずら半分。ほんのちょっとだけ、耳をすませてみる。
『……——お——さん——連れ——から——……』
『……徒町も——レス——、一緒——……』
連れてくる? 一緒? 何の話だろう?
疑問に思ったのも束の間、瑠璃乃ちゃんが部室のドアをノックする。
『にゃぁぁぁぁぁぁっ!?』
『どど、ど、どちらさまですか!?』
「あ、ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど……」
そのままそそくさと入っていった瑠璃乃ちゃんは、スマホを求めて部室のあちこちを放浪し始める。この場には、ノックしたのが瑠璃乃ちゃんと分かって安心してる1年生2人と、なんとなくついてきたせいで手持ち無沙汰になってしまった2年生2人が残された。
「そういえば、2人とも残ってどうしたの?」
「何か2人でお話されてたみたいですが……」
「あっ……! い、いえ、何でもないです!」
「はっ、はい! 徒町たち、特に何もしておりませんでした!!」
「えっ、でもなんか『連れて』とか『一緒に』とかって」
「あー!! 私たち姫芽さんと一緒に今度の配信の打ち合わせがあったんでした!!」
「あっ、ああー!! そうでした!! すみません先輩方!! 徒町と吟子ちゃんはお先に失礼します!!」
あたしの言葉を大声で遮って、そのまま部室を飛び出していく2人。
……吟子ちゃん、あんなに大きな声出せたんだ……。いくらなんでも何か隠してるのを誤魔化しきれてないその様子を見て、あたしとさやかちゃんは思わず顔を見合わせる。
「……絶対何かあったよね?」
「そうですね。あの様子は、よっぽど隠したい何かがあるようにしか思えないのですが……」
「うーん……やっぱり遠征のことと関係あるのかな?」
「おまたせー! いやー、やっぱりダンボールの陰に隠れてたわー」
膨らんでいく疑問は、瑠璃乃ちゃんの帰還で遮られる。
新しい疑問を抱えながら、あたしたちは部室を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
……それから、2週間。
あの時感じた小さな疑問は、この2週間で深い疑念に変わっていた。
だってだって、怪しいことが多すぎるんだもん!!
『……——師匠も、——言って——……』
『……——ツル——、喜ん——……』
『あっ、また2人で話してる! 何の話してるの?』
『か、花帆先輩!? 何でもない、何でもないから!!』
……こんな感じで、楽しそうに話してたくせにあたしが来た瞬間やめちゃったことが何回もあったし……。
『ねえねえ姫芽ちゃん。最近吟子ちゃんたちが隠し事してるみたいなんだけど、何か知らない?』
『あ、かほせんぱい〜。もちろん知ってますよ〜、実は吟子ちゃん……』
『あぁーっ!! 姫芽ちゃんストーップ!!』
『姫芽さん、あの話は内緒って言ったでしょ!?』
『ふへへ〜、バレちゃったかぁ〜』
……姫芽ちゃんに聞いてみようとしたら顔を真っ青にしながら2人にブロックされちゃったし……。
『そういえば小鈴さん、遠征の準備は大丈夫ですか? 敦賀の時も荷造りに苦戦してたみたいですし、わたしで良ければお手伝いしますよ?』
『あっ……い、いえ!! 徒町、一人でやります!! さやか先輩は手伝っちゃダメです!!』
『だ、ダメとかあるんですか……!?』
……さやかちゃんはさやかちゃんで、小鈴ちゃんに信じられない断られ方をされてちょっとしょんぼりしちゃってたし……。
「……さやかちゃん。やっぱり、流石に怪しいよ」
「そうですね……わたしも、流石にあれは気になるというか、心配になるというか……」
……そして今日。遠征初日、学校の正門前。朝の集合場所で、あたしたちはこれまでの疑念が最高潮に達するような光景を見てしまった。
「いくらなんでも2人だけ荷物多すぎないかな!?」
「何をどうやったらその荷物の量になるんですか!?」
皆学校の鞄と小さめのキャリーケースくらいで収まってるのに、吟子ちゃんと小鈴ちゃんだけ明らかに鞄のサイズが大きい。どうして学校の鞄もキャリーケースもあるのにそんな大きなリュックサックが必要なの!? 2人だけ山にでも登るの!?
明らかに荷物の量があたしたちの倍くらいある。普段荷物が多めの梢センパイと比べても大体1.5倍くらい。同じ1年生の姫芽ちゃんは普通の荷物量だから、どう考えても2人だけおかしい!!
「い、いや……あれもいるかも、これもいるかもってやってたら多くなっちゃって……」
「やっぱりさやか先輩にお手伝いいただくべきだったでしょうか……あはは〜……」
「いやいや、もうこれ以上は誤魔化されないよ! やっぱり2人とも何か隠してるでしょ!!」
「な、何も隠してないってば!!」
やっぱり直接聞こうとしても堂々巡り。ここで荷物を奪って中身を確認するのはいくらなんでも良くない気がするし……でも怪しい、絶対何か隠してる…………!!
「ねぇ、姫芽ちゃんは何か知ってるんでしょ!?」
「沒關係
。我們不會對長輩造成任何不便
。我是牆
。我是牆
」
「姫芽ちゃん……言語が……!!」
「ねぇめぐちゃん。やっぱり一緒にお泊まりはまだ時期尚早だったんじゃないかな」
「しょーそーって何?」
「ほら、そろそろ出発するわよ。花帆も、あんまり吟子さんをいじめないであげてね」
頼みの綱の姫芽ちゃんは3人部屋の緊張で壊れちゃってた上に、梢センパイに釘まで刺されちゃった。……別に、いじめたいわけではないんだけどな。でも梢センパイにそう言われると、それ以上はもう何も言えなくなる。
うう、でも気になる、気になるよ! だってあたし、一応先輩なんだよ!? 先輩にここまで必死に隠さなきゃいけない隠し事って何!? 気になる……気になる、けど、一旦我慢かぁ……。
いろいろな言葉と疑念を一度飲み込んで、金沢行きのバスに乗り込む。……頭の中はもうしばらく、吟子ちゃんたちのことでいっぱいになりそう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
蓮ノ空からバスで金沢駅まで行き、そこから新幹線と特急を乗り継いで新大阪へ。宿に荷物を置いたら会場の視察と軽い全体練習だけやって、あとは自由時間。
そんな1日が終わって……あたしとさやかちゃんは今、自分たちの部屋で2人、首を傾げている。
「……今までの怪しさが嘘みたいに、何もない1日だった……」
「はい、わたしももっと何か起こるものかと思っていたのですが……」
自由時間はユニットごとに動き回ってたんだけど、スリーズブーケで一緒に観光している時の吟子ちゃんは、これまでの挙動不審さが記憶違いか見間違いなんじゃないかって思っちゃうくらいいつも通りで……なんだか一周回って分からなくなってきちゃった。
DOLLCHESTRAの方も同じ感じだったみたいだし……だったら2人は、何を必死に隠そうとしてたんだろう?
……一応、気になることが全くなかったってわけじゃない。
「2人の荷物、すっごく軽かったんだよね?」
「はい。新幹線を降りる時に手伝おうと一瞬だけ持ったのですが……あの大きさからはとても想像できないくらい軽かったんです。確かに2人とも、そんなに大変そうではなかったですが……」
「だとしたら何が入ってるんだろう……? うーん、あともう一つ気になるのは」
スマホに届いた通知に目を落とす。一番上には吟子ちゃんからのDMの内容が表示されていた。
『花帆先輩。私たちの部屋には絶対来ないでくださいね!!』
「……あたし、そんなに悪いことしたかな……?」
確かにいろいろ詮索しちゃってるところはあるけど、ここまではっきり拒絶されるとちょっと悲しくなっちゃうな……。ただ、これがあたしと吟子ちゃんだけのやり取りなら怒らせちゃったって話だけで終わるんだけど、小鈴ちゃんからさやかちゃんにも似たようなメッセージが届いているのが気になるところ。
「あたしと違って、さやかちゃんはそんなに変なことしてないはずなんだけどなぁ」
「あまり詮索するのは良くないとはいえ、ここまで執拗に遠ざけられるとかえって何を隠しているのか気になってきてしまいますね。……どちらかというと、心配になってくるといいますか」
心配。心配かぁ。
確かにここまでくると心配になってくるかもしれない。きっとあの大きくて軽い荷物を使って、部屋で何かをしてるんだろうけど……。
「危ないこととかしてないといいけど……」
「あの2人に限ってそんなことは……いやでも、やむをえない事情などがある可能性はあるかも……」
「あたしたちに相談しきれなくてとか、あたしたちを巻き込まないようにとかで黙ってたりとか……」
「誰かに脅されて、2人だけで何か危ないことをやっているかも…………」
「「……」」
いやいや、まさか。小鈴ちゃんはそういう時すぐにさやかちゃんに相談しそうだし、いくら吟子ちゃんが一人で抱え込むような子だからって、そういう本当に危ないことは梢センパイくらいには相談しそうな気がする。
大体誰かに脅されて〜とか、小説や漫画じゃないんだから。
……うん。まさかとは、思うんだけど。
しばらくの沈黙の末、あたしたちはどちらからともなく、部屋を飛び出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……これは、念のための確認だから!」
「そうです! 何もなくて怒られてしまっても全然それでいいお話ですから!」
吟子ちゃんと小鈴ちゃんの部屋の前で、2人そんな言い訳を重ねる。来ないでって言われたのに約束を破ってる罪悪感とか、これで何も無かったら恥ずかしいなって気持ちとか、そういうのが無いわけじゃないけど……ちょっとの不安がちくちくと痛くて、どうしてもいても立ってもいられなかった。
一つ大きく深呼吸をして、そっとドアノブに手をかける。
「……鍵、かかってない……」
「え……?」
ただのうっかり? それとも本当に何か……? 徐々に早くなる心臓の鼓動を感じながら、音を殺してドアを開ける。
靴は2つだけ。向こうから微かにする声も聞き慣れた2人の声だけ。ひとまず誰かが他にいることはなさそう。
足音を立てないようにそっと中に入る。部屋の中で、あたしたちが見たものは——。
「それにしても、やっとゴンザレス師匠をおツルさんに会わせられてよかったです!」
「うん、私もよかった。おツルさんも喜んでるよ」
——大きなぬいぐるみを抱えて談笑する、吟子ちゃんと小鈴ちゃんの姿だった。
「狭い鞄の中に押し込めちゃって、おツルさんにもゴンザレス師匠にも大変な思いをさせちゃったけど……」
「それは……しょうがないです。先輩方にバレずに師匠とおツルさんを出会わせるのが、今回の徒町たちのみっしょんでしたから!」
あたしは、いや、多分さやかちゃんも、一瞬で理解した。
吟子ちゃんが小鈴ちゃんと相部屋になりたがってた理由も、2人がしていた内緒話の内容も、不自然なくらい大きなリュックサックに何が入っていたのかも、どうしてあたしたちを部屋に入れたがらなかったのかも。
「師匠も、『こうして運んでもらったお陰でおツルさんと出会えたのだ、気にするな』って言ってます!」
「そっか。……うん、それならよかった。おツルさんも、こうやってよその人に会うのは初めてだからすごく嬉しいみたい」
額に、嫌な汗が流れる。
目の前の光景はあたしたちがした最悪の想像とは真逆なくらい微笑ましい景色で、なんなら吟子ちゃんの顔は初めて見るくらい綻んでる。
本当に幸せな景色なはずなのに、なんでだろう、冷や汗が止まらない。
「ありがとう、小鈴さん。こうやっておツルさんを抱いてお話しするの、ちょっとした夢だったから……。勇気を出して相談して良かった」
「このくらいのことならいくらでも! 吟子ちゃんにはいつも助けられてばかりなので!」
「そ、そんなことはないけど……。でも、本当に小鈴さんで良かったな。おツルさんのことを知って馬鹿にしてくるような人はスクールアイドルクラブにはいないだろうけど……姫芽さんには『可愛いね〜』ってちょっとからかわれたし、あと……その、花帆先輩とかは、からかいとかなしに、『可愛い』ってしつこく言ってきそうだから」
そ、そうだね! 先に知ってたら絶対言っちゃってたね! だってぬいぐるみを抱えてる吟子ちゃん、とっても可愛いんだもん!! ごめんね!!
とにかく、とにかくやっぱりあたしはここにいちゃいけない人間だ。盗み聞きしちゃったのは反省しなきゃだけど、場を穏便に納めるために、ここはバレないうちにそっとここから離れて……。
「それは駄目なことじゃない気もしますけど……まあとりあえず、『こっそりぬいぐるみパーティチャレンジ』は大成……こ……」
あ……小鈴ちゃんと目が合っちゃった……。
一気に青ざめた顔になる小鈴ちゃんを見た刹那、一瞬にして脳裏に数秒後の未来が浮かぶ。同時に梢センパイの困ったような笑顔が浮かんだ気がするけど、こっちはもしかしたら走馬灯の類かもしれない。
で、でも! せめて吟子ちゃんに怒られるのはあたしだけで! この数秒間でさやかちゃんだけでも外に逃がし……あれさやかちゃんどこにもいない!? 何で!?!?
「? 小鈴さん、急にどう……し……」
……目線があって、だいたい3秒後。予想した通り、色白で綺麗な吟子ちゃんの顔がりんごみたいに真っ赤になっていく。うん、恥ずかしいよね。多分あたしも同じ立場だったらすっごく恥ずかしいと思う。分かる、分かるよ。ちゃんと想像できる。なんてったってあたしは先輩だからね。
ここで「可愛い」なんてストレートに口に出すほどあたしは馬鹿じゃない。けれどこの気まずい沈黙にはいくらなんでも耐えられない。必死に頭の中の辞書を開き尽くして、一番無難な言葉を絞り出す。
「……や、やっほー……吟子ちゃん…………」
違ったかな、違ったかも。多分正解はこの言葉じゃなかった気がする。万事休す、八方塞がり。これはもうきっと、どうしようもない。
諦めて全てを受け入れよう。……うん、今回の経験から一つ学んだとするならば。
「な……なな……何しとんがよこのだらぶちがー!!!!」
「ご、ごめんなさい~!!」
……人の隠し事を詮索するのは、よくないね。
遠征後1週間は口をきいてくれなかった吟子ちゃんの機嫌を取りながら、あたしは、しみじみとそんなことを思ったのでした……。
2024/06/13 投稿作品
初めて書いた蓮ノ空の作品です。
思い浮かんだシーンを書こうとした結果想像以上に文字数が嵩んでしまいましたが、
書きたいものを書きたいように書けたので、まあとりあえず満足しています。
二次創作は自己満足でいい。
みらぱと姫芽ちゃんの描写が含まれているため、6月の活動記録が本格始動する前に書き上げたかった作品です。
二次創作は自己満足とはいえ、公式と描写が食い違うと出しにくくなってしまいますからね。
ひとまず目標は達成できたので、吟子ちゃんor小鈴ちゃん視点のB面は、
また心と日程の余裕ができ次第のんびり書ければと思っています。